「それで社長、今日はそんな格好して木下さんがいらっしゃるのを待っちょってんですか?」
「めちゃくちゃ健気じゃないですかぁ〜。野田さぁ〜ん、どうしましょー? 私、何か社長が可愛く見えてキュンキュンきちゃうんですけどぉ〜!」
女性陣二人にクスクス笑われて、実篤は穴があったら入りたい心境だ。
「やっぱ俺、脱いでくる!」
くるみからのお願い事だったから彼女の来訪に合わせるように渡されたモノに着替えてはみたものの、さすがにここまで揶揄われては堪らないではないか。
「ちょっ、脱いじゃダメですよぅ。めちゃ似合ーちょってですけぇもったいないです! それに……その姿をして彼女のことを待っちょくのは木下さんとのお約束なんでしょう?」
きっと今頃木下さんだって社長と同じような境遇のはずですけぇね?と田岡になだめられて、「じゃったら笑わんでくれよ」と思わずにはいられない。
「ホンマ社長は世話の焼ける人ですねぇ。――そう言う格好をした時は変に恥じらったら負けですけぇ。開き直った者勝ちです! ほらほら、胸張って堂々としちょきんちゃーい!」
実篤よりも年上というのもあるんだろう。
彼の、しゅん……と丸まりかけた背中をバシバシ叩きながら、野田が実篤を叱咤激励?する。
そんな野田と実篤の前に、満を持したみたいに出てきた田岡が、
「ほら、社長。脱いじょる暇なんかないですよ。寧ろこのモフモフのおっきな耳と……このゴワゴワの毛深い爪付きグローブも装着せんと!」
それらはギリギリでいいだろうと思って机の上に置いたままにしていたオプション品たちだ。
いま、思いっきりくどいくらいの説明付きで手にしたオプション品を紹介したん、絶対わざとじゃろ?と思った実篤だ。
「早よぉーせんと愛しの木下さんが来ちゃいますよぉ〜? ね〜、野田さん!」
クスクス笑いながら実篤にモフモフたちを押し付けてくる田岡を援護するように、野田が「そうそう!」と言いながら背中を後ろからグイグイ押して逃げ場をなくしてくる。
(ちょっ、何でこの二人がこんなにノリノリなんっ!?)
実篤の、声にならない抗議の叫びもどこ吹く風。
二人の女性従業員にフルスロットルでいじられまくりの実篤は、今現在ダークグレイの毛並みに覆われた、モフモフの長袖着ぐるみ?に身を包んでいる。
その着ぐるみには人間だったときの名残を演出するためだろうか。
ボロボロに破れた体裁のタータンチェックのシャツを羽織らされた形になっていて。
セットで渡されたジーンズがダメージ加工になっているのも雰囲気を出すためだろうか。
いい年の大人が、こんな毛モジャな格好をさせられているだけでも恥ずかしいのに、この上さらに付け耳と手袋まで、と思ったら泣きたくなった実篤だ。
(くるみちゃぁ〜ん。二人きりのときならまだしも、何で狼男コスで俺ひとり、キミを待たんといけんのん? お願いじゃけぇ早よぉ来て!?)
そして一刻も早くこの状況から救い出して欲しい。
「ところで社長ぉ。木下さんは社長にこんな可愛らしい〝忠犬ハチ公〟の格好をさせて、ご自身は何のコスプレでいらっしゃるんですか?」
「いや、これ犬じゃなくてオオカミじゃけぇね!?」
ふと思い出したように田岡がつぶやいたのを受けて、思わず勢いよくそう返してはみたものの、心の中で「俺も知らんのんじゃけ聞かんちょって?」とは言えなかった実篤だ。
実際、実篤自身、それが楽しみで恥ずかしいこの格好を受け入れていると言っても過言ではない。
(くるみちゃん、頼むけん、俺をキュンとさせる格好で来てくれぇよ?)
この羞恥プレイの代償として、そう願ったからと言って罰は当たらんじゃろ?と思う実篤だった。
***
着替える際に机上に投げておいた携帯電話が着信を知らせて、実篤はそれに出ようとして――。
「あー、クソッ! 手袋!」
田岡らに半ば無理矢理はめさせられた爪付きグローブが邪魔で通話ボタンをうまくタップ出来なくて焦ってしまう。
仕方なく、口で咥えて引きむしるようにして手袋を外したら、田岡が「きゃー、社長、ワイルドぉ〜!」と叫んで。
すかさず野田が「さすが狼男です!」と訳のわからない合いの手を入れる。
営業マンの男性二人は、定時を過ぎると同時に早々に「お先に失礼します」と事務所を後にしたというのに、どうして女性陣二人は帰ってくれんのんじゃろうか、と思わず溜め息の実篤だ。
クリノ不動産。
ホワイト企業なので基本残業はしなくてもいいように仕事量を配分しているはずなのに。
田岡と野田が、きっと面白がるためだけに残っているのは分かっている実篤だったが、このふたり、示し合わせたようにタイムカード自体は定時とともにキッチリ打刻してくれているから、なかなか強く「帰りなさい」と言えなくて弱っている。
通話ボタンを押したと同時、電話の向こうで『実篤さんっ、お待たせしましたっ』と慌てたように言うくるみに、「ちょっと待っちょってね」と声をかけてから、コソコソと田岡らから離れるように事務所の隅っこに移動する。
「――くるみちゃん、待たせてごめんね」
田岡と野田を視界の端に収めながら小声でくるみに声を掛けたら、
『実篤さん、お待たせしたんはうちの方ですけぇ、気にせんちょいて? ――あのっ、ところで車はどうしたらええですかね?』
と返ってきた。
今くるみがいるのは、どうやら毎週木曜にパンを売りに来ているクリノ不動産横の駐車場らしい。
「車はそこの空きスペースにテキトーに停めてもろうちょいたんでええよ。どうせうちの駐車場じゃけ」
言いながら、ブラインドが降りた事務所内からは見えないと分かっていながら、ソワソワそちらの方角を気にしてしまう実篤だ。
営業時間外になっている今、大雑把な話、1台ずつの駐車スペースを区切った白線無視でドーン!と斜めに停めてくれたって問題はない。
時刻は十八時半。
クリノ不動産の営業時間は午前十時から午後十八時なので、確かに実篤、就労時間を終えてほんの三十分あまり待たされたことになる。
だが、そんなの待ったうちには入らんじゃろ?と思った実篤だ。
確かに女性陣に揶揄われて、「くるみちゃん早よぉ来て!」と思いはしたけれど、それとこれとは別の話だと切り離して考えられる程度には大人なつもりだ。