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ほんとなんでこんなに天才的なの…🤦🏻♀️🤦🏻♀️🤦🏻♀️💜🩷
この💜さん、好きだわ〜。
愛重めな🩷💜大好きなので読めて嬉しいです!!さっくんの嫉妬が可愛かった💖そして髪が散らかるふっかさん🤣
左斜め前に据えられたディスプレイが憎くて仕方ない。
それと戯れる一つ一つの動作に、大袈裟なくらいこの心臓は早鐘を打つ。
最悪の想像で埋め尽くされた思考に溺れてしまいそう。
この衝動を、誰か止めて。
今日は久しぶりにお互いのオフが重なり、つい二ヶ月前に付き合い始めた恋人と朝から過ごしていた。
恋人の全てを俺が独り占めできるという幸福感に満ちた一日を堪能できるはずだったが、そんな期待を俺は今ほど自分自身でぶち壊した。
左隣で忙しくスマホを操作する恋人から目が離せなかったのだ。
SNSをぼんやりと眺めているというわけではなさそうだった。
今も尚その人差し指は素早くキーボードに触れ続けている。
どうやら誰かにメッセージを送っているらしい。
ひと段落すればその画面は別の部屋に切り替わり、また他の誰かとのやり取りが始まる。
その繰り返しに、ただただ心に荒波を立たせていた。
ここはラーメン屋さんのカウンター席。
嫌でもその液晶が視界の端にちらついて、自然とこの眉は不服そうに中心に寄っていく。
今デート中でしょ?スマホばっかり見ないでよっ!
なんて甘えるような可愛らしい不満を思えたなら、どんなに良かったか。
俺が顔を顰めるのは、そんな理由でなんかじゃない。
これは、己の中にある自制と欲求のせめぎ合いが作り出した表情なのだ。
恋人のふっかは何も悪くない。
全ては俺の病的な心が金切り声を上げるのをやめてくれないせい。
何度抑圧しても顔を出してくるこの衝動が叫ぶ言葉は、ただ一つだけ。
ふっかのスマホの中を見たい。
ひっきりなしに鳴る通知のたびにふっかはトークルームを切り替えて、時折楽しそうに小さな声で笑いながら文字を打ち込んでいく。
一、二回では終わらなさそうなそのやり取りに不安が募る。
「友達」と連絡を取り合っているのだろうと自分に言い聞かせて、カウンターテーブルの下でガクガクと震えている膝を強く押さえる。
「ふぅ…やっと全部返し終わった。ごめんね、スマホばっか見てて。溜めちゃうと返すの大変になっちゃうのよ」
液晶を暗くしたあとで、ふっかはこちらを見て申し訳なさそうに微笑んだ。
ふっかは優しい。
ちゃんと言ってくれる。
だけど違う。
俺が欲しい言葉はそれじゃない。
大抵の人が不快に感じるであろう行動に対して詫びるような優しい気遣いに、一つも安心できない。この通念と自分自身の価値観とのギャップに、頭がオーバーヒートを起こしている。
「んーん!だいじょぶっ!」
明るい声を出すので精一杯だった。
声の大きさはいつもの半分以下なのに、どれだけ吸っても空気が足りないような気がした。
「ありがとね、待っててくれて」
そう言いながら俺の頭をポンポンと撫でてくれるその右手に嬉しくなるけれど、その左手がトーク一覧画面のとある一行を左にスライドさせて「非表示」をタップした瞬間、地獄のどん底に叩き落とされたような気持ちになった。
なんで非表示にしたの…?
それは誰なの…?
なんで隠すの…?
「もしかして…」と疑う気持ちが止められない。
少し怪しくないかと勘繰る追求心が抑えられない。
ふっかの言葉とその温度に天にも昇っていけそうなくらいの幸せを感じるのに、もう一方の何気ない動作に息もできないほど苦しくなる。
今すぐ他のことへ気を逸らせたくて、「早くラーメン来ないかなぁ…」と切に願った。
「はぁ…食った食った。うまかったぁ〜。ちょいトイレ行ってくんね」
「ん!いってらー」
溢れかえった疑念に窒息しかけた頃、やっと二人分のラーメンがカウンターの上に置かれた。
勢いよく麺を啜り、あっという間に平らげてしまったふっかは満足そうに独言ると、俺に断ってから席を立った。
味玉を半分齧り、もぐもぐと口を動かしながら途端に一人きりになってしまった心細さと気まずさを和らげるように、首を動かして辺りを見回す。
手書きのメニュー、幾つも積み上げられたどんぶり、様々な容れ物に入った調味料。
円を描くようにぐるっと一周してテーブルの上に戻ってきた目が最後に捉えたのは、ふっかのスマホだった。
見るなら今しかないんじゃない?
なんて甘言を自分自身に弄する。
いけないことだって、ちゃんとわかっている。
それでも嗜めるべきその企てを捨てきれもせず、眼球がふっかのスマホと箸で挟んだ味玉との間を忙しく行き来する。
下の方に残ってる指紋の跡から、どの辺の文字使ってるかとかわかんないかな…。
体をぐにゃっと無理に曲げて、タップした痕が見える位置を探す。
この疑念も、この恐怖心も、全て無くしたかった。
こうでもしなきゃ、このグラグラするような気持ちはきっと消えない。
押し寄せて止まない不安を解消する方法なんてこれくらいしか思い付かなくて、意固地な程に目を凝らしてみるもその甲斐は虚しい。
「ふにゃ…わかんない…」
当たり前だろと、己を叱りつける。
19もある鍵盤をどのタイミングで叩いていたのかもわからないし、数多のオトモダチに沢山の言葉を届けていたのだ。誰に何を送っていたのかなんて、薄く残った白い丸だけを見ただけじゃ何も推し量れやしないのに。
悪どい考えと項垂れるような自重のあとで、最後に苛立ちが込み上げる。
こんなたかが2cmの厚みもないようなただの四角い板に、なぜこんなにも振り回されなければいけないのか。
自意識過剰も甚だしいが、この高性能な機械に遊ばれているような気がしてくる。
馬鹿らしい。
そう思ってみても、なんだか強がりにしか聞こえなくて悔しくて、 未だ食い下がるように真っ黒いその画面に目を凝らす。
この中を全部見たい。
ふっかはまだ戻ってこない。
もうちょっと、あと少し、まだバレないよね…?
今日のデートが始まってからずっと、ふっかの携帯は鳴りっぱなし。
通知音が聞こえてくるたびに俺の心の中は根拠のない怖い予感のようなものでいっぱいになって、この時間を全然楽しめていなかった。
こんなことをいちいち気にしてるなんて知られたくなくて。
とてもじゃないけどそんなこと言い出せなくて。
「誰から?」なんてとぼけてみればいいだろうに、その答えを聞くことさえ怖くて、強がってばかりだった。
いじけていることすら隠したがっているようなその態度に、ため息を吐きたくなる。
こんなの全然可愛くない…。
開けてはいけない、でも、だからこそ開けたくなる。
そんな箱はなんていうんだっけ。
中が見えないからこそ、そこに「疑い」という魔法のフィルターがかかる。
ふっかはとてもいい人だし、一緒にいると楽しい。
だけど、いつだってふっかの“相棒”に全てを狂わされる。
これまでも頭の中でいろんなことを考えてきたけれど、この脳内会議に結論が出たことはただの一度もない。
味玉の味もよくわからなくなってきた。
と思ったが、よくよく口の中に感覚を集中させてみるともう既に飲み込んでいたらしく、食べかけのそれがスープの中にぷかぷかと浮かんでいた。
ふっかのことを考えていると、他のことが何一つままならない。
それだけのことが、酷くこの心に食い込んだ。
半欠けの月見を丸ごと口に押し込んでまたもぐもぐと咀嚼を繰り返していると、 ふっかが戻ってきた。
姿勢を直して何事もなかったかのように振る舞う。
その実怪しまれていないかと気が気でなくて、卵の隙間で舌を噛みそうだった。
「いや、どんな体制でメシ食ってんの」
なんて拾ってくれるふっかの様子に安心して、でたらめの誤魔化しで逃げ切る。
「意外と量多くてキツかったんだよ、お腹ねじったらイケるかなって思って!」
「体の柔らかさの無駄遣いが過ぎるだろ」
ケタケタと笑うその顔に嬉しくなる。
テーブルの上に置かれたままのスマホが、メッセージを受信して白く光る。
幸せと苦悩に挟まれては、生きているような、生きた心地がしないような、そんな中途半端な感覚に囚われる。
大丈夫、ふっかはそんな奴じゃない。
信じてる。
…でも。
ふっかを信じきれていない自分が、この体のどこかで確かに息をしている。
「ドライブ行こうぜ!」
昨日ふっかはそう言うと、ウキウキした様子で観光ガイドを捲り出した。
「それ自動的に運転俺じゃん!」
別に嫌ではなかったしむしろ楽しそうだと思ったが、ネタで言っていることはわかっていたので、敢えて不服そうな口調で返すとふっか嬉しそうに笑った。
ラーメン屋さんを出た後は、昨日二、三箇所ピックアップをした場所を周るために車を走らせる。
「景色見たいんだよ!車で走るとさ、すごいぐわー!って変わってくじゃん!?あれ見たいのよ!ナビ俺やるし!ね!いこ!」
興奮気味に冊子を俺に突き出して拙いプレゼンをしていた当の本人は、只今助手席で熟睡中である。
「景色見たいっつってたのはどこの誰で、これから誰がナビすんだよ…」とぼやきつつも俺の口からは快活な声が出るので、案外不満も無いのだと思い至る。
不満どころか、こいつといるといつでも楽しくて、どんな時でも満たされる。
たまに子供っぽいところも、調子のいいことを言う達者な口も、今のように自分で企画したデートのくせに寝こけるような残念さも、全部が面白くて絆されるのだ。
友達や仲間としての歴が長い分甘い雰囲気になることは少ないが、それでも幸せだし、ちゃんとこいつに対して「愛おしい」と感じることも多い。
タコメーターのすぐ下に灯る時刻は0:51を示している。
なかなか重ならない俺たちのオフを最大限に楽しもうと、ふっかは行きたいところをたくさん考えてくれた。
そして二人して何故か帰宅時間のことまでは考えていなかったので、かなり遅い時間になってしまったというわけだった。
忙しい中でも二人で過ごす時間を濃いものにしたいと考えてくれていると感じては、心がぽかぽかした。
ハンドルを握る手が暖かくなっていく。頬が緩んでいく。
早く帰ってゆっくりしよう、そう思いながらアクセルを踏み続けていると車内がパッと薄明るくなった。
横目で確かめた光の先には、その手の平の上に無防備に曝け出されたふっかのスマホがあった。
瞬間、今まで感じていた温かい至福の灯火に、コップ一杯の水がかかった。
後から後から、またあの感情が押し寄せてくる。
たくさんの言葉が頭の中を通過していく。
今、夜中の1時だよ?
こんな時間に連絡してくるの?
もしかして…いや、違う、そんなわけない。
こんな遅くに送ってくるってことは、めっちゃ仲良い人なのかな。
その“仲良い”ってどの種類のやつ?
もし友達以上だったら…。
どこまでも肥大していくキリのない考え事を捨てたくて、何度も頭を左右に振る。
これ以上暴走してしまわないようにと、延々と続いている車線をひたすら見続けた。
しかし一度浮かんだ気持ちは取り消せないまま、脳みそのど真ん中にいつまでも居座っていた。
この懊悩を止めなければと思えば思うほど、かえって後ろ向きな気持ちは羅列のスピードを上げていく。
ふっかに限ってそんなことあるわけない。
だって、 大事なオフを丸ごと俺にくれたんだよ?
大切にしてくれる「良い彼氏」がまさかそんな…う、浮気なんかするわけないじゃん。
あ、れ……。
でも、、よく聞いてたこいつの昔話って…。
どうだったっけ…。
遊んでたわけじゃないだろうけど、結構、、。
いや…めっちゃモテてた…って……。
もし、今もそうだったとしたら……。
どうしよう、今日も眠れそうにない。
少し先にある赤信号が目に入っては、ゆっくりとブレーキを前に倒す。
不自然なほど力を入れ過ぎてしまっている右足のつま先が攣りそうになる。
静かな車内には、俺とふっかと、“そいつ”だけがいる。
悪い画策が再び顔を出す。
停車中のエンジン音が囃し立てるようにそれを助長する。
こいつの誕生日、俺の誕生日、記念日、、。
こいつが設定しそうなパスワード…。
不安をなくしたいだけ。
信号待ってる間の一回だけ。
ありふれた数字の並びが脳裏をよぎっては、なんの免罪符にもなっていない言い訳まで出てくる己の非常識さを忌々しく感じる。
車が止まっているこの状況では運転に集中しろと言われても難しい話で、手持ち無沙汰でどうしてもおそろかになってしまう。
こんな時に限って、信号がなかなか変わってくれないのはどうしてなのか。
もどかしくて、気が触れてしまいそう。
良心の呵責なんて、もう随分と前から弱っていた。
虫のような息しかしていないそれは、明日を生きられるかどうかの瀬戸際で毎日危機感を持って暮らしている。
それが故に誰にも止めることのできなかった悪魔のような何かが、日々勢力を増して俺に囁くのだ。
「試しちゃえば?」と。
フロントガラスを突き破らんばかりに鮮やかな光を放つ赤信号。
それは警鐘の暗示か、この身に湧き起こる煮えたぎるほどの不安の比喩か。
そんなこと、今はどっちだっていい。
この中にあるもの、その全てを見たい。
ふっかはまだ起きそうにない。
今ならまだバレない?
頭の中に並べた数字を早く押せ、押してしまえと心が逸る。
自分の中に微かに残っているためらいが、伸ばす指の速度を落とさせる。
もどかしくておかしくなりそう。
あと少し、もうちょっとで、、っ…!
「んん“…」
「ッひ!?」
しんと静まり返った車内に響いた声に驚いて、喉から悲鳴が上がる。
隣を見れば、先ほどと変わらずふっかは目を閉じて窓枠にもたれていた。
まだ何も気付いていないふっかは、口を半開きにして小さな寝息を立てている。
こういうふとした瞬間に、「愛おしい」と感じる。
間抜けな顔も、寝ている時だけは大人しい口も、意外と高い鼻も、何もかも全部。
たまんなく可愛い。しんどい。
絶対に開けてはいけない箱、それはなんと言ったか。
何が入っているのかわからないからこそ、怖くなる。
ただの機械が、とてつもない怪物のように思えてくる。
でも、ふと思う。
果たしてどっちの方が怪物なんだろうって。
もうずっと前からこの腹の中に巣食っている「そいつ」と、ふっかの手の中に収まっている「そいつ」と、本当に怖いのは誰なんだろう。
安心したい。
四六時中背中にくっついて離れない何かが、俺をおかしくさせる。
ふっかにしか引き剥がせないのに。
「たすけて」の四文字がどうしても言えない。
なら、自分でどうにかするしかない。
そう思ったって溜まった塵は積もるばかり。
自分の仕事用のメイク道具と一緒。
ぐちゃぐちゃに広げたままで、散らかしっぱなし。
仕舞い方がわからないの。
ただ信じればいいだけ。
理解はしていても、体が言うことを聞いてくれない。
ふっかがそんなことするわけないってちゃんとわかってる。
怪しいところなんか一つもないんだから。
でも、なんでこんなに落ち着かないんだろう。
信じてるはずなのに。
これからの未来を左右するくらいの大きな問題が降りかかってきている。
そんな予感に不安の色がまた濃くなって、泣きたくなる。
真っ赤な激しい感情を宥めようとしてくれているのか、目の前の信号が健康的な青緑色に変わる。
力無くアクセルを踏み、ノロノロとした速度で車を走らせた。
シフトレバーを意味も無く握りしめ、弱々しく叫ぶ。
「どうすればいいの……っ、」
無意識に噛んでいた下唇がギチギチと痛んだ。
鬱々とした気分のままで走らせた車のエンジンを切ったのは、2時半過ぎだった。
今日の終着点は俺の家。
明日は同じ現場で仕事があるから、そのまま直行しようということになっていた。
「っはぁ〜、、やっと帰って来れたぁ〜」
「めっちゃ遅くなっちった、ごめん。もうちょっと飛ばせばよかったね…」
「んや?なんで謝んのよ。最後寝ちゃっててごめんだけど、ホント楽しかったよ。運転ありがとね」
「ならよかった、…へへ…」
後ろ向きになってしまった自分の精神状態がそうさせたのか、思ったよりも時間がかかってしまったことが心苦しかった。
ところがふっかはケロっとしていて、なんならお礼と共に頭まで撫でてくれた。
素直に嬉しくて、自然と溶け切った笑みがこぼれる。
いつまでもこうしていて欲しいと、その温度が恋しくなるがそうもいかない。
午後からの仕事とはいえ、そういつまでも夜更かしはしていられないだろう。
「お風呂どうする?」と尋ねれば、考えるように斜め上を向く切長の目は眠たそうに数回瞬く。
「ん〜、、一緒に入る?」
「はっ!?」
「んふはははッ!」
思ってもみなかった返答に上擦った声が飛び出るが、とんでもないことを言い出した張本人はといえば、楽しそうに笑っていた。
何言ってんだこいつは。
からかってんのか…?
どう言うつもりなのかと思案していると、ふっかはまた頭を撫でてくれた。
「遅いから一緒に入ったほうが、早く二人で寝れるかなって」
「ぁ、ぁあ…そゆこと…」
「でも今日は別々の方がいっか」
「ぇ…、っと、どっちでもいい…け…ど…」
その真意を純粋に嬉しく思う。
驚きのあまりリアクションは薄くなってしまったが、その気遣いが温かった。
これまでに何回も一緒にお風呂に入ってきたので、今更そこに対して恥ずかしさや戸惑いは感じない。
ただ、 そこには他のメンバーもいたという内実と、関係が進展してからはまだ二人きりで入ったことはない、というオフレコも一緒についてきはするが。
とはいえ、恋人かそうじゃないか、俺たちの他に誰かがいるかいないか、くらいの違いしかないので、どちらでも不都合はないと本心のままにふっかへ委ねた。
がしかし…。
「期待させちゃった?やっぱまだ取っときたい。…ゆっくりできる時まで」
「っ!?」
ぎこちない反応を見て何を勘違いしたのか、今ほどふっかが放ったものでこの場に立ち込めていた花畑のような雰囲気は一気に妖しくなってしまった。
油断していた。
こいつのこういうところが本当に危ない。
流石の俺でもわかる。
今確実に、“予約”されたということくらいは。
「忘れないでね」とでも言うかのように額に落とされたとどめのキスが、やけに甘ったるかった。
時折、こうして突如現れるふっかの色めいた雰囲気にいつもやられている。
友達のように過ごすことの方がまだ多いが、何かの拍子にたちまち恋人としての空気が強まることがある。
そのギャップが、いつも俺をおかしくさせる。
好きがもっと増えていく。
ますます何も見えなくなる。
どんどんふっかにハマっていく。
俺の目を覗き込みながら「待ってっから先入ってきな?」と言ってくれたふっかの肩に、額を擦り付ける。
「え、拭いた?さりげなく俺がちゅーしたとこ拭いた?」
なんて、悲しげなのに楽しそうな声が聞こえてくる。
はちみつみたいな甘い空気が恥ずかしくて。
その仕草と言葉から滲み出る優しさが嬉しくて。
自分で作り出したくせに、その全てを台無しにするところさえ可愛くて。
いろんな気持ちが混ざり合って言葉が紡げない。
ふっかに背を向けてから「んなことないっ!」とだけ答えて、脱衣所へ向かった。
マジで沼…ッ…!
幸せなのにどうしてか悔しくもあった。
頬を膨らませたり、眉と口元をむにゃむにゃ動かしてみたりしながら、風呂場のドアを思い切りよくジャッ!!と締め切った。
人を待たせているのでそう長湯はしていられまいと、今はシャワーだけにしておいた。
湯船に浸かるのは朝にしようと予定を立てながらリビングへ戻ると、ふっかはまたスマホを眺めていた。
体が反射的にぴくっと動いてしまう。
気取られないように「上がったよん」と明るく声をかけると、ふっかの首はピョコっと上を向いた。
「おー、おかえり」
「んー。……何見てるの…?」
いつまでも一人で悶々としているのは辛かったのでそれとなく尋ねると、ふっかはその画面を何のためらいもなく見せてくれた。
「今ハマってるクソゲーの途中で流れるクソゲーの広告」
「えぐいほど時間経つの遅く感じるやつじゃん」
「ゲーム自体はめっちゃいいのよ。脳みそ死んでるときにやるとマジで楽しい」
「それやる前に寝ろよ!」
いつも俺を悩ませるそいつは、詐欺めいた謳い文句で「このゲームもおすすめですよ!」と言うようにふっかをそそのかしていた。
ケタケタと笑いながら、ふっかはスマホを閉じて立ち上がった。
「んじゃ風呂借りるねー」
「あいよー、ごゆっくりー」
ペタペタと鳴る足音が遠ざかっていく。
変な空気になることもなく会話をひと段落させられたことにほっと安堵のため息を吐くが、俺の問題は何も解決していない。
あの広告に酷く安心したのに、同時にがっかりもしてしまったことに、どうしようもないくらい落ち込む。
ふっかはお風呂に入ってる。
今しかないかもしれない。
さっきのパスワードまだ試せてないから。
俺の指が、紙一枚ほどの距離までその冷たい板に迫る。
望みは薄くてもどうしてもやり遂げたいと叫ぶ心は、もう止まってくれない。
もう少し、あと少しで届く。
あとちょっと伸ばせば…っ…!!
「なぁ佐久間ー、シャンプーってど…れ……」
「ふにゃぁ“ッ!??!」
不意に背後から声をかけられては全身が大きく跳ね、大絶叫の限りを尽くした。
ぐぎぎぎ…と音が鳴りそうなほどに滑らかさを失った首を半回転させると、そこには困惑したような表情のふっかがボディーソープのボトルを片手にリビングの入り口に立っていた。
やばい。
やばい。
ガチでやばい。
いつからいた?
どのくらい前に戻ってきてた?
何しようとしてたか気付かれた?
見られてないって思いたい。
「あー…っと、ごめん驚かして。大丈夫?」
「ぁ……、ぁ、、へいき……」
あ、これダメだ。バレた。
だってめっちゃ気まずそうな顔してるもん。
これ絶対見てないふりしてる。
「…そ。…んでさ、シャンプーこれ?」
どうしよう。
ふっかが何か言ってるけど、何も聞こえない。
どうしよう。
ごまかせない。
でも、何か返事しなきゃ…。
これ以上変に思われないように。
「っぁ、、ぇっと、、ぅん…」
「あ、これで合ってたのね。ありがと。じゃ風呂戻るわ」
くるっと向きを変えると、ふっかはまた脱衣所の方へ戻って行った。
あれからの記憶が無い。
濡れたままだった自分の髪をいつ乾かしたのか。
ふっかはいつ戻ってきたのか。
いつ二人でベッドに入ったのか。
それらを何一つ覚えていなかった。
ついにふっかにバレてしまった。
自分のせいでしかないが、並び合って寝転がっているだけなのに震えが止まらない。
これからどうなるんだろう。
やっぱり振られるかな。
怖い。無理。やだ。
そんなことになったら、おかしくなっちゃう。
今更言ったって遅いけど、なんであんなことしちゃったんだろう。
抱えきれないほどの恐怖と、執着めいた何かに身悶えていると、ふっかが突然こちらを向いた。
何を言われるのかと身構えるよりも先に、その口が開いた。
「どした?」
「ぇ…」
「最近元気ないから」
これは気を遣われているのだろうか。
先ほどの一件を追求しようとして、気を遣うふりをしているのだとしたら…。
あぁぁ…本当に落ち着けない。
「なんもないよ」
「そ、なんかあったら言ってよ?んじゃ、おやすみ」
寝落ちたふっかを見届けてから、むくっと起き上がる。
全く眠れる気がしなかった。
それに、言えるものなら今すぐにでも言いたいと嘆く気持ちやら、ぐちゃぐちゃな暗い感情に支配されているやらで、大人しく寝転がっていられなかったのだ。
言えないようなことを日常的に思っていること自体が問題だとは思うが、自分では止められない。
これは人によって違うのだろうか。
実は人見知りで、気の置けない友達がほとんどいない。
だからこそ、特別な存在がいればその人しか目に入らなくなってしまう。
誰かに対してかけられる時間も気持ちも、そもそもの母数が少ないし、尚且つそれが恋人となれば想いは余計に大きく、そして重たくなる。
依存ではないと思いたい。
大切な人に全てを捧げたくなってしまうだけ。
ただそれだけ。
そう信じていたい。
反対にふっかは友達も多いし、きっと今までに付き合ってきた人もたくさんいるのだろう。
それが尚更俺の不安を掻き立てた。
好きと執着が切り替わる地点はどこなのか。
依存と愛情の違いはなんなのか。
浮気の境界線はどこか。
そういった恋愛観の一つ一つに、俺とふっかとでかなりの違いがあるように思えてならない。
俺が踏み込んで欲しくないラインがふっかにとっての常識で、ふっかにとってのタブーが俺のモラルなのかもしれない。
だから、確かめたい。
だから、晴らしたい。
全部。
全部。
全部ッ…!!!!!
そこまで頭の中で理屈づけた後、何かが弾けて頭が真っ白になった。
良心も世の中の常識も全て捨て、ベッドを降りてふっかが顔を向けている方へ回った。
枕元に置いているそれを掴み、電源ボタンを押す。
煌々と灯る画面の右上をスワイプして、明度を一番下まで下げる。
一度液晶をオフにしてから、ふっかの前にその“相棒”を突き出す。
再びサイドボタンを押すとその顔が薄明るく照らされる。
しばらくその状態で待っていると、端末の内部で起こる独特のポコポコとした振動が俺の手を伝った。
「はぁ……開かないか…」
恐らく目が閉ざされている状態では生体認証が反応しないのだろう。
吐き出されたため息には、なんの感情もこもっていなかった。
一番怖いのは、ふっかでも“こいつ”でもない。
俺だ。
こんな自分、俺が一番嫌だよ。
それでも止められない。
だって、そんぐらい好きになっちゃったんだもん。
なるべく見せないように頑張るけど、いつまたこうやって暴走するかわかんない。
予測もつかない。
それでもふっかはそばにいてくれる?
もしわがまま言っていいなら、一個だけお願いがあるの。
心の中でこんなことばっかり考えてるどうしようもない俺のこと。
好きがおかしい俺のこと。
ふっかにまだ見せてないほんとの俺のこと。
そんな俺ごと全部愛してよ。
この気持ちを、この愛情を、肯定して。
「普通」とかけ離れてる俺の「モラル」だってここに在っていいんだって、そう言って安心させてよ。
でもね、そんなこと思ってたってこれから先も俺はきっと、いつまで経っても言えない。
それでふっかが離れて行っちゃう可能性が少しでもあるなら、今のままがいい。
眠れない夜を何度も過ごすくらい、平気だから。
息が詰まるほどの恋しさに身を焦がしながら、ベッドの淵に座ってその寝顔を眺める。
「やっぱ、しんどい」
小さく呟いてから、狂おしいほどの衝動も歪な愛情も、何もかも全部隠すように膝を抱えた。
お借りした楽曲
スマホウォーズ / 優里 様
おまけ 沼男の夜伽
「なにがしんどいの?」
「?!起きてたの!!?!?」
「うん。なんか気になって。どうした?」
「……ぁ…ぃゃ…なんでも…」
「佐久間」
「!!…な、、に…」
「いつまで隠してるつもり?」
「え…」
「お前がしたいことも、なにに怖がってるかも、なんとなくわかってるよ。別に引いたりしないから言ってみ?」
「……でも…」
「んー、意外と折れねぇのな。なら……ほい」
「へ…?」
「見たきゃいくらでも見ていいよ」
「!?なんで…」
「見られて困るようなもんないし、それでお前が安心すんなら好きにしな」
「……ううん、、みない…」
「そ。なら、俺が勝手に見せる」
「は?」
「これ今日撮った写真。ラーメンと、佐久間と佐久間と佐久間と佐久間」
「…俺しかいないじゃん…」
「もうちょっと前から見る?お前ばっかり写ってるよ」
「…いや…大丈夫…」
「そ。んで、あとこれは翔太とめめと照と今日してたやり取り」
「あの……深澤さん…?」
「翔太に今日のデートで楽しかったこと散々惚気てたら怒らせちゃってさ、「あと一個なんか送ってきたら、その瞬間お前をブロックする」って返ってきたからそこで終わりにして、」
「ちょっと…」
「強制的に翔太と連絡取れなくなっちゃったからめめにもいっぱい惚気たんだけど、あいつ今日忙しかったのかさっき1時ぐらいに「よかったっすね」ってそんだけ返事来てて、」
「ふっか、ふっか…っ…!」
「んで、照には…」
「ふっかってば!」
「なによ」
「もう…もういいから…っ、」
「そう?じゃあ最後に一個だけ。照からアドバイスもらったんだよ」
「…なんの?」
「重ための彼女を幸せにする方法、的な?」
「…え…?」
「お前毎日何かしらで絶対凹んでんのになんも言わないからさ。下手なことして傷つけたくなかったし、照も重たいじゃん?なんかヒントもらえるかなーって」
「…それで、照はなんて言ってたの…?」
「「ただそばにいてくれるだけでいい。それが一番安心して、一番幸せを感じる。」だってさ。お前はどうなの?」
「俺もそんな感じだと思う…。上手く言えないけど、ふっかのスマホ見たからって安心するわけじゃないんだろうなって、今「見ていいよ」って言われた瞬間気付いた」
「うんうん」
「俺の気持ちっていうか、好きだから思っちゃうこととか取っちゃう行動とかって、普通の人と違くておかしいんじゃないかって思うの」
「ほぉん」
「でも、俺とおんなじくらいの量の好きがふっかから欲しいって、そうも思っちゃうから、なんていうか、感覚の違いみたいなのを感じた時に苦しくなる」
「なるほどね」
「でも、今ちゃんとわかったからもう大丈夫」
「んぉ?」
「ふっかのスマホの中も、ふっかの心の中も、俺ばっかりだって知れたから」
「そんな伝わってなかったんだと思うとちょっと複雑だけど、そうだよ?ちゃーんと、お前しか見えてない」
「んへへ…」
「てことで…っよいしょ」
「ぅぉ!?ちょ、なになになに!?」
「ほっそ。ちゃんと食ってんの?」
「お前にだけは言われたくない。ちゃんと筋肉あるもん」
「そうだねー、板チョコ佐久間くん。もう寝るよ、明日も仕事だし。今何時よ…げ。四時じゃん!見て佐久間!四時!!」
「わかったわかった、ごめんて!時間見せるついでにどさくさに紛れて、いつかのYoutubeのスクショ切り抜いた待ち受け見せてこなくていいからっ!ロック解除後ってのが尚更ガチのやつでしんどい!!」
「これお気に入り。貴重な俺と佐久間のツーショ」
「…撮りたいならいつでも撮るんだけど…なんで俺に内緒でそんなことしてんの…」
「はずい」
「JKかよ」
「佐久間もわかるっしょ?友達とメンバー期間の方が長すぎて「恋人感」出していいのかな、引かれないかな、今更恥ずくね?ってなるあの感じ」
「あー、わかるわかる。切り替えのタイミングがさ、バグるよね」
「そー、あれで収集つかなくなったらどうしようって困って何回ボケに走ったか。俺的にはさー、もっとイチャイチャしたいんだよねー」
「いや、このままでいいんだけど…」
「えっ…俺からの愛の囁きとかいらない…?恋人らしい雰囲気求めてない…?」
「そういう意味で言ってないよ…今のままで十分甘いから大丈夫って言ってんの…」
「俺まだなんにもできてなくない…?」
「…あれ素かよ…。これだから深澤は…。」
「なんかため息吐かれたんだが?…てかさ、これいつ会話終わる?」
「わかんない」
「もうオールする?」
「いや寝ろよ」
「お前もな」
「…でもさ、この際思いっきり恋バナするのどうよ」
「んにゃははは!だから寝ろって!!!」
「始まったばっかで、今日までお互い手探り状態だったってわかったわけじゃん?」
「そだね」
「だからさ、「恋人」としてのお前のこと、もっと教えて?…ね?」
「…これが噂に聞いてた「深夜の深澤」か?」
「佐久間の初恋っていつなの?」
「だからJKかよ」
翌日、遅刻はしなかったが朝日が昇るまで抱き合い語り合ったためにできた俺たちのクマを、メイクさんは苦労しながらも綺麗に隠してくれた。
そして、何故かゴワゴワなふっかの髪も、根気強く梳かしてくれていた。