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「工藤さん、まだいるなら怖い話でもしない?」
「今、暇そうダシ」
夕日が差し込みかける放課後の教室。
塾の時間まで本でも読んでいようと残っていた私に声をかけてきたクラスメイトがいた。
私、工藤真由はワケあってクラスに馴染めていない。友達を作るきっかけを逃す理由は無い。
「……怖い話?」
「そう、怖い話。学校の七不思議」
「好きそうだなって思ッテ」
私は手元の文庫本に目を落とした。話しかけられるまで読んでいたのは古本屋で買った一昔前のホラー小説。
これを見てそういった話に興味があると思って声をかけてきたのかもしれないし、だとすればその見込みは間違いではない。
「いいよ、……渡辺さん、だっけ。でも『どの』七不思議?」
「工藤さんが知ってるのをまず知りたいかな」
「教え合いっこシヨウ」
どうにか思い出した名前は合っていたようで、渡辺さんは初めて喋る私にも気さくに接してくれていた。
対して私は緊張が隠せていないし、自分でも変な質問だと思った。けれど変なのはうちの学校なのだ。
どの学校にもある七不思議――動く人体模型や夜中に鳴る音楽室のピアノ――が、この学校では七つにはとても収まらなかった。
先生や先輩から聞いたり、自然発生的に噂されたり、あるいは実際に見たと言い張る人がいたり。
その内容はどれもがてんでバラバラで、けれどそのどれもがなぜか「七不思議のひとつ」として扱われている。
「私が知ってるのは……屋上のプールが使えない理由と、旧校舎に無いはずの4階がある話」
「どっちも知ってるやつだ。あんまり詳しくない?」
「有名なやつだもンネ」
「……最近まで学校来れてなかったから」
「そうだったんダ」
そしてこの学校の生徒たちの間では、「互いの知っている七不思議を教え合う」遊びが何十年も前から代々続いているらしい。
中学生になって早々に事故に遭い入院していた私は、一ヶ月経ってようやく登校出来るようになった時には既に友達作りに出遅れていた。
当然、その遊びにもつい最近参入したばかりだ。
「ええと、じゃあ新しい七不思議を何か教えてくれる?」
「工藤さんの知らないやつね、何がいいかなー」
「フフ、じゃあ私が話すネ」
七不思議を教え合う遊びにはひとつのルールがあった。
『一度に人に教えて良い七不思議はひとつだけ』。
誰が言い出したともわからないルールだったが、気づけばみな暗黙の了解としてこれを守っていた。
「誰かと話してる時にネ、そこにいないはずの人の声が聞こえてくる事があるんだッテ。友達とか先生とかノ」
「人の声?うめき声とか笑い声みたいな?」
「え、怖っ……」
いるはずのない人の声が聞こえる、あまり七不思議としては聞かないタイプだけれど確かに怖い話ではあった。
自分から話を振ってきたのにあまり怖い話は得意ではないのか、渡辺さんは眉根を寄せている。
「そういう時もあるし、普通に会話に混ざってきたりもするミタイ」
「いない人と話してたらおかしいって普通気付くんじゃない?」
「そうだよネ。でも意外と気付けないらしいシ、もし気付かないで返事しちゃっタラ……」
おもむろに沈黙が流れた。
肝心なところで話の続きをおあずけされているのが気になって、つい前のめりになってしまう。
「返事したらどうなるの?」
「ねぇ、やめてよ」
渡辺さんは不安げな、むしろ少し怒ったかのような口調で私の肩に手を置いた。
「フフ、楽しみだネ」
「楽しみって、何が?」
「やめてよ工藤さん」
渡辺さんに両肩を掴まれて、私は彼女と向き合わされた。
心の底から心配そうな表情で私を見つめている。
「なんで急に独り言言い出したの?怖いっていうかキモいんだけど……大丈夫?」
「え?だって今……」
ふと気付く。教室にいるのは私と渡辺さんの二人だ。
返事をしたらどうなるか、その続きを私はまだ知らない。
どこかからか、フフと笑うような声が聞こえた気がした。