テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
(なんで? だって、もう私は坪井くんのこと好きじゃない、嫌いにはなれてないかもしれないけど、でも)
『立花さんが認識していたものが、ごく一部だったとは、思いませんか?』
高柳の声が、突如響いた。
『俺さ、お前のことが、怖かったんだよ。自分でもビビるくらい、怖かった』
坪井の声が、続いて、よみがえる。
『俺を嫌いでもいい。でも、俺は、お前が好きだから。それだけ、知ってて欲しい』
声とともに、切なそうに目を細める、あの瞬間の表情までもが。
真衣香の心の内、その声を。惑わせて、否定しようとしてくるみたいに。
散らばっていた、たくさんの言葉が、声が、頭の中で一つにまとまっていくような感覚。
痛いくらいの、キスをされた夜。
何かに傷つきながら、絞り出すように、乱暴に。『大好きだ』と声にした、その時の。
震えていた手を、知らないフリした。
そんな坪井を前に芽生えてしまっていた新たな感情を、一体いつまで”知らない”と目を背けていられるだろう。
「お、思って……ない、よ」
(違う、いつまで……なんかじゃない。もう二度と嫌だ。あんな思いはしたくないんだってば)
手をぎゅっと握りしめる。手のひらに爪が食い込んで痛いけれど、それくらいがちょうどいいんだろう。
もう間違えたくない、強く思う。
思うけれど”間違え”とは、何を指すのか、それすらまとまらなくなってきている。
「じゃ、じゃあ、頑張って、みようかな。立花さん言ってくれましたもんね、坪井さんに相談してみるといいって……。助けてくれるかな……? 仲良く、なれるかな」
キラキラとした笑顔を見せる笹尾を前に、返す言葉を見つけることができない。
いつのまにか川口との悩みよりも、坪井のことが本題になってしまっている。
「立花さんが、こんなに優しい人だと思わなかったです」
笹尾が、真衣香の両手を勢いよくガシッと握りしめてくる。
「……え?」
「私の気持ちわかってて、言ってくれたんですよね?坪井さんに相談してみたらって。協力して、くれるんですよね?」
言い出したのは自分だ。
坪井の名前を出して提案してしまったのは自分だ。
営業部の人間関係について、のアドバイスのつもりだった。
でもそうじゃなくとも、何も問題はないはずだ。むしろ好都合だと思えばいいんじゃないのか?
坪井の心が笹尾に向けば、彼の訳のわからない言動に振り回されることもなくなるじゃないか。
「や、やだ……」
なのに、声になって出てきた言葉は。
「協力なんて、やだ……、坪井くんが」
信じ難いもの。
「笹尾さんを好きになるの、見たく……ない」
気がつくとこぼれ落ちた声。
こぼれ落ちてしまっていた、これは、本音だろうか。
「……は? た、立花さん言ってることがめちゃくちゃですよ?」
わかりやすく両眉を上げて、鋭い声を出す笹尾。握られていた手は、あっけなく離れていく。
その様子をボーッと眺めて、真衣香は、徐々に我に返っていった。
(え、わ、私今声にした!?)
焦った真衣香と同時だった。
ガタ!っと総務の出入り口ドアの、すぐ向こうで物音がして二人は咄嗟に振り返った。
その後、バツが悪そうな顔で。
「ごめん、聞く気なかったんだけど」
ゆっくりとドアを開け、そう言って顔を出したのは。
まさに話題の中心となっていた人物――坪井本人だった。