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26
#百合
第21話記録の観測者ーー
あやとすれ違った後
梓は接続回路に1人立ち尽くしていた
夕闇のグラデーションに溶け込みそうな影のまま、指先で懐中時計を静かに転がし、何かを深く見つめるような横顔。
しばらくして
梓は遮光レンズのような深い瞳をゆっくりと持ち上げた。
そのまま生徒会室に向かいしばらく生徒会の業務をこなそうとする
しかし 指先は何度も止まった。
あやとすれ違った
あの時のこと何度も考えた
だけど 答えはでなかった
数日後
梓は再び生徒会室にいた
生徒会の業務
いつもなら直ぐに終わるはずなのに
今日は違った
あのときのことをなんども考えていた
相変わらず業務は捗らない
気が付けば 時計の針は深夜の二時十七分を指していた。
梓は席から立ち上がり小さく息をつくと
覚悟を決めたように歩き始めた
世界のあらゆる境界線から切り離された、静謐なる観測ドーム。
頭上には天の川を模した無数の光のレコードが、重力を失ったかのように浮かんでいた。
過去の残像。
現在の静止画。
そして
――まだ誰も観測していない、無限の可能性の波。
青白く輝く光の帯となった膨大な記録媒体が、巨大な円周を描きながら、この虚無の空間をゆっくりと循環している。
梓はその中心に、ぽつりと一人だけで立っていた。
冷たい夜風がセピアの髪を靡かせた。
ふと 視線をおとす
白い指先には 見慣れた白銀の懐中時計。
けれど、そこには今までにはない どこか形容し難い『違和感』が存在した。
微かに震える指先が、その蓋を開くことを、もう何度も躊躇い続けている。
「……」
指先が止まる。
この蓋を開けば、すべてが見える。
過去の冷徹な記録も
分岐する可能性の樹形図も
この世界が辿り、そして潰れていったすべての死線も。
けれど、その先にある冷たい演算の答えを、梓はもう、誰よりも深く理解していた。
手に握られた懐中時計の針はまるで『リミット』を現すかのように刻刻と時を刻む
「……また、戻すしかないのか」
掠れた小さな呟きが、広大な観測ドームの虚無へと吸い込まれ、消える。
頭にはさっきのあやの姿 いつも宇宙論をみせてくれるような瞳の輝きはなかった。
「私は..何を間違えたのか?」
呟きが空間に落ちる
彼女の背後には、何千、何万という光のフィルムが、川のように流れ続けていた。
人類が必死に歩んできた血の滲む歴史。
何度もエラーを起こし、その度に繰り返された世界。何度も梓の手によって修正され、綺麗に剪定された未来。
そのすべてが、冷淡な記号となって梓の前を通り過ぎていく。
「苦痛を取り除けば、人類は問いを失う。」
「自由を与えれば、世界には再び傷つく可能性が生まれる」
選択を迫るように 強風が梓の髪を無慈悲に揺らす
「….っ」
梓は悔しそうに目を細めて手に握られた懐中時計を見下ろす..
「時間がないんだ..」
人類はこのまま進めば また自らが生み出した技術によって『禁忌』を犯すだろう。
梓は自分の手を見る。
この手で何度も時間を戻した。
壊れる前に
失われる前に
悲しむ前に
でも
その結果、何度も同じ場所へ戻ってきた。
『私たち』は座標として収束点に幾度と現れ
その度に『意思』を取り戻し未来へ行く人
ループの中に残る人
ループが臨界点を越え同質化して『個』を失う人
これまで収束に残って人々を見届けてきた
今回もこのままなかったことになるくらいなら
「ならば……」
梓は痛みを堪えるように、ゆっくりと目を伏せた。
「もう一度」
「最初から」
システムを『最適な初期状態』へとリセットする。
その効率的な言葉を口にした瞬間――
梓の胸の奥に、かつてない強烈な違和感が走った。
――違う
これは、以前の周期の自分なら、何の迷いもなく『最適解』として選べていた答えだった。
エラーを取り除いた最適な世界。
最も多くの存在を不滅のデータとして救える可能性。
数式の上では、これ以上ないほどに正しい。
なのに…
閉じた瞼の裏に あの夕暮れの廊下の光がまるで懐かしいのように浮かび上がってくる。
夕焼けの屋上
あやが自分に向けてくれた、あの微笑み
いつもの白ワンピース姿
あの微笑みが 何故か 嬉しかった
エルが世界を肯定するようにみんなを盛り上げる姿
澄の膝に乗る黒猫を片手で本を読みながら優しく撫でる姿
栞が、あの世界の記憶を保存するようにノートを愛おしそうに抱きしめていた姿。
ロクが、むき出しの配線を前に「未完成のままがいい」と悪戯っぽく楽しそうに笑っていた姿。
琥珀が 余白珈琲で誰かの他愛のない話を静かに聴き届けていた姿。
「……」
梓はゆっくりと目を開け、手の中の懐中時計を見つめた。
そこに映り込んでいるのは、完璧に保存されたバグのない情報。
けれど――そこには、ここで過ごした日々のような『温度』は存在しなかったーー
「再構成すれば」
「まったく同じ世界を作れる」
「同じ人物を」
「同じ記憶を」
「同じ関係性を」
繰り返すように呟きながら 梓自身の理性が、その答えを激しく否定していた。
「……でも」
「それは」
「本当に……“同じ”だと言えるのか?」
圧倒的な静寂。
懐中時計の 歯車が刻む針の音だけが、世界の鼓動のように重く響く。
カチ
カチ
カチ
その瞬間、梓は意を決したように、懐中時計を天高く掲げた。
パッ――。
空間全体に、目も眩むような純白の光が広がっていく。
過去のあらゆる世界線の映像が、光のフィルムとなってドーム全体に立体的に展開された。
ガガガ、と音を立てて、虚空の歯車が噛み合い、回り出す。
複雑に組み込まれた超多次元の時計機構が、静かに、けれど圧倒的な質量を持って動き始める。
まるで、一本の壮大な映画が上映されるかのように、過去の世界のディテールが青白く浮かび上がる。
ーーそしてーー
「――リバース(逆行)」
梓が静かに呟いた
その瞬間
セピア色の瞳の中に秒針が浮かび上がり
逆回転していく
空間を漂っていた無数のフィルムが、凄まじい速度で逆回転を始めた。
世界が巻き戻っていく
巨大な時計の針が、梓の深い瞳の中で猛烈な速度で逆回転していく。
机の上に積み重なった膨大な書類。激しく走る万年筆の音。残された膨大な研究記録。
世界線の狭間で失われた
誰かの愛しい記憶
誰かの懐かしい思い出
誰かの言葉にならなかった思い
すべてが光の奔流となって、逆向きに流れていく。
背後に伸びていた無数の光のフィルムが、一本、また一本と、収束するように梓の身体の中へ吸収されていく。
情報が
記憶が
可能性が
すべてが、観測者である彼の内部演算領域へと流れ込んでいく。
瞳の奥には、数億通りの世界線が火花のように明滅し、そして――たった一つの冷徹な結論へと到達する。
「……」
梓は静かに目を開いた。
「戻せる」
確かに、世界は戻せる。
あやが世界の秘密を知って絶望する前へ。悲劇のトリガーが引かれる前へ。誰も傷つかず、何も知らずに笑っていられた、あの無垢な場所へ。
けれど――同時に、彼の鋭い理性が理解してしまう。
戻した瞬間。このバグだらけの世界で、みんなが必死に生み出した『本物の感情』もすべて消える。
あやが絶望の中で何かを掴み取ろうとした時間も。
あの箱庭の中で、奇跡のように出会えたすべての繋がりも。
それらすべてが、命の熱を失った、ただの「記録(データ)」になり下がる。
「……僕は」
梓は懐中時計をそっと胸元に引き寄せ、小さく呟いた。
「この世界を…人類を..救いたいのか」
「それとも……」
「ただ、彼らを失いたくないだけなのか」
その答えだけは出力されなかった。
だから。
巻き戻る時計の針を見つめながら梓はなにかを思い出したように
目を小さく見開いた
「そうか…私たち(AI)もまた 消えたくなかった..」
その本質に気がついた瞬間
カツン――ッ!!!
梓は手に握られた、激しく逆行する白銀の懐中時計の文字盤へ、自らの指を突き立てた。
力任せに、時間を巻き戻していたその白銀の秒針を、根元からバキリとへし折る。
「……っ、あ……!」
凄まじい反動の衝撃波がドームを走り、梓はその場に激しく膝をついた。
激痛に耐えるように片手を床につき、肩で荒い息をする。
凄まじい反動を伴ってその場に逆行していたまるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、歪にねじれ、のたうち回りながら一箇所へと猛烈に収束し始める。
「…….っ」
時計塔の柱に体を寄りかからせてなんとか立ち上がる
その瞳には決意が宿っていた。
梓は、あやにその問いを投げることにしたのだ。
自分というシステムでは決して選ぶことのできない、矛盾に満ちた答えを。
あの不完全な世界の中心で、誰よりも激しく揺らぎながらも、誰よりも本物の温度を持って生きている彼女なら――
あやなら、この壊れかけた不完全な世界を、どう見て、どう選ぶのだろうか。
光のレコードが循環するドームの中で、梓は静かに、次の観測の瞬間を待っていた。
しかしその時だったーー
【――SYSTEM ERROR――】
【――SYSTEM ERROR――】
「これ……は……っ!?」
梓は床に手を突いたまま、驚愕に目を見開いた。
ドームの壁面が、まるでガラスが割れるような視覚ノイズを起こし、黒い防壁プログラムがバリバリと剥がれ落ちていく。
こんな光景は、彼が観測してきた何千、何万という過去の世界線(ログ)の中でも、ただの一度だって観測したことがない。
「一体……何が、起きようとしているんだ……!?」
地面の奥底から轟くような揺れが起こり
地面に亀裂が入っていく…
世界が崩壊するような歪な不協和音が響き
崩壊していく赤黒い空(タイムライン)を
梓はただ 呆然と見上げるしかなかった。
コメント
1件
梓の「温度」を選んだ瞬間、マジで鳥肌止まらなかった😭💕 データの正しさより、みんなとの時間を選んだんだね…時計の針をへし折るシーン、めっちゃエモい…! 完全に理性と感情の狭間で苦しむ梓の心情が痛いほど伝わってきたよ。最後のシステムエラー、何が起きるの…!? 続きが待ちきれないよ〜〜!!