なんとか病院に行こうと説得したけど、どうしても嫌だと言う。
けれど証拠写真は必ず必要になるだろうし。
「じゃあ、家で自分で写真撮っておくといいよ」
「…自分じゃ見えない」
「だよね…」
二人して黙り込む。
そうやって、何回めかの静かな時間をやり過ごす。
「「「ごちそうさま、マスター!また来るね」」」
奥の席で賑やかだったグループは帰って行った。
時計を見ると午後5時になろうとしていた。
「もうこんな時間だよ、帰った方がいいよね?」
「あ、でも…」
「遅くなると、ご主人にまた何をされるかわからないよ」
「…もう、遅いです…」
「え!」
「出張だったから、もうきっと帰ってきて私が出かけてることに気づいてるはず…」
「あいたぁー!それ、早く言ってよ、ヤバいって」
このまま帰してしまったら、また暴力を振るわれるかもしれない。
それだけはなんとか回避しないと。
でも、どうすれば…。
「あのっ…写真、撮ってください」
「えっ?」
「これから、写真を。どっちにしても夫に怒られるのなら、せめて写真を撮っておけば」
「青木さんがそれをちゃんと言える?証拠写真があるから、暴力を訴えるってご主人に言える?」
「い、言います、だから…」
「せめて写真を、それはわかるけどどこで撮れば…」
「行きましょう!」
「えっ!」
ガバッと伝票をつかむと、先に立って歩き出した。
「ありがとうございました」
マスターが笑顔で送ってくれた。
からんころん🎶
駐車場へ向かう。
佳苗は小走りだ。
ピッとロックを開けて、車に乗り込む。
「どこへ?」
「ここを出て、道なりに少し行ってください」
「う、うん」
言われたとおりに車を走らせる。
「そこを左、ですぐを右です」
「こっち?で、こっちね」
くねくねと入ったそこには、ラブホテルがあった。
「ここ?ここって」
「はい、ここなら、写真を撮ってもらえますから」
「ちょっと待って、ここはダメでしょ?」
「どうしてですか?ここしか写真を撮れるとこなんてないですよ」
「でも…」
「私を助けてくれるって言ったじゃないですか!早く!」
言われるまま、車を中にとめた。
さっきまでとはまるで別人の佳苗に、思考がついていかない。
慣れた様子で中に入っていく。
部屋の案内板には、いくつかライトがついていて、空室を知らせている。
最上階の5階は、露天風呂と螺旋階段があるスィートルームで一部屋しかないらしい、なんてどうでもいい情報を見ていた。
しかも料金は5倍だ。
こんなとこ、誰が使うんだろ?
「行きますよ」
ぼうっとしていたら、佳苗はさっさと部屋を選んでエレベーターの前にいた。
入り口の自動ドアが開いて、次のカップルが入ってきたので、慌てて佳苗とエレベーターに乗る。
チン!
3階に到着した。
奥から2番目の部屋のドアがピカピカと点滅していた。
部屋に入ると照明をつけた。
ここまで来たら、さっさと写真を撮って帰ることにしようと腹をくくる。
「とりあえず、写真を撮るね、わかるとこだけでいいから」
「…はい」
さっきまでの勢いはどうしたのか、佳苗はおとなしくなった。
そっと、カーディガンを脱いでいく。
腕の内側、二の腕にはアザがいくつもあった。
ジーンズをめくって見せられたスネには、滑って引っ掻いたような痕がカサブタになっている。
前髪をめくりあげると、もう黄色く色が変わったアザがある。
「他には?もういいかな」
「あの、ここも多分!」
佳苗は、そう言ってブラウスとジーンズを一気に脱ぎ捨てた。
背中と太腿、脇腹の辺りにもいくつか重なったアザがあった。
「どうして、こんなに…」
「早く、写真を!」
「あ、あぁ、うん」
どんな感覚で自分の奥さんにこんなことをしてるんだろう?
どんな感覚で自分の夫にこんな仕打ちを受けてるんだろう?
スマホで写真を撮りながら、涙がこぼれた。
確かまだ23歳だったはず。
新婚で今が一番幸せなはず、なのに。
一通りの写真を撮った。
「これくらいでいいかな。もう服を着ていいよ」
泣いてしまったことを佳苗に悟られないように、背中を向けた。
「店長!」
不意に背中に抱きついてきた佳苗。
「えっ、ちょっと、待って、ね、早く服を着て」
くるりと向きを変えて向かい合った。
その瞬間、唇が重なった。
「んっ!ぐっ!」
慌てて離れようとしたけど、佳苗に押されてそのままベッドに倒れ込んでしまった。
「ちょっ…、待って、」
一旦離れたのに、また押し倒された。
すごい力だ、なんて考えていたけど。
気がつくと、上着を脱がされベルトも外されるところだった。
佳苗はいつのまにか全裸になっている。
さっきまで明るかった照明は、薄暗く落とされていた。
「ぷっ!くっ!はっ!!」
やっとの思いで離れた。
「なんで、こんなこと?」
「だって、店長のことが好きになってしまって」
「そんな…俺には妻がいるんだよ、青木さんも結婚してるし」
「でも、店長に優しくされて私のことを一生懸命考えてくれて、だから…。だからこんなとこにも来てくれたんですよね!」
「いや、ここは写真を撮るためだけにきたんだよ」
「ひどい!女の私に恥をかかせるんですか!」
そう言うと、スマホをこちらに向けてパシャパシャと写真を撮った。
「待って!ちょっと待って!」
「抱いてください、一度でいいからお願いです」
「そんな、無理だって」
「抱いてくれないと、この写真をお店にばら撒きますよ」
そう言って見せられた写真には、薄暗いダブルベッドの上でパンツ一丁でマヌケ面した俺が写っていた。
終わった…
一気に脱力した俺に、また佳苗が覆い被さってきた…
ほぼ、されるがままの俺は頭の片隅で、今日は帰りが遅くなると冬美に言ってきたことを思い出した。
こんなつもりじゃなかったのに…
**このホテルで、第一部の主人公、小平未希さんがアルバイトしてます。
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