「どう脱がしたらええんか分からんのじゃけど……。情けのぉーてホンマごめん」
オオカミになる!と決めてもこれ。
自分のグダグダっぷりに思わず眉根を寄せた実篤に、くるみが一瞬だけ瞳を大きく見開いてから、すぐさまクスッと笑った。
「うち、実篤さんのそういうところが凄く好きです……」
つぶやくようにポツンと言って、くるみが実篤の肩に額を載せる。
コツン、と軽くもたれかかってきたくるみの小さな頭の感触に、実篤はドキドキを抑えられない。
「実篤さん、うちより年上じゃけぇ、ホンマは沢山そういう経験があるんかな?とか思うてちょっと悔しかったりしたんです。だからもし慣れた手つきで服、脱がされてしもうたら、逆にモヤモヤしちょったかもしれんです」
顔を伏せたままくるみが言って。
実篤は思わず「え……?」とこぼした。
「うちは初めてじゃけど……さすがに実篤さんもそうじゃとは思うちょりません。じゃけど……手慣れた風なんはあんまり感じさせられとうないなぁとも思うて。――ワガママ言うてごめんなさい」
滔々と吐き出されるくるみの本音に、実篤は心臓がキュッと締め付けられるほど彼女のことを愛しいと思った。
それと同時――。
「あ、あの……くるみちゃん。――キミ、初めて、なん?」
そこだけはどうしても聞き逃すことが出来なかった。
(あんなに積極的にお膳立てをしてくれたくるみちゃんが初めて? 嘘じゃろ?)
そう思ってくるみを見つめたら、途端彼女が真っ赤になってうつむいて。
(えっ、マジか)
実篤が口を開こうとしたら、くるみが慌てたようにそんな実篤の口に両手を当てて塞いできて、「それ以上言わんでっ?」と真剣な顔で見つめてくる。
口に添えられたくるみの小さな手が微かに震えているのを感じて、実篤は堪らずくるみをギュッと抱きしめた。
その瞬間、くるみの腕が緩んだのを合図に、実篤は彼女の耳元に優しく甘くささやく。
「俺がヘタレじゃけぇ、くるみちゃんに無理さしてしもうたね。ホンマごめん。もう大丈夫じゃけ、無理せんでええよ?」
実篤の言葉に、くるみの身体から力が抜けて……小さくうなずく気配がした。
実篤はくるみを抱く腕を緩めると、「そうは言うても俺も見ての通りあんましこういうのは慣れちょらんで当てにならんけん。……ふたりで一緒に前に進めていけたら嬉しいな?って思うんじゃけど……どうじゃろ?」とくるみに口付けて。
くるみはその提案を受け入れます、と意思表示するみたいに実篤の腕をギュッと掴んだ。
***
「俺が先に脱ぐね?」
実篤はモフモフの毛と、ボロボロのシャツを纏った狼男風の服を脱ぎ捨てると、上だけランニング姿になる。
ズボンはボタンだけ開けて、前立てを少しくつろげただけに留める。
別に裸になるのが恥ずかしかった訳ではない。
くるみが実篤の身体を見て戸惑ったように全身に力を入れたのが分かったから自重しただけだ。
「くるみちゃんのも……脱がしてええ?」
恐る恐る聞いたら、くるみがギュッとしがみついてきて。
実篤はそれを「OK」の意思表示だと受け取った。
さっき首のところの紐は解いたから、恐らくこのままほんの少し布地を引っ張るようにしてズリ下げていけばいいだけだと思う。
思うけれど――。
(ホンマに脱がしてもええん?)
くるみの肩に、下着の肩紐がないのがすごーく気になった実篤だ。
(もしかして……これを脱がしてしもーたら、くるみちゃん、下に何も身につけていなかったり……?)
別にゆくゆくは裸にしてしまうことを思えば、そんなこと気にする必要はないのだけれど、そこを気にしてしまうのが実篤という男だ。
「あ、あの、くるみちゃん……えっと、し、下着は……」
なんてことを女の子に聞くのは不躾だと分かっていても、実篤は聞かずにはいられなかった。
「え、えっと……上はヌーブラなので……そ、その……これを下げてもすぐに胸が出たり……はない、です」
さっき一緒に進めていこうと提案したのが功を奏したのだろうか。
くるみが小さな声でそう答えてくれて。
なのに実篤は(ヌーブラって何!?)とさらに謎を深めてしまった。
でも恥ずかしそうに答えてくれたくるみにそこの説明まで求めるのはあまりにも酷に思えて。
(ぬ、脱がしてみたら分かる……よ、な?)
そう結論付けた実篤である。
***
実篤が思い切ってくるみのバニーちゃん衣装に手を掛けたと同時。
くるみが「あ、あのっ」と声を上げて。実篤は思わずビクッとなって手を跳ね上げた。
「ど、どうしたん?」
ドキドキしながら聞いたら、「うち、お風呂……入ってないの思い出しましたっ。――入っちゃ……ダメ?」と、愛らしく実篤を見上げてくる。
確かに実篤もまだじゃった、と気がついて。
内心ホッとしたのと同時に「しばしお預けかぁ〜」とも思ってガッカリしてしまった。
「えっと……ほいじゃあ、先にシャワー浴びる?」
浴槽に今からお湯をはるとなると少し時間が掛かってしまう。
さすがにそれは勇気がしぼんできそうで避けたい!と思った実篤だ。
「お湯は後でためるけんさ、とりあえずお互いササッとシャワーで汚れだけ落とすっちゅーんでどうじゃろ?」
俺は何を手の内を明かすみたいにペラペラ要らんことを話しちょるんじゃろうと思いながらも、何だか言わずにはいられなくて。
くるみはそんなグダグダな実篤に「……はい」と小さくうなずいてくれた。
***
実篤に一通りお風呂場の使い方を教えてもらったくるみは、実篤からいわゆる彼シャツというものを借りて。
下着に関してはお泊まり想定で準備していたくるみだけど、パジャマは彼シャツを経験してみたくてわざと忘れて来たのだ。
「ごめんなさい、実篤さん、うち、うっかりしちょりました」
な〜んて言うのは真っ赤な嘘。
歯ブラシもメイク落としもお化粧も、愛用のシャンプー&トリートメントのトラベルセットでさえも……。他は何もかもしっかり鞄に入れてあるのに、パジャマだけ忘れるわけがない。
でも実篤は恋人を疑うことを知らないところがある男だから、くるみの小悪魔的策略にまんまと騙されてくれた。
「ええよ、ええよ。気にせんちょって? 俺の服で良ければいくらでも着てくれて構わんけん」
むしろ嬉しいくらいじゃけぇ、とロングシャツやらTシャツやらトレーナーやらアレコレ出してくれて。
「どれでも好きなん持ってって?」
とか。
(実篤さん、人が良すぎです!)
これでよく社長さんが務まるな?と一抹の不安を感じたくるみだったけれど、実はそんなに心配する必要はない。
実篤が無条件でこんな風にデレてダメになるのは大好きなくるみオンリーなのだから。
(うち、バニーちゃんの衣装を着ることにばっかり気を取られてうっかりしちょった!)
以前幼なじみの奥田美歌に、「ヌーブラは脱がした瞬間萎える男もおるけぇね。便利アイテムじゃけど気を付けんさいよ?」とアドバイスされていたのをすっかり失念していた。
もしうっかりヌーブラや、上下チグハグな下着の時に〝そういうこと〟になりそうになったら、可愛らしく「お風呂」を要求するように教えてくれたのも美歌だった。
(美歌ちゃん、ありがとう!)
緊張のあまりヌーブラを身に付けていることを実篤に明かしてしまったけれど、多分あの感じからすると彼は〝ヌーブラ〟自体を知らなかったと思う。
(実篤さんが女の子のファッションに疎い人で本当に良かった!)
***
くるみが風呂に入っている間、実篤はソワソワと落ち着かない。
(着替えに俺のシャツを借りたいって言うてきたっちゅうことは、きっとくるみちゃん、風呂上がりはバニーちゃんじゃないんじゃろうのぉ)
そう思うと、それを脱がすことが出来なかったことをちょっぴり残念に思って。
でも、付き合い始めて初っ端の性行為で未知の服装というのはかなりハードルが高いよな?とすぐさま考え直した。
(くるみちゃん、もしかして俺に気ぃ遣うてくれたんかなぁ)
自分がモタモタしていたから、「お風呂」と提案することで、くるみが事を運びやすくしてくれた気がした実篤だ。
(ホンマ俺、初めての子にどこまで手ぇ焼いてもらえばシャキッと出来るんよ。さすがに情けなさすぎじゃろ!)
と反省しきり。
実篤は、お互いにシャワーを浴びて、いざもう一度!となった時こそは俺がしっかりリードするけん!と決意して。
「あぁぁ……ほいじゃけどなぁ〜」
舌の根も乾かぬうちに思わず声に出してつぶやいて、吐息を落として眉根を寄せた。
コメント
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ちゃんとリードしてあげてね😊