「失礼します!aba引っ越しセンターです!お荷物の運び出しに参りました!」
今日の現場はエレベーターなしの4階の部屋。
一人暮らしの年配女性が、娘さんと暮らすため、引っ越しをするという。
「あら…引越し屋さんに女の子?珍しいわね!」
「はい!荷造りがまだでしたら、お手伝いいたします」
「あらありがとう!女の子だと頼みやすいし、助かるわぁ…」
お客様に喜んでもらえると、自然に浮かぶ笑顔。
…バイトでもしていなければ、笑顔の作り方なんて忘れてしまいそうな日々を過ごしていた。
真莉ちゃんは響が女の人とタクシーに乗ったところを見たという。
そして、翌日のお昼になっても響は帰っていないとおじさんに知らされ…
電話で、外泊したことは何も言ってなかった。
お見合い相手と改めて外で会うと知らされたけど、形ばかりのお見合いじゃなかったの…
まさか…お見合いの人と一緒に泊まったのかな…。
やっぱり…響みたいな大人のイケメン、私みたいな子供じゃ、つまらなくなったのかもしれない。
再会して何ヵ月にもなるのに、まだ…深い関係になれてないし…。
私じゃなくても、響なら世界のセレブでも絶世の美女でも虜にしてしまう。
私なんか…極貧のしがない女子大生。
しかも恋人ができたこともないバージン。
1人でいると、どんどんいじけて自信をなくして、響とあまりの不釣り合いに苦しくなるから…。
単発で、引っ越しのアルバイトをすることにしたのだ。
体を動かして、お客様と接していれば、嫌でも笑顔が出るし声も明るくなる。
カフェのバイトもそうだったな…と思い出しながら、お客様の引っ越し荷物を段ボールに入れた。
……………
「…いやぁ~石塚さん、小さいのによく働いてくれて、助かるよ!」
引っ越し作業を終えて事務所へ戻ると、社長は私に、日払い賃金の入った茶封筒を差し出しながら言う。
「ありがとうございます!引っ越しのバイトは経験があったので、また…ご縁がありましたら…」
「いやいや!単発と言わず、これからも定期的にアルバイトしてよ!」
…就職が決まっているから、と言ったものの、それまでの間でいいと言われ、断りきれなかった。
そういえば私…就職先の内定が取り消されたんだった。
挨拶をして事務所を出ると、外はきれいな夕焼け…。
「響と別れたら…私この先どうなるんだろう」
なんて考えて、イヤイヤ…と首を横に振る。
なんと不吉なことを思うんだろ…
別れるなんて…嫌だ。
どうしても…お見合い相手に心を動かされてしまったのなら、仕方ないかもしれないけど。
でも今のところ、簡単に「ハイそーですか」なんて言えない。
響からの電話を思い出す。
しばらく会えない…って、どれくらいかな。
そんなこと言われちゃったら、その関係はもしかして、末期なのかな。
そんな暗いループに飲み込まれたら、2度とお日様の下に出られなくなりそうで、私はひたすら引っ越し屋のバイトという肉体労働に逃げている。
そうすれば…疲れ切って眠れるから。
「明日も張り切って頑張りましょー…」
恋愛は、相手のあることだしな。
私はすっかり暗くなった夜空を見上げ、ガラにもなく、そんなことを思っていた。
…………
「え?響が真莉ちゃんを…?」
「うん。何も聞いてない?」
聞いてないも何も…あれから会ってない。
「で、なんで真莉ちゃんだけ呼び出されたの?
「俺もわかんない」
中学時代のプチ同窓会から7日。
真莉ちゃんに呼び出されて、カフェでランチをしているところ。
引っ越し屋のバイトをはじめた話は、すでに真莉ちゃんに話してあったけど、響と会ってないことは話してない。
「…まさかだけどさぁ、響さんに連絡してないとか、ないよな?」
「…うっ…」
下を向く私の様子から、ビンゴだと確信した真莉ちゃんは、グッと近づいて顔を覗き込んだ。
「ちがうよ…しばらく会わないって言われたの」
「なんで??」
「詳しくは…聞いてない」
「なんで聞かないの?そこ、突っ込むとこだろ?」
「…だって、決定的なひとことを言われたらどうしようって思うんだもん」
「…なに決定的なひとことって」
「わ…さ…グッ…ごめん言えない」
わさぐってなんだよ…と呟きながら、真莉ちゃんは残りのランチを食べきった。
わ…は、別れようの…わ
さ…は、サヨナラの…さ
ぐ…は、Goodbyeの…ぐ
「なんだそれ?!ドレミの歌か?」
瞬間爆笑する真莉ちゃん。
「…うぅっ…」
「…響さんが、琴音を手放すはずないと思うよ?」
モグモグしながら自信ありげに言う真莉ちゃん。
何か知ってそうだけど、それを教えてはくれなさそう。
そのへんは、長い付き合いだからわかる。
そして、これ以上突っ込んで聞かないほうがよさそう…。
どうせ、自分で突撃して聞いてみろって、言われるだけだからね。
「と、ところでさ。この前なんか言いたそうにしてたことなによ?今なら聞けるよ?」
バーからの帰り道、上着を頭から被せてきたときのこと。
あの時はあやふやになったけど、何か言いたかったんじゃないのかな…
「あれは…今の琴音には、いいや」
「…ん?今の私って?」
「響さんと距離ができてる琴音」
はぁ…そうですか、って。
そんなに響とくっついてない私には、価値がないのかな…って思う。
何もかもマイナス思考。
後ろ向きな考え。
「響さんに会っても、様子は教えてやらないからな。詳細も教えてやらない」
いつになく意地悪な真莉ちゃん。
「…別にいいもん」
頬をプーッと膨らませ、プイっと横を向く。
それを見た真莉ちゃんの顔が笑顔だったなんて…
そんなの知らない…
…………
「うわ…そびえ立つ、タワマン?」
響と会わなくなってから、2週間近く。
私は今日も、引っ越し屋のアルバイトに来た。
不安を睡魔でごまかしているからか、最近夜中に目が覚めてしまう現象が続いてる。
真莉ちゃんはあれから響に呼び出されて、なにかミッションを与えられたのかな…なんて思ったら眠れなくなって、朝方ウトウトして遅刻寸前で絶叫…なんて落ち着きのない生活が続いてる。
でも…
今朝は澄み渡る晩秋の青空!
まさに引越し日和だと、ムダにカラ元気を回して、今日一緒に来た引っ越し屋の作業員達に挨拶をした。
全員で豪華なエレベーターに乗り込み、お客様のお部屋を目指す。
「こんにちは!aba引っ越しセンターです!」
いつものようにチャイムを鳴らし、最初の挨拶は私。
社長によると、女子の声の方がいいらしい。
「…」
インターホン越しのお客様、今日は何も言わない。
私は後ろを振り返り、ちょっと神経を使うお客様かもしれない…という目線を向けた。
やがてドアが開き、私は笑顔を作ってお辞儀をする。
「こんにちは!本日引っ越し作業をさせていただく…」
「…琴音ちゃん…だよね?」
頭を上げ、目の前のお客様を見て、「あっ!」と声をあげる。
そこにいたのは、響の大学時代の友人、未里子さんだった。
……………………
「ちょっと、後ろの方にはお待ちいただいて、琴音ちゃんだけ中に…いい?」
未里子さんに言われ、何気なく玄関を見ると、男性の靴が2足。
さっきのインターホンの無言…。
なんとなく、嫌な予感がした。
白いスニーカーは…見たことあるし。
でも、当然逃げるわけにはいかないし、逃げるような話でもない。
会いたいは会いたかったから。
ただ、真相を聞くのが怖いってだけで…
案内されて中に入っていくと、広いリビングの大きなソファに、優しそうな男性と超絶イケメンが座っていた。
グレーのパーカーにジャージというラフな姿なのに、気高さを纏う男なんてそういない。
意志の強そうな眉とその下のキリリとした二重のまなざしが、じっと私を見つめた。
「琴音」
名前を呼ばれ、背中を冷たい汗が流れる。
わ、さ、ぐ…の言葉がよみがえる…。
運命のひとことを、告げられてしまうのだろうか。
ピリピリした空気を壊すように、未里子さんが後ろから私の背中に手を当てて話しかけてくれた。
「あのね…ここ、私とこの人の住まいなんだけど、今日、引っ越しなのよ。そしたら…響が急に来て」
「急にじゃねぇだろ。仕事の話があるから行くって連絡した」
「確かに、もらったわよ?今朝早くにね?」
突然の思いつきで来たのか…なんて呑気に納得していれば、厳しいまなざしの超絶イケメンが、私に向かって口を開く。
「…引っ越しのバイトをしてるって、真莉に聞いた」
真莉ちゃんが言ってた、響から呼び出されたって連絡。
引っ越し屋のバイトをしてるって知って、あたりをつけて、今日ここで張ってたってこと?
「…私たちは、ちょっとコーヒーでも飲んでくるわ…引っ越し屋さんも誘って!」
未里子さんが、対峙する私たちを見て、閃いたように言った。
そしてご主人を連れて家を出て行ってしまう…。
ちょっと待って…と言いたくなるほど、響の視線が痛い。
かちゃん…と閉まったドアの音を聞いて、意を決してもう一度響の前に立つ。
「私がここに来るって、わかってたの?」
「いや。偶然だ」
次の言葉に詰まる私に、響が言う。
「…さて。どうして引っ越し屋のバイトなんかしてるのか、聞かせてもらおうか?」
コメント
4件
響がお見合いして、その人と外泊したとか考えちゃうし、それにしばらく会えないなんて言われたら一人でいられないよね。 だから引越しのアルバイトをしていたんだって言わないとね。
前から言ってるけどお2人さん日本人だよね?同じ言葉使えるんだったら思ってる事お互い伝えないの?何時憶測だけ抱いて哀しみのヒーロー,ヒロイン演じて
別れの言葉がGoodbye←これだったら、私なら別れて良かったと思っちゃいますw ぐ←これはない、笑った(・∀・)