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67 ◇哲司と幼なじみの大川雅代《おおかわまさよ》
大正元年、11月末日頃……
秋の終わりと冬の始まりとの狭間で、まさに自分の気持ちとシンクロする
ような物寂しさが漂う夕暮れ時に、生家のある埼玉県・東大宮市の東大成町の
人気の少ない路地裏を、少し生活にくたびれたふうな男《哲司》がゆっくりと
歩いていた。
元妻の温子が離婚届を迷いなく出した日から、いやっ、家族の皆から温子が
家を追い出されるようにして自宅から出て行った日から、哲司は一日たりとも
幸せだと感じた日はなかったのだと、路地裏の道を一歩一歩踏みしめながら
過去を振り返っていた。
それでも凛子が姉の温子の十分の一でも真面《まとも》であってくれたなら
、姉を追い出したのだからせめて自分と夫婦として関わってくれていたら
今の寂寥感は半減していたのじゃなかろうか、そんな埒もないことが頭を
過る。
根本的にそういう問題じゃないということは、よぉ~く分かっている。
分かってはいるが、己が寂しさの元を他の者のせいにしないとやっていられない。
こんな貧しい心根の自分を、更に追い打ちを掛けたのが先日の元妻との
再会だった。
❀
再会は、やり直す好機だと思えた。
娘だっているのだ。
少しずつ、話せる機会を増やしていって、なんとか機嫌を直してもらい、
家に帰ってきてもらうよう説得しよう――そう心に決めても、温子に
かける言葉は見つからなかった。
そうこうして言葉を探しているうちに、背が高くガタイの良い洒落者の男が
温子のことを呼んだ。 ❀
それだけでもドキリとしたのに、温子が『あっ、夫が呼んでるからこの辺で
失礼するわね』というのを聞いて胸の中を絶望がはしった。
これでほんとうに終わった……と思った。
だが、振りかえってみれば皆が彼女を追い出した時に何も援護射撃をしなかった
自分は……あの時すでに終わっていたのだ。
戻ってほしくて、工場まで出向いた時も自分の本当の気持ちを上手く伝えられず、
粘ることもせずすぐに退散した。
あまりに優柔不断でヘタレな自分がただただ情けないばかり。
――――― シナリオ風 ―――――
〇東大成町の人気の少ない路地裏・夕暮れ時
哲司、背を少し丸めて歩いている。
顔には疲労と影。吐く息が白い。
哲司(心の声)
「……あの日から、一日たりとも幸せだと思ったことはなかった。」
寂しさが募る日々
併せて凛子への不満も募る。
(回想シーン、フラッシュバック)
温子が追い出されるシーン。
凛子の冷たい表情、家族の冷たい仕打ち。
ただ、無言で突っ立っている自分の姿。
温子との再会でやり直したいと思い、そのための言葉を探したが
見つけることができなかった。
自分の気持ちとは裏腹に、温子を呼ぶ再婚相手の登場に凹む哲司。
哲司(心の声)
「温子に手を差し伸べなかった……あの瞬間、すでに終わっていたんだ。」