…………………Side 響
「行っちゃやだ」なんて。
いくらなんでも可愛いすぎる。
見合いという鬱陶しい外出。
琴音を置いてドアを閉めれば、閉まり切るまでこちらを見ている大きな目。
すぐにドアを開けたくなった。
今思えば、この時…ドアを開けて琴音を抱きしめて、見合いなんか中止にしてしまえばよかったのかもしれない。
「…じゃ、行くか?」
…すべては、こんな面倒くさい話を持ち込んだこの男のせいだ。
「そう…だね。甘い時間を邪魔してごめんね…」
スラックスのポケットに手を突っ込んで横に並んでみれば、ほとんど高さの変わらない目線。
そして、俺より外国の血を多く受け継いでる、彫りの深い顔。
じじぃ…多分今でも相当モテるだろうな。
「…で?今日の相手はどこの企業の娘?」
「え?興味あるの?珍しいね響…!琴音ちゃんに言っちゃおっかな」
顔に似合わない柔らかいしゃべり方は、若い頃母に出会って、優しい話し方を要求されたから。
今でも忠実に守っているあたり、父親の母への思いの強さを表しているようで、なかなかむず痒い…。
「…琴音はそんなことで怒らねぇよ」
駐車場で待つ黒塗りの車に乗り込む頃には、少しだけ威厳のある表情になった父親が、俺だけにわかるよう目配せをした。
…息子の色恋沙汰はほっといて、本当にそろそろ母のところへ帰ってほしい。
どうせ母は、父が拗ねてることなんて、微塵も気にしちゃいないのだから。
……………
「本日はお会いできて嬉しゅうございます…」
顔を見て驚いた…。
「こちら、当社のご令嬢、緑川蘭子さんです」
黒服の男が淀みなく言うのを聞きながら、もちろん知ってる…と、内心思う。
「こちらこそお会いできて光栄です。武者小路響です」
ホテルマテリアガーデン。
うちが所有するホテルのレストランで落ち合った女性。
…こんなところで緑川コーヒーの令嬢に会えるとは。
話を合わせながら、瞬時に頭のなかで今後の計画を計算する。
そしてカチッと、パズルが合うのを感じて…彼女にニッコリ笑いかけた。
「今日はせっかくお会いできたので、蘭子さんの話をたくさん聞きたいです」
黒服の男性は紹介するまでの役割なのか、俺たちに丁寧に頭を下げて帰っていった。
そして俺も、話に混ざりたい様子の父を追い払い、蘭子と2人になった。
多分、付き添いに親ではなく、会社の者をつけたのが蘭子の本心だろう。
そしてこっちも、父が話に混ざる気だったのは、この見合いが形式的なものだったから。
2人にならなくてすむように、という配慮だったはずだ。
それなのに自分を追い払う息子を、まるで浮気者…のような目で見るのはやめてほしい。
まぁ、まだ計画の全容を父には明らかにしていないのだから当然だが。
渋々帰っていく父に手を振り、俺は蘭子と食事を始めた。
他愛もない話をしながら、さりげなく話を切り出したのは、ほとんど食事が終わった頃。
「栗栖川玲。彼は今日の見合いを知っているのですか?」
俺の問いかけに、わかりやすく動揺する蘭子。
「…ご存知、なんですか?」
「えぇ。実は彼とは幼なじみで、中学高校の後輩でもあるんです。それがなんの因果か、数ヶ月前に再会しましてね」
「玲さんが、響さんの幼なじみで後輩?」
驚いているあたり、玲からは何も聞いていないようだ。
「玲には…再会してからずいぶん困らされていましてね」
そう言ってから、先に確認しておくことにする。
「蘭子さんと玲は、恋人関係ですね?実は私にも、愛する女性がいます。そう遠くない未来に結婚したいと思うほどの」
「…それじゃ響さんも、このお見合いは形式だけの…?」
「そうです。父に私を紹介してくれるよう頼んだのは、緑川会長ですか?」
「はい。父には玲さんとのことはまだ伝えていません」
「…わかりますよ。どうやらFUWARI は経営危機に陥りそうな状態だ。そんなところの息子と付き合ってると知って、賛成されるはずがない」
蘭子は深くうなだれ、食事を中断した。
「玲とあなたのお付き合いには…私も賛成致しかねます」
「…それは、どういうことでしょう?」
今日会ったばかりの男に言われたくない…と、わずかに視線が厳しくなったことに気づいた。
…これは、玲に本気で惹かれているということだろう。
「それでは…栗栖川玲がどんな男か、場所を変えて話をしましょうか」
………
蘭子は酒には弱いらしい。
ホテルのすぐ近くにあるバーに行き、弱めのカクテルを飲ませて、玲の話を聞き出そうとした。
ところが、一杯飲んだだけで頬を染め、敬語が崩れる。
「…響さん、私どうしたらいいかわからないの」
ゆらりと揺れる体。
水をもらって飲ませ、落ち着いたところで…店のドアが開く気配に気づいた。
そちらに顔を向けなかったのは、まさに今、玲について話そうとしていたから。
「…琴音?」
知らない男の低い声が、無視できない名前を呼んだ。
ゆっくり振り向くと、ゆっくり背を向ける女に目がいく。
肩下の柔らかそうな髪、華奢な背中、髪を耳にかける細い腕。
見間違えるはずはない。
琴音…
どうしてこんなところに来た?
俺の知らない男と2人で…。
…………
それからの俺はもう、使い物にならない。
蘭子に、飲み物のおかわりを配慮できただけでもすごい。
あとは、琴音と知らない男の話を、背中越しに聞き逃すまいと耳をそばだててしまう。
「響さん、聞いてますか?」
蘭子に問われたが、当然返事はノーだ。
琴音は目の前の男に口説かれようとしている。
それに対してどう対応するのか、気になってしょうがない。
…好きな子は琴音だよ?
くそガキが…!
次に男は、真莉と琴音を恋人関係だと思ったらしい。
琴音…これには即、否定した。
よし。
男はMKG証券に内定が決まってると言った。
かわいそうに…俺に見つかったら半殺しだ。
問題はその後だ。
たたみかけるように自分との交際を考えてほしいという男に、琴音は恋人がいるとハッキリ言わなかった。
…なんでだよ。
言いたいことだけ言って、1人残された琴音。
俺はほとんど聞いてなかった蘭子の話に、唐突に終わりを告げた。
「…蘭子さん、そろそろ行きましょうか?」
「ええ…でも蘭子…もう少しお酒が飲みたいわ。響さんと一緒にいたいの」
「わかりました。お連れしましょう…」
店を出る一瞬琴音の顔を見た。
その目は、俺が自分以外の女性と一緒にいる姿に、ショックを受けているような顔。
俺だって…琴音が口説かれる場面は、かなり心臓に悪かった。
そして自分には恋人がいると、琴音がハッキリ言わなかったことが、心に引っかかっる…。
「入れそうなお店はないみたいですね。蘭子さん、タクシーに乗りましょうか」
バーを出た段階で、ふらつく蘭子にこれ以上何か聞き出すことは、無理だと判断した。
飲み直したいと言われた手前、少し歩いたものの…帰ろうと促して、タクシーに彼女と2人で乗り込んだ。
お嬢さまは、1人でタクシーなんか乗れない。
当然、自分の家の住所も言えないし、道案内もできるはずがない。
緑川家の場所はここからそう遠くないことはわかっていたので、俺はドライバーに道案内しながら、シートに身を沈めた。
蘭子を送り届けて戻ってみれば…すぐに浮かぶのはやはり琴音で、さっきのバーに引き返すことにする。
…どんなに腹を立てても、そこは惚れた弱み。
あの後1人でどうしたか…。
あの店は変な客は入らないはずだが、やはり心配…。
タクシーを降りて、早足にバーに向かおうと歩き出した…その時。
…なぜ、真莉がいる?
角を曲がって大通りに出てきた2人。
真莉が自分の上着を脱いで、琴音に頭から被せた…。
足が止まった。
2人のたたずまいは…落ち着いていて、しっくりしている。
子供の頃を過ごした俺より、真莉の方が成長した琴音を知っている。
だから…そんな雰囲気になるのかと…感じるたび苛立つ。
「…っ!」
結局…琴音には声をかけず、目の前のうちのホテルに入って、そこに宿泊することにした。
どこでもいいと言ったが、空いている部屋は最上階のスイートルーム。
ここは、琴音と泊まった部屋だ。
あの日のキス事件と、たった今見た、2人の姿がよみがえった。
…真莉は、琴音を愛おしく思っている。
それは、男としてなのか…いや、すでにそんなものぶち抜いて、さらにその先にいっている気さえする。
あいつは、自分で気づいていないのかもしれない。
琴音はすでに俺の恋人で、俺のものなのに…真莉にだけは過剰に反応してしまうのは、琴音のあいつへのガードが緩いからだ。
「琴音と過ごせなかった10年を…俺が、取り戻す」
方法が合ってるのかはわからない。
でも、俺の行動のすべては、琴音のため。
「…なのになんであんな顔をあいつに見せるんだよ…!」
上着を頭から被って、見上げた琴音の表情を思い出して…苛立ち紛れに髪をかき乱し、シャワーを浴びようと服を脱いだ。
すると携帯が落ちて、何気なく確認してみれば、琴音からメッセージが入っていることに気がついた。
「…中学時代のプチ同窓会…?」
それで最後は真莉と2人?
あのバーに真莉が行った理由は…?
「琴音…わかんねーよ」
携帯をベッドに放り投げ、点々と脱いだものを散らかしながら、俺はバスルームに向かった。
コメント
5件
私この2人に一時間くらい説教出来るಠ_ಠ
思ってるだけじゃ伝わらない、そんなのすれ違っちゃうだけだよ。話し合わなきゃね
わかんねーじゃなくて,ちゃんと2人話し合いしてよ…変な所で遠慮するよね,2人🥹🥹🥹