大勢の人が談笑している声が聞こえるなか、私たちは緊張しながらウッド調の廊下を進む。
「こんにちはー!」
小牧さんがスライドドアを開けて明るく言うと、「ゆっくりだったのね」とちえりさんの声が聞こえた。
「今日、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにどうしても会ってほしい人がいて、連れてきちゃった!」
弥生さんがそう言ったあと、「じゃじゃーん」と言って私たちを振り向く。
……あかん。ハードル高すぎる。
心臓がバクバク鳴り騒ぎ、呼吸が乱れてくる。
尊さんの手を握ると、彼は深呼吸しながらギュッと握り返してくれた。
「どなたなの?」
恐らく百合さんとおぼしき女性の声が聞こえたあと、尊さんはギュッと唇を引き結びリビングに入った。
彼と一緒に私もリビングに入り、広々とした吹き抜けの空間に圧倒されながらも、ゆったりとした大きなソファに座っている人たちを見る。
目に入ったのはちえりさん、雅也さん、大地さんと恐らく婚約者の女性。伯父の裕真さんと奥さん、息子夫婦の貴弘さんに菊花さん、その子供たち。
……そして、八十代の夫婦が百合さんと夫の|将馬《しょうま》さん。
「あっ? …………あ、…………れ? あれっ?」
私は品のいい老婦人――百合さんを見て、目を丸くした。
見た事がある。絶対どこかで会った。
一生懸命脳内で記憶をたぐり寄せ、「あぁっ!」と声を上げる。
「…………あの、……札幌の定山渓温泉でお会いしませんでしたか?」
思いだした瞬間、私は「初めまして」を言って名乗るより先に、そんな事を口走ってしまっていた。
言われて、百合さんは驚きや様々な感情を抱いていただろうに、ポカンとした表情をして、「あぁ……」と私を見て瞠目する。
そうなのだ。尊さんとバレンタイン温泉デートして定山渓に泊まり、翌朝にラウンジに向かった時、すれ違った老婦人がよろけて支えた出来事があった。
間違えていなかったら、あの時の老婦人は百合さんだ。
百合さんは短めの前髪にパーマのかかったミディアムヘア、ゆったりとしたワンピースを着ている。
全体の印象に加え、あえて染めていないグレーヘアがナチュラルなお洒落さを醸し出している。
彼女は呆気にとられた顔で私を見たあと、花束を持った尊さんを見てゆっくり立ちあがった。
そして、呟く。
「…………尊……?」
まだ名乗っていないし誰も紹介していないのに、百合さんは一目見ただけで尊さんが自分の孫だと理解したみたいだった。
ちえりさんは、さゆりさんとそっくりらしいし、私の目から見ても尊さんとちえりさんは顔立ちが似ているように感じる。
だから親族となるともっと「似ている」と感じるのだろう。
祖父である将馬さんも立ち上がり、尊さんを見て目を丸くする。
リビングに沈黙が降りた時、裕真さんが両親に声を掛けた。
「父さん、母さん。何も言わずに尊を連れてきてすまない。この場にいる全員、今日彼が来る事を知っていた。驚かせただろうし、今さらと思うかもしれない。でも父さんたちにも尊にも、これ以上後悔してほしくないんだ。……だから受け入れてくれないか?」
百合さんは長男の言葉を聞き、もの言いたげな表情で溜め息をついてから、再びソファに座った。
「……座りなさい」
静かに言われ、尊さんは黙礼する。
そのあと彼は「失礼いたします」と言って百合さんの前まで進み出て、床に膝をつくと花束を差しだした。
「突然の不躾な来訪をお詫び申し上げます。毎年六月二十七日が訪れるたびに、母は『お祖母ちゃんの好きな花で、名前にもなっているのよ』と言って百合の花を買っていました。……本当は百合の花を直接渡したいとも言っていました。……ですから、母からの気持ちも込めて俺から。……どうか受け取ってください」
尊さんが道すがら花屋で買った花束は、白百合を主体にした清楚で品のある物だた。
百合に似たアマリリスやプクンとした蕾や丸っこい花弁が可愛らしいフリージア、清楚ながら華麗なラナンキュラスに、母に捧げる象徴といえるカーネーション、ヒラヒラとした儚げなスイートピー、そしてスッと茎の長いカラー。
豪華ながら美しい花束を見て、百合さんは泣きそうに表情を歪め、――「ありがとう」とお礼を言って花束を受け取った。
「……綺麗ね」
百合さんは花束を見て微笑んだあと、的場さんに「活けてちょうだい」と手渡した。
そのあと、皆さんが席を空けてくれたので、私たちは百合さんと将馬さんと話しやすい席に腰かけさせてもらった。
コメント
2件
😭(´;ω;`)泣くわ。
百合さん、この日をどんだけ望んでいたかと…😭