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第一章・後半 ──第一の塔の崩壊
塔の門を押し開けると、冷たい空気が二人を包み込んだ。
中は静まり返り、石の壁には禍々しい文様がびっしりと刻まれている。
まるで人間たちの祈りや怨念そのものが、建造物に染みついているかのようだった。
ルカは鼻で笑う。
「くだらんな。人間どもは恐怖を石に刻めば、それで安全だと信じている。愚かの極みだ」
その時──
通路の奥から鎧の軋む音が響いた。
現れたのは、塔を守るために配置された人間の兵士たち。十数名。
槍や剣を構え、震えながらもこちらを睨みつけている。
「魔女ルカ! ここは人類の防壁だ! 通すわけにはいかん!」
先頭の兵士が叫ぶ。
ルカはゆっくりと視線を向け、その赤い瞳を細めた。
「防壁? 壁ごときで私を止められると思うのか?」
彼女が指を鳴らすと、闇の炎が走り、通路を一瞬で焼き尽くした。
兵士たちは悲鳴を上げ、数人は黒焦げのまま床に倒れる。
それでも残った者たちは必死に突撃してきた。
「……兵。お前の力、見せてみろ」
ルカが横目で魔生物に命じる。
魔生物は無言で前に出る。
両腕に漆黒の刃が形成され、瞬く間に兵士たちを切り裂いていった。
血が飛び散り、鎧が弾ける。
だが、兵士たちは最後の力を振り絞り、仲間を守ろうと立ちはだかる。
その姿に、魔生物は一瞬だけ動きを止めた。
揺れる瞳。そこには、言葉にできぬ戸惑いが宿っていた。
「何をしている。ためらうな」
ルカの冷たい声が背後から突き刺さる。
「奴らは私の敵。私の敵は、お前の敵だ」
魔生物は小さく息を吐き、刃を振り下ろした。
最後の兵士が絶叫をあげ、崩れ落ちる。
通路は静寂に包まれた。血と鉄の匂いだけが残る。
ルカはゆっくりと歩み寄り、兵士の亡骸を足で押しのけながら嗤った。
「これでよし。さあ、塔の心臓部へ行くぞ」
やがて二人は最上階にたどり着く。
そこには巨大な水晶柱が鎮座していた。
封印の力を宿すコア──第一の塔の“心臓”。
ルカの瞳が爛々と輝く。
「これを壊せば、世界は少しずつ崩れていく。愉快ではないか」
彼女は両手をかざし、詠唱を始める。
黒炎の魔法が水晶を包み込み、軋む音が響いた。
その瞬間、魔生物はなぜか胸の奥に痛みを覚えた。
──何か、大切なものが壊れてしまう。
そんな感覚。だが理由はわからない。
「……」
迷いを押し殺すように、魔生物はルカの横に立つ。
水晶が崩れ、眩い光が爆発した。
塔全体が轟音をあげて揺れる。石壁がひび割れ、天井が崩れ落ちる。
ルカはそれを見て狂ったように笑った。
「はははは! 見ろ、我が力を! これで一つ、鎖が外れた! 世界は、私のものになる!」
魔生物は瓦礫の中で立ち尽くし、崩れゆく塔を見上げた。
彼の胸の奥に宿る微かな痛みは、瓦礫の轟音にかき消されていった。
こうして──第一の塔は滅びた。
世界の均衡が、静かに、しかし確実に崩れ始めたのだった。