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「ああら、よかったね、亮ちゃん。あたしにくれるんだって」
「もう! うるさいな」
一度始まったら五分は止まらない美穂の笑いの発作が爆発した。亮介の右隣のブランコのチェーンがぎしぎしと音を立てるほど、美穂は全身で笑い転げた。
「美穂、笑い過ぎ!」
亮介が自分も半分笑いながら言うと、美穂は一瞬ぴたりと体を静止させたが、二秒ともたずに再び声を上げて爆笑し始めた。亮介は右手をグーの形に握って美穂の頬に押し当てた。そのまま拳をぐりぐりと捻る様に動かす。
「笑い過ぎだってば!」
「あはは、だって……あはは……あはは」
やっと美穂の笑いの発作が収まった時、夕闇に沈んだその公園で、亮介は美穂にプロポーズした。
ある意味、詩織は二人にとって愛のキューピットとも言えた。その少女が今命に関わる重傷を負って手術室に横たわっている。亮介は手術用の手袋を装着し、両手を肩の高さに掲げたまま、手術室に向かった。看護師がドアを開け、壁、床、天井にいたるまで白い素材で囲まれたその部屋に入る。
詩織は既に手術用のベッドの上に寝かされ、頭には髪をすっぽり覆い隠すようにビニールの帽子がはめられ、口に麻酔ガス吸入用のプラスチックの管が差し込まれ、既に意識はなかった。
麻酔用の機器は院長が操作し、宮田ともう一人の看護師が助手についた。亮介はメスで骨の先端が飛び出している右脚の脛の真ん中あたりの皮膚と筋肉を切開し、折れた骨を露出させた。
鮮血が亮介の両手を染める。折れた骨を細心の注意を払って押し戻し、つなげる。だが骨の破砕した面がうまくかみ合わず、またずれる危険がある状態だった。
「宮田さん、接合器」
亮介の指示に、看護師長の宮田が細い、鈍い銀色の金属棒を渡した。五センチほどの長さのチタン合金の棒で、両端が曲がって尖り、釘のようになっている。骨の折れた部分の上下に両端があたるように押し当て、亮介はそのまま目を離さずに宮田に指示した。
「ハンマー、一番小さいのを」
亮介の右手に全て金属製のおもちゃのような小さなハンマーが渡された。亮介は折れた部分の上にあてた金属の棒の端を、彫金職人のような繊細な手つきで慎重に叩いた。棒の端の尖った部分が骨の表面に食い込んでいく。
ある程度位置が安定するまで叩いたところで、折れた部分の下にある金属棒の端を叩く。左手で破砕した骨の両面がずれないよう抑えながら、金属棒のもう一方の端を骨の表面に食い込ませる。
患部から左手を離し、亮介は患部に顔を近づけてさらにハンマーを使った。チンチンチン……小さな金属音がだんだんその感覚を短くしていき、最後の方ではまるでつながった一つの音の様に聞こえた。
看護師二人が、そして院長も手術着のマスクの奥で「ほう!」と感嘆の声を上げた。金属棒が狙った位置で固定された事を確認して、亮介は一旦手術台から離れ、消毒液で手袋についた血を洗い流しながら、冷静な声で次の指示を出した。
「骨の表面の消毒をお願いします。宮田さん、針と糸、縫合の用意を」
手術台に戻った亮介の手に、既に糸が通された縫合用の針が渡される。亮介は、傷跡が残らないように、残ったとしても目立たなくなるように、息をするのも忘れたかのように、患部の皮膚を慎重に縫い合わせた。
縫合が終わり、切開した部分を包帯で巻き、簡易ギプスをはめた。病院を取り巻くこの状況が長引いた場合、再び切開部を処置する必要が出るかもしれない。その点を考慮して、あえて簡易ギプスを選んだ。
全てのプロセスが終わり、院長が深麻酔の解除を告げた。亮介は執刀医として、その場の全員に告げた。
「術式終了。お疲れ様でした」
宮田が手術用の手袋をはめたままの両手を叩いた。
「お見事でした、牧村先生」
院長も麻酔機器の計器を見ながら、誇らしげに言った。
「ご苦労でした、牧村先生。見事な手術だった」
詩織を外科病棟に戻し、亮介が手術着から着替えて廊下に出た時、上の方から男女数人の悲鳴のような声が響いて来た。どうやら屋上かららしい。亮介が階段を駆け上がって屋上に出ると、三人の女性看護師と四人の比較的軽症の内科の入院患者が、南の方角を見つめながら、恐怖で顔を引きつらせていた。
「どうかしたんですか?」
背後から声をかけた亮介に、年配の男性入院患者が遠くを指差しながら震える声で言った。
「先生、あれは……あれは何だ?」
亮介がその方向に目を凝らすと、何かが空に向かって湧き上がっているのが見えた。その場所からでは小さく見えたが、それは何かの噴煙らしかった。その形は、キノコの様な、としか表現のしようがなかった。
「ありゃ、広島、長崎のあれと同じもんじゃねえのか?」
その患者は全身を、寒さからではなく、ぶるぶると震わせながら言った。
「水素爆発とか、今までは言ってたけんど、今度こそ原子炉が爆発したんじゃねえのか?」
異変に気付いたらしい病院のスタッフや患者の一部が、次々に窓から身を乗り出して、その方向を指差しながら騒ぎ始めた。一階の待合室まで飛び降りる様にして階段を駆け下りた亮介は、テレビの前に走った。
そこには録画らしい映像が繰り返し流されていた。福島第一原発の三号機が、水素爆発を起こしたと報じていた。壁の時計は午前十一時をだいぶ回った時刻を指していた。