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頭痛も吐き気も、昼には治まった。

私が食事を口にできるようになったのを確認して、賢介さんも出社して行った。

しかしその後も、心配性の奥様は1時間ごとに私の部屋を覗いてくださる。


「琴子ちゃん、何か欲しいものがあればすぐに言ってね」

「はい、ありがとうございます」

全ては私の責任なのに申し訳ないなと思いながら、私はただ頭を下げた。


起きられるようになった私は、まず翼にお礼とお詫びのメールをした。

随分無理を言ったし、意識を失った私の介抱をさせてしまって申し訳なかったと謝った。

すぐに翼から返信があり、昨夜は家の前まで送り賢介さんに私を渡したんだと教えてくれた。

やはり、賢介さんにも迷惑をかけてしまったんだ。

そりゃああれだけ怒っていても当然かもしれないと、朝の賢介さんを思い出して一人納得した。


***


ブブブ ブブブ

お昼を回った頃、突然鳴った携帯の着信。

表示されたのは谷口美優さんの名前。


「もしもし」

私は緊張気味に電話に出た。


『琴子さん?美優です』

余りにも明るい声に、一瞬電話を落としそうになる。


昨日のことはどう考えても美優さんの策略。

私を罠にはめようとしたとしか思えないのに・・・


『あのね、琴子さん。これは誤解なのよ』


電話口から聞こえてくるのは言い訳の言葉。

美優さんの言い分によると、昨日のことは大地さんが勝手にした事で美優さんは知らなかったらしい。

自分は決してそんなつもりではなかったと言うけれど、信じられるはずがない。

私は黙って美優さんの言葉を聞いていた。


『でも、琴子さんもひどいと思うわよ』

一通り話し終わった頃、美優さんの声のトーンが急に変わった。


「何がですか?」


昨日の件に関して私は被害者で、美優さんに文句を言われることは無いはずだ。


***


『賢介さんからうちに父に抗議があって、縁談も白紙に戻したいって言われたわ。琴子さんはただの同居人だって言ったのに、嘘だったのね』


「そんな」

私は何も知らない。


『二度と琴子さんに近づくなって脅されたのよ。もし琴子さんがただの同居人だって言うなら、賢介さんがこんなことを言うのはおかしいじゃない』

「でも、私は本当にただの同居人で・・・」


いくら言っても今の美優さんには通じないんだろうなとは感じたけれど、他に言いようがなくて同じ言葉を繰り返すしかない。


『それが真実だっていうなら、琴子さんが平石家にいるべきではないと思うわ。あなたがいる事で、賢介さんの気持ちも乱れるし、縁談だって上手くいかない。私と賢介さんの縁談には家同士の利害関係があるの。ただの恋愛とは違うのよ』


こんな風に言われると、私がここにいてはいけない気がしてくる。

帰す言葉がなくなった私は、返事をしなかった。


『お願いだから、1度離れてみてください。琴子さんお願い』

涙声で訴えながら、美優さんは電話を切った。


何だろう、この罪悪感。

私がいる事で迷惑が掛かっているような、罪の意識。

決して望んだ事でもないのに、私が悪いような気がしてきた。


***


電話を切ってからしばらく、自分の中で考えを巡らせた。


やはり、ここは私のいるべき場所ではないのかもしれない。

私がいることでみんなに迷惑がかかる。

結局そんな結論に行きついた。


「あら琴子ちゃん。起きていたのね」

ちょうどその時、飲み物を持った奥様が部屋に入ってきた。


「心配かけてすみません」

「いいのよ、看病なんて本当に久しぶりだもの」


賢介さんにも奥様にも迷惑をかけてばかり。

やはり私がここにいれば、誰かの負担になってしまう。


「あの、奥様。今日って、私が麗の家に泊まりに行ったらダメですか?」

「え?」

驚いた顔と、なぜ?って視線が私に向いている。


「話したい事があったんですが、言いそびれたし。それに、もうすっかり元気ですし・・・」


優しい奥様のことだから、「いいわよ」と言ってくれるものと思っていた。

そのまま今夜は麗の家に泊めてもらって、今後のことを考えるつもりでいた。

しかし、


「そうねえ。今日はやめておきなさい。週末まで待てないの?」

珍しくいいとは言ってくれない。


「そうですね。分かりました」

私は素直に返事をし、

「よかったわ」

と奥様は出て行った。


昨日の今日だから、心配する奥様の気持ちもわかる。

それでも、私は諦められなかった。

奥様がいないうちに手早く荷物をまとめ、庭に面した掃き出し窓からこっそりと平石家を抜け出した。


***


歩きながら麗に電話をして今日泊めてもらうOKをもらい、駅前で拾ったタクシーで私は麗の家へ向かった。



「こんばんは。お邪魔します」


「どうぞ」

ちょうど帰宅したばかり麗が、部屋へと案内してくれる。


ソファーに座り荷物を降ろすと、すぐにばあやさんがお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」

「どうぞごゆっくり」


ばあやさんが消えると同時に、麗が私の顔を覗き込む。


「元気そうね」

「まあね」


「昨日の夜何があったのか、聞かせなさいよ」

「何で麗が知ってるの?」


昨日のことは翼と賢介さんと美優さんしか知らないはずなのに。


「夜遅くに翼が賢兄の携帯番号を教えろって言うんだから、琴子に何かあったとしか考えられないじゃないの」


なるほど、そういうことか。

翼は麗に賢介さんの連絡先を聞いて電話したんだ。


「で、何があったの?」

真剣な顔で私を見る麗。


「実はね、」


私は昨日の事を、簡単に話した。

薬を漏られた事や、ホテルに連れ込まれそうになった事は隠して、美優さんに呼び出されて酔っ払い帰れなくなって翼を呼び出した事にした。


「へー。それだけ?」

「そ、そうよ」


なんとなく、麗は納得していない様子。


「で、今日は何で家に泊めてほしいの?賢兄に叱られて飛び出したわけじゃないでしょう?」


「うん、飛び出してきたのは間違いないけれど・・・」

「本当に飛び出してきたの?」


ブブブー ブブブー

奥様からの着信。


さすがに出られるわけはなく、私は着信を拒否した。

すると、


ブブブー ブブブー

今度は賢介さんから。


「はー」

思わず大きな溜息が出る。


「出ないの?」

「うん」

出られないよ。


***


「どうしたの、琴子らしくないよ。何があったの?」

「うーん」


どう説明すれば麗にも理解してもらえるのだろうか。

どちらかというと賢介さんや美優さん側にいる麗に、私の気持ちを説明してもわかってもらえる気がしない。


「もしかして美優に何か言われたの?」

黙ってしまった私の反応で、麗も察したらしい。


「美優さんのせいってことではないのよ。どちらかというと私自身の問題。やっぱり今の生活にはなじめなくて、居づらくなって飛び出してしまったのよ」

「居づらいって・・・」

やはり、麗は驚いた顔をした。


ここまでよくしてもらっておいて今更出て行くと言えば、賢介さんも奥様もがっかりするのかもしれない。

そのことについては申し訳ないとも思う。

でも、これ以上私が平石家にいればみんなに迷惑がかかる。


***


それからしばらくして、

コンコン。

部屋のドアがロックされた。


「お嬢様」

ばあやさんが麗を呼ぶ声。


「何?」

立ち上がって麗がドアを開ける。


そこにいたのはばあやさん。

そしてその後ろに、


「賢兄」

麗も驚いた声を上げたが、私も飛び上がってしまった。


私と麗の反応など気にする様子もなく、何も言わずにズカズカと賢介さんが部屋に入ってくる。

そして私の前で立ち止まると、怖い顔で睨まれた。


「琴子、何してるの?帰るよ」

そう言って、腕を捕まれた。


正直、怖かった。

今朝も怒ってはいたけれど、いつも通り優しい眼差しだった。

でも今は完全に無表情で、きっとこれは怒り心頭ってことだろうと思う。

それでも、今は賢介さんの言葉に素直に従うことはできない。

私は賢介さんに見捨てられるかもしれないと覚悟上で、ここに来たんだから。


***


「今日は麗の家に泊めてもらうんです」

わがままだと承知で、私は口にした。


「琴子っ」

賢介さんが私を睨んでいる。


「琴子。帰った方がいいよ」

麗もこの場の張りつめた空気を感じ取って言ってくれる。

けれど、

「今日は帰りたくないんです」

私は珍しく反抗してしまった。


賢介さんのことだから、最終的には「しかたないな」と言ってくれるものと思っていた。

しかし、

「ダメだ。今日は帰るんだ」

賢介さんも引いてくれない。


いつもはなんでも言う事をきいてくれるのにと思いながら、それでも私は首を横に振った。


「琴子、いい加減にしなさい。ここに来るのに母さんの許可をもらった?まだ体だって本調子じゃないのに、何を考えているの?なんて言おうと今日は連れて帰るよ」

怖い顔をしてぴしゃりと言われては、何も言い返せない。


「麗、お騒がせして悪かったね。おばさん達にもよろしく伝えて」

そう言うと、賢介さんが私の方を見る。


どうやらちゃんと謝りなさいってことのようだ。


「麗、ごめんね」


「いいのよ。また、電話するね」

「うん」


賢介さんに腕を引かれたまま、私は麗の家を出た。


無言の車は平石家へと向かった。


***


賢介さんに腕を捕まれたまま、平石家の玄関へと入る。

そこには社長と奥様が待っていた。


「お帰りなさい」

いつもより硬い表情の奥様。


「上がりなさい」

笑顔のない社長。


この時になってはじめて、私はとんでもない事したのかもしれないと気付いた。

今まで自由に生きてきすぎて、心配してくれる人の気持ちなんて考えた事もなかった。



リビングのソファーに座り、社長がじっと私を見る。


「何で立花の家に行こうと思ったの?昨日遅くなって、危ない思いをしたばかりだろ?母さんはいいって言ったのか?」


普段は挨拶程度しか会話をしない社長。

穏やかな口調だけど、今叱られているのは確かだ。


「違います。奥様は、やめなさいって。私が勝手に行ったんです」


「どうして?」


「・・・」

私は黙ってしまった。


***


「谷口美優に何を言われたのか?」

賢介さんに聞かれ、私は首を横に振った。


「じゃあ何なんだよ」

珍しく、賢介さんが苛立っている。


「賢介。もうやめなさい。言いたくないだけの理由があるんだろう。なあ、琴子」


今までは琴子ちゃんって呼んでいた社長がはじめて琴子と呼んだ。

そして真っ直ぐ私の方を向いて、


「琴子が言いたくないなら理由は聞かない。でも、私たちは家族になったんだ。家族としてのルールは守ろう。母さんがダメと言ったらダメだ。ましてや女の子が遅くまで帰ってこないとか、無断外泊するとかは絶対ダメ。いいね」


「はい」


こんな風に叱られたことなんてなくて、思わず涙が出てしまった。


「これから遅くなるときには必ず事前連絡をすること。もちろん無断外泊も禁止。いいね?昨日のように帰れないようなときには、賢介に連絡しなさい。もしこれからも昨日のようなことがあれば、仕事を辞めさせるからね」


「はい」


ポロポロッと泣き出した私の背中を、奥様が撫でてくれる。


「ごめんなさい」

「もういいの。でも、本当に心配したのよ。そのことは忘れないで」


いつの間にか奥様も涙ぐんでいて、本当に申し訳ない気持ちで一杯になった。


「琴子。明日は僕の車で送っていくからね」


賢介さんに言われ、私は素直に頷いた。

運命なんて信じない

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