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「えっ!? 社長っ、あのパン屋さんと付き合うことになったんですかっ!?」


総務の田岡美代子に素っ頓狂な声を上げられて、実篤さねあつは思わずその口を塞ぎたくなる。


そんな田岡を制するように経理の野田千春がニマニマしながら言う。


「美代子ちゃん、そんな驚かんであげて。社長からはいつもいついきあのパン屋さんのことが好きで好きで堪らんのじゃ〜!っちゅうオーラが出よったじゃないのぉ〜」


「まぁそうなんですけどっ。まさかOKもらえるじゃなんて思わんじゃないですかっ」


(こら、田岡さんっ! いくら何でも言い過ぎじゃろ! 減俸げんぽうに処すぞ!?)


とか冗談半分に思ってしまった実篤さねあつだったけど、実際自分自身半信半疑な部分も大きかったので突っ込まずにおいた。


(誰か言い過ぎじゃって、とかうてくれんじゃろうか)


なんて期待していたら、たまたまその場に居合わせた営業の宇佐川辰巳うさがわたつみが「えっ」と声を上げて。

実篤さねあつは(男同士じゃし、宇佐川くんが味方になってくれるじゃろうか?)と思ってしまった。


だが、次いで続けられた言葉にそれは大きな思い違いだったと現実を突きつけられる。


「マジっすかぁ〜! 社長ぉ〜、俺、あの子ええなぁ思いよったんに!」


「残念じゃったねぇ、宇佐川うさがわくん。それでもほいじゃけどあの子ンことは社長が最初っから凄いぶち贔屓ひいきにしちょったんバレバレじゃったんじゃけ、横恋慕よこれんぼする気なんじゃったら急がんといけんかったのは分かっとったじゃろーに。長い事モタモタえっとモタクサしよるけん遅れを取るんよ」


野田の辛辣しんらつな言葉に、宇佐川がシュンとする。


「そりゃあそうなんですけどぉ〜。年齢的に考えても絶対自分に軍配ぐんばいが上がるはずじゃし、焦らんでも大丈夫かな?とたかをくくっちょったんです」

と溜め息を落とす。


「ちょっ、宇佐川、おまっ、そんなこと思うちょったんか」


思いもよらぬところに伏兵ライバルがひそんでいたことに今更のように驚かされた実篤さねあつだ。

宇佐川には悪いが、彼がリアクションを起こす前にくるみに告白できて良かった!と心底思ってしまった。


(いや、けどあの場合はくるみちゃんが動いてくれたけん言えたんか)


およそひと月ばかり前の――。十五夜の晩のアレコレを思い出してみると、割と情けなくもあり。

でもそう考えてみたら、(宇佐川が先に動いたけぇちゅうて、くるみちゃんは俺にしかなびかんかったんじゃないん?)とも自惚うぬぼれたくなった実篤さねあつだ。


「わっ、社長、すみませんっ! 俺、つい本音がっ」


無言で宇佐川うさがわを睨んではみたものの、内心はほくほくの実篤さねあつは、「まぁ、宇佐川の気持ちも分からんではないし、別にええんじゃけどね」と寛容なことを言ってみる。


なのに。


「ヒッ!」


どうやら実篤さねあつ、我知らず口元が緩んでしまっていたらしい。


「おっ、俺っ、営業行ってきます!」


小さく短い悲鳴を上げて宇佐川うさがわが慌てたように事務所を後にすると、野田が「社長、ココんところがヘラッとなって、気持ち悪いお顔になっちょりますよ?」と、自分の口角あたりを指差して苦笑した。



***



「――っていうっちゅう事があったんよ」


夜。


お互いの仕事が終わって恋人くるみと電話で話している時に、実篤さねあつは昼間職場であったアレコレを溜め息まじりにつぶやいた。


くるみはその話を聞いてクスクス笑うばかり。


電話口から聞こえてくるその笑い声が心地よく耳をくすぐって、実篤さねあつは(俺、いまめちゃくちゃぶちくそ幸せじゃん!)と実感する。


それと同時、(通話先のくるみも同じように感じていてくれたらええのぉー)と願わずにはいられない。


そんなささやかな希望をいだきはするものの、イマイチ自分に自信が持てない実篤さねあつだ。



「俺としちゃあさ、まだくるみちゃんが俺なんかでええっちゅうてくれちょるん自体、未だに夢現ゆめうつつじゃけん。若いしゅからそんなん言われたら凄いぶっ不安になるんっちゃ」


宇佐川うさがわが言ったように、年齢から言うとくるみと同い年な彼の方が、どう考えても有利に思えたし、二つ、三つ程度の年の差なら気にならない実篤さねあつも、さすがに七つも離れているとあっては気にしないではいられないわけで。


「だって考えてみたらさ、俺が中学に入学した時、くるみちゃんはまだ幼稚園児だったわけじゃろ?」


そう考えると、何だか犯罪に近いものを感じてしまう実篤さねあつだ。


(こんな俺がくるみちゃんみたいに可愛らしい女の子を独り占めしてもええんじゃろうか)


情けないとは思うけれど、そんな漠然とした不安が、常に実篤さねあつの頭の片隅を占拠している。



『うちが実篤さねあつさんがええって言いよーるに、何でそんな卑屈な言い方するん? いくら実篤さねあつさん本人でもうちが好きな人のこと〝俺〟っちゅうて卑下ひげするんは聞き捨てならんのじゃけど』


電話の向こうから、ぷぅっと頬を膨らませた子リスみたいなくるみの姿が見えるようで、実篤さねあつは思わず笑ってしまった。


怒られていると言うのは分かっていても、(くるみちゃん、可愛いのぅ)と思わずにはいられない。


くるみと同い年の妹・鏡花きょうかがやっても太々ふてぶてしくしか見えないだろうに、惚れた弱みというやつは厄介だ。


『そんなん言いよってじゃけど、それならほいじゃあうちがその……宇佐川うさがわさんじゃったっけ? その彼と付き合うことにしました、っちゅうたら実篤さねあつさん、大人しく引き下がるん?』


バカバッ! ダメに決まっちょろーが!」


それだったらほいじゃったらつべこべ言わんと堂々としちょって下さい! それでほいでうちを誰にも負けんくらい思いっきり愛されちょるってとろけさせて?』


「はい!」


くるみからの畳み掛けるような口撃こうげきに、思わず背筋をピーン!と正して即答してしまってから、実篤さねあつは心の中で

(くるみちゃん、小悪魔じゃ!)

と思わずにはいられない。


(そこがホンマ可愛ゆーて堪らんやれんのじゃけど!)



そんなくるみが、電話先で『実篤さねあつさん、いま確かに「はい!」っておっしゃいましたよね?』と言質げんちを取ってきて、実篤さねあつは心の中、「こっ、今度は何なん? くるみちゃぁ〜ん!」と叫ばずにはいられなかった。

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