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68 ◇思わぬ再会
沈みかけた夕陽が街並みに影を落とし、肌に触れる風がひんやりと感じられ
思わず哲司はコートのポケットに手を突っこんだ。
寒々とした気配に、益々哲司は気持ちが暗く沈んでゆくのだった。
そんな哲司の足は、実家に向かっていた。
昔から変わらぬ狭い路地を抜け、懐かしい家の灯りを目指すとき、
必ず通り道に佇む格子窓の古びた木造住宅を横切ることになる。
格子窓から見える薄ぼんやりとした灯りに、沈んでいた心が少し癒された
ような気持ちになり、いつもは立ち止まることなどないのに、ふとその前で
足を止め、格子窓から見える灯りを見つめた。
この家には雅代ちゃんという女の子がいて、自分が小さい頃おばさんが時々
ふかしたお芋を雅代ちゃんと一緒に台所で食べさせてくれたのを思い出した。
『あの頃食べたふかし芋は絶品だったなぁ~』
子供心に余所のおばさんがわざわざおいでって誘ってくれて食べさせて
くれたんだというところがミソだった。
近所のおばさんに自分は可愛がられている、可愛がられる値打ちのある子供なのだと、
誇らしい気持ちがあったのかもしれない。
そういった諸々の相乗効果もあり、あの頃食べたお芋は絶品だったのかもしれないと、
哲司は改めて当時の気持ちを丁寧に回想してみたりした。
いつの間にか気付かぬうちに哲司は懐かしさで涙目になっていた。
「哲司くん……?」
背後から、柔らかな声がかかった。
振り向くと、そこには幼馴染の雅代が立っていた。
なんとまぁ、奇遇な。
彼女が同じ時期に里帰りしていたとは。
「こんばんは。久しぶりだね」
「ほんとね」
「明日には帰るの?」
「……ううん、帰らないわ」
「そっか、じゃあ俺も今夜は実家に泊まるから明日どこかで
お茶でも飲みながら近況を語り合わないか?」
「うれしいー。もう皆嫁いでて、女友だちはこの辺にはいないから
お茶なんて行くことないもんね」
「ははっ、そっか。言われてみれば最近俺もそういう店には行ってないな」
夕暮れの赤やオレンジ、紫などの色合いを帯びた光の中、佇むふたりの間に
木枯らしが吹き抜けていく。
道端の落ち葉が風圧でブワっと渦を描きながら舞い上がる様子を
視界が捉える。
寒い木枯らしも、馴染の人間と同じ場所で体感したせいか寒々とは感じず、
互いにふたりは明日の約束を胸にそれぞれの家へと帰っていった。
――――― シナリオ風 ―――――
〇東大成町の人気の少ない路地裏・夕暮れ時――続き
沈む夕陽。冷たい木枯らし。
哲司はコートのポケットに手を突っ込む。
〇実家近くの路地/古びた木造住宅の前/格子窓の灯り
格子窓から、ほのかな灯りがこぼれている。
哲司、足を止めて灯りを見つめる。
哲司(心の声)「……ここは、雅代ちゃんの家だ。
子供の頃、この家のおばさんに、ふかし芋をよく食べさせて
もらったっけ」
(回想シーン:幼い哲司と雅代、笑顔で芋を食べる)
哲司(心の声)
「あの芋の味は絶品だったな……いや、きっと“可愛がられている”って思えたから
こそ、美味しかったんだ」
哲司、知らず知らずのうちに涙ぐむ。
〇路地裏/夕暮れの光と木枯らし/再会
雅代(柔らかく)「……哲司くん?」
哲司、驚いて振り向く。
そこには、落ち着いた雰囲気の女性=雅代が立っている。
哲司「雅代ちゃん……! こんばんは、久しぶりだね。」
雅代「ほんとに、久しぶりね。」
哲司「明日には帰るの?」
雅代(小さく首を振り)「……ううん、帰らないわ。」
哲司
「そうか。……じゃあ、俺も今夜は実家に泊まるから、明日どこかで
お茶でも飲みながら近況を語り合わないか?」
雅代(微笑んで)
「うれしい。女友だちももう皆嫁いで、この辺じゃお茶なん
て行くことないから」
哲司(苦笑しながら)
「ははっ……俺も最近は、そんな店に全然行ってないよ。」
木枯らしが吹き抜け、落ち葉が渦を巻く。
夕暮れの光に照らされる2人の横顔。
沈黙が少し心地よい。
それぞれ微笑み合い、軽く会釈して別々の道へ。
(N)「寒々しい風も、馴染みの人間と分け合えば、不思議と心地よく
感じられる。
こうして哲司と雅代は、翌日の小さな再会の約束を胸に、それぞれの家へと
帰っていった」