数年前の誕生日に、恵が『To eat is to live』――『食べる事は生きる事』と胸元にプリントされたTシャツをプレゼントしてくれた。
本命のプレゼントは別にあったけど、それは自作デザインのグッズを作れるサイトで、恵が作って注文してくれた奴だ。
彼女は『ついで』と言っていたけれど、せっかくもらった物だし、書いてある言葉にも『確かにな……』と感銘を受けて、家ではよく着ている。
恵も私がお気に入りにしたのを喜んでいて、『クタクタになったら次のあげるからね』と言っていた。
……それぐらいお気に入りのTシャツなんだけど、まさかここで笑われるとは……。
私が微妙な顔をしていたからか、小牧さんはパタパタと手を振って「ごめんごめん」と謝る。
「尊くん、朱里ちゃんの大切なTシャツをネタにしたらダメよ」
「悪い悪い。いじりっちゃいじりだけど、可愛いからつい。……嫌だったか?」
尊さんに改めて聞かれ、私は首を横に振る。
「ううん。愛ゆえだって分かってるから。今まで嫌だった事は一度もないですよ」
そう答えると、姉妹は寄り添って「「ヒュ~……」」とはやしたててきた。
私は照れつつも、「それほどでも……」と控えめにピースをする。
そのあとはメインのお肉を食べながら、姉妹がちえりさんとメッセージアプリで連絡をとりつつ、青葉台にある速水家にどんなタイミングで行くかを話し合っていった。
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私たちはレストランを出たあと買い物をし、ハイヤーに乗って青葉台に向かう。
速水家の豪邸があるのは、二丁目の公園の西側だった。
高級住宅地であるそこは、見える範囲でどの家も面積が広く、通りに面して塀が続いている。
家の中が見えないようにあれこれ工夫されていて、目隠しのための木や、大きなガレージの格子細工にもお金がかかっている。
圧倒されて無言になっていると、車は一軒の豪邸の前で止まった。
降車した小牧さんは勝手口の鍵を開けて「どうぞ」と先に中に入り、続いた私は思わず声を上げてしまった。
「う……わぁ……」
塀に閉ざされた中に入ると、一気に視界が広がった。
まず目に入ったのは横長の豪邸で、どの部屋も窓が大きくて開放的だ。
庭には芝生が広がって玄関まで小径が続き、その前には綺麗に手入れされた庭がある。
庭木の中には背の高い松もあり、計算された高さ、刈り込みで通りからも見る事ができるようになっている。
よく見ると豪邸の二階には庭を望むバルコニーがあり、テーブルを挟んだソファセットがある。
オープンテラスカフェにもある奴だけど、確か雨が降っても大丈夫な素材でできているはずだ。
とにもかくにも何もかも大きくて開放的で、カーテンの概念もないのかと思ってしまうほどだ。
「凄い……」
ポカーンとして立っていると、小牧さんが「いらっしゃい」と私の手を引いた。
尊さんを見ると、彼は初めて入った速水家をどこか微妙な表情で眺めていた。
緊張して玄関の前に立っていると、小牧さんはチャイムを押してから玄関のドアを開ける。
「来るって分かってる時って、大体開けてくれてるのよ」
そう言って小牧さんは「おじゃましまーす」と言って玄関の中に入り、靴を脱ぐ。
その時、「はーい」と声がしてエプロンをした中年女性が出てきた。
「あっ、こちらは家政婦さんの的場(まとば)さん。的場さん。こちらは速水尊くんと婚約者の上村朱里さん」
弥生さんに紹介され、的場さんは〝速水〟という名字を聞いて目を丸くする。
「えっ……、と……」
私は異様にドキドキしてその場に立ちすくんだ。
私たちは家主に招待されておらず、いきなり顔をだしても「誰あなた」状態だ。的場さんだっていきなり現れた私たちを、家に上げるべきか迷っているだろう。
招かれざる客だと自覚しているけれど、いざ知らない人の家に上がるとなると緊張する。
尊さんはもっと緊張しているようで、私より表情を強張らせている。
小牧さんと弥生さんはスリッパを履き、私たちに笑いかけた。
「大丈夫だよ。お母さんたちも皆味方してくれる。的場さん、これは私たちの問題だから……、ね」
そう言われ、的場さんはおずおずと頷いた。
お二人に勇気をもらった私は、尊さんの袖をキュッと掴んで言う。
「行きましょう。きっと大丈夫」
「……ああ」
頷いた尊さんは静かに息を吐くと覚悟を決め、靴を脱いだ。
コメント
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お手伝いさん的にはご主人様絶対だろうから困っちゃうかもだけれど…家族だもんな…