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そのことに今になって、はじめて気づいた。
だめだな。
どうして、わたしっていう人間は、こう気が回らないんだろう。
わかりやすく落ち込んで俯くわたしの目の前で、玲伊さんが小さく手を振る。
「どうかした? お腹が痛いとか?」
「あ、ごめんなさい。違います」
「別に謝ることはないけど。じゃ、俺は行くから」
「オーナー、今日いらっしゃるのは光島様ですよね。わたしもご挨拶に伺います。じゃあ、岩崎さん、あとはよろしくね」と言い残して、笹岡さんも玲伊さんと一緒に一足先に会議室から出ていった。
それにしても玲伊さんと笹岡さん、ああやって並ぶと、絵になるなぁ。
ふとそんなことを思っていると「まず1階のヘアサロンからご案内しますね」と岩崎さんに言われ、わたしは慌てて書類を封筒に入れ、立ちあがった。
「あの、さっきから聞きたくてうずうずしてたんですけど」
エレベーターに乗るなり、岩崎さんがきらきらと目を輝かせて尋ねてきた。
「加藤さんって、オーナーとどういうお知り合いなんですか? おふたりはとっても親しいですよね。もしかして彼女さんだったりして?」
彼女? わたしが?
「まさか、違いますよ。わたしの兄が香坂さんの友人で、小学生のころ、わたしも一緒に遊んでもらったことがあって」
「じゃあ、幼なじみってことですね。うわ、それ、めちゃくちゃ羨ましいです!」
エレベーターの狭い空間に岩崎さんの声が響きわたる。
わたしはその声に少したじろいだ。
「いえ、幼なじみって言えるほどではないですよ。わたしは兄のおまけだっただけで」
「でも、あの、スパダリを絵に描いたようなオーナーと知り合いってだけで、もう充分羨ましいです!」
岩崎さんは同意を求めるように、こっちを見た。
「え、ええ。まあ」
「わたし、ここに勤めていますけど、オーナーは本当に雲の上の|方《かた》で、普段はまったく関わりがないんですよ。だから今回、シンデレラ・プロジェクトを担当することになって、同僚にずいぶん羨ましがられました」
「そうなんですか」
「お近づきになるチャンスだって、みんなに言われて。でも、わたしなんて相手にされるはずないですけど」
「香坂さんって、会社のなかでも人気があるんですね」
「ええ。あれほどのイケメン、めったにいませんから」
でも、と岩崎さんは付け加えた。
「オーナーはいつも笹岡さんと一緒だから。みんな、なかば諦めてますけど。彼女に勝てる訳ないって」
えっ?
「あの……お二人はお付き合いされているんですか?」
「それ、逆にわたしが聞きたいんですけど。加藤さん、お兄さんから何か聞いてません?」
「いえ……何も」
そこでエレベーターは1階に着いた。
もっと話を続けたいと思ったけれど、岩崎さんはエレベーターの扉を押さえて「どうぞ」とわたしに降りるように促した。
岩崎さんの話に相槌を打ちながらも、さっき玲伊さんと笹岡さんが並んでいた姿が頭から離れなくなった。
そうだ。
なんで今まで気づかなかったんだろう。
アメリカで知り合って、今もビジネスパートナー。
付き合っていないと考える方が逆に不自然だ。
でも、笹岡さんが玲伊さんの彼女というのなら、もう仕方がない。
彼女とわたしでは、そもそもレベルが違いすぎる。
競技で言えば、県大会とオリンピックぐらいの差だ。
それに最初からこの気持ちが受け入れられるなんてありえないと思っていたから、いまさらショックを受けるほうがどうかしている。
「こちらが〈リインカネーション〉の要のヘアサロンです。」
岩崎さんがドアを開けて、中へと通してくれた。
わざわざ案内してくれているんだ。もう、よけいなことを考えるのはやめにしなければ。
わたしは沈んでいきそうになる気持ちを無理矢理奮い立たせて、岩崎さんに話しかけた。
「室内なのに、とっても明るいんですね」
うんうん、そうなんですよ、と頷きながら、岩崎さんはなめらかな口調で説明しはじめた。