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数日後。
阿部はまた山の中にいた。
隣には深澤。
少し離れたところに照。
そして。
もちろん目黒もいる。
「今日は何するの?」
深澤が少し先を指差す。
「あれ」
古い木。
大きい。
でも。
ほとんど枯れていた。
枝は細く。
葉もない。
幹の一部は黒い。
阿部が近付く。
「これ?」
「うん」
深澤が幹に触れる。
「完全には死んでない」
「でもかなり弱ってる」
阿部もそっと手を当てる。
冷たい。
でも。
その奥に。
ほんの少しだけ気配がある。
「……いる」
「分かる?」
「うん」
目を閉じる。
消えそうなくらい弱い。
それでも。
まだ生きている。
「どうすればいい?」
「好きにしてみて」
阿部が目を開ける。
「好きに?」
「もう制御はできるでしょ」
深澤が笑う。
「今日は俺がやり方決めない」
照も頷く。
「阿部の力が何なのか」
「自分で確かめた方がいい」
阿部はもう一度木を見る。
治したい。
でも。
元気になれ。
そう強く願わない。
ただ。
まだ生きたいなら。
少しだけ手伝えたらいい。
そう思った。
緑の神力。
静かに掌から流れる。
細く。
ゆっくり。
幹の奥へ。
弱いところ。
まだ力が残るところ。
水が届いていないところ。
今までより細かく分かる。
「……すごい」
力を押し込むんじゃない。
この木が。
どこへ行きたいのか。
それを探す。
緑の光が幹を伝う。
少しして。
ぱき。
小さな音。
枝の先。
小さな芽。
一つ。
また一つ。
「出た」
深澤が笑う。
芽は少しずつ増え。
やがて若葉が開いた。
でも。
一気に葉だらけにはならない。
木そのものに任せるように。
阿部の力は静かに流れている。
「できた」
「うん」
深澤が嬉しそうに言う。
「やっぱりそうだね」
「何が?」
「あべちゃんの力」
「生かす方なんだと思う」
「生かす?」
「育てる」
「戻す」
「繋ぐ」
照が続ける。
「無理やり変える力じゃない」
「元々ある命を」
「少し前へ進ませるような力」
阿部は自分の手を見る。
緑。
春。
芽。
花。
今まで起きたことが繋がっていく。
「だから」
「俺が春って思った時」
「全部芽吹いた?」
「多分ね」
「妖怪も寄ってきたし」
深澤が笑う。
「生き物には居心地いい神力なのかも」
阿部も少し笑う。
「ふっかみたい」
「俺?」
「ふっかも居心地いいってよく言うじゃん」
照が吹き出す。
深澤は嬉しそう。
「じゃあ相性いいね」
その瞬間。
後ろ。
紺色。
阿部が振り返る。
目黒。
少し濃い。
「めめ」
「何?」
「今嫉妬した?」
「少し」
深澤が笑う。
「出た」
「ふっかさん」
「何?」
「近い」
「俺まだ何もしてないけど」
阿部が笑った。
でも。
もう一度若葉を見る。
小さい。
それでも。
ちゃんと生きようとしている。
壊す力ではない。
自分の力は。
育てる力。
その言葉が胸に残る。
同時に。
別の景色が浮かんだ。
雪。
村。
崩れる家。
吹雪。
逃げる人。
自分は見ていた。
目黒に壊していいと言った。
「……」
緑の神力が少し沈む。
目黒がすぐ気付く。
「あべちゃん?」
阿部は答えない。
深澤も照も気付いた。
でも。
何も言わない。
目黒だけが隣へ来る。
「あべちゃん」
「何?」
「悲しい?」
少し迷って。
「……うん」
目黒は待つ。
「俺の力が」
「生かす力なら」
阿部は若葉を見る。
「もっと早くこれがあったら」
「あの村も」
「違ったのかなって」
声が小さくなる。
「壊さなくても」
「よかったのかなって」
「俺、いいよって言ったから」
「めめに壊していいって」
目黒がすぐ言う。
「壊したの俺」
「でも」
「いいって言ったの俺だよ」
「俺がやった」
「めめだけのせいじゃない」
二人は黙る。
どちらか一人に。
押し付けられることではなかった。
目黒が阿部の左手を取る。
赤い輪。
柔らかく光る。
「あべちゃん」
「何?」
「戻せない」
阿部が目を伏せる。
「うん」
「村も」
「人も」
「もう戻せない」
「うん」
目黒は少し考えて。
「でも」
阿部が顔を上げる。
「これから作るのはできる?」
「……作る?」
目黒は芽吹いた木を見る。
「壊したところじゃなくても」
「新しく」
「何か育てられる?」
阿部はその言葉を考える。
戻せない。
でも。
終わりではない。
新しく。
作る。
育てる。
少しだけ笑った。
「できるかも」
目黒がすぐ見る。
「やる?」
「何を?」
「育てる」
阿部が笑う。
「何育てるの?」
目黒は少し考えて。
「桜」
「桜?」
「うん」
「なんで?」
「あべちゃん、桜好きだから」
顔が少し熱くなる。
「俺が?」
「桜が?」
「どっちも」
阿部が吹き出した。
その日の夕方。
二人は山の少し開けた場所にいた。
阿部の手には。
小さな桜の苗木。
目黒が持ってきたもの。
「どこから持ってきたの?」
「山」
「ちゃんと取っていいやつ?」
「聞いた」
阿部が目を丸くする。
「誰に?」
「木に」
「……木に聞いたんだ」
「うん」
「なんて?」
「いいって」
「本当に?」
「多分」
「そこ多分なんだ」
二人で土を掘る。
神力なら一瞬で終わる。
でも。
阿部が言った。
「今日は手でやろう」
「なんで?」
「時間かけたい」
それだけ。
目黒はすぐ頷く。
「分かった」
土で手が少し汚れる。
目黒は妙に真剣。
阿部が笑う。
「めめ」
「何?」
「壊すより上手?」
目黒は少し考える。
「難しい」
「山壊す方が簡単?」
「うん」
「駄目じゃん」
「だから」
目黒が阿部を見る。
「教えて」
阿部の表情が柔らかくなる。
「俺も初めてだよ」
「じゃあ一緒にやる」
胸が少し温かくなる。
「うん」
「一緒にやろう」
苗木を穴へ入れ。
二人で土を戻す。
最後に。
阿部が幹へ触れる。
緑の神力。
でも。
そこで止める。
「大きくしないの?」
「しない」
「すぐ咲かせない?」
「咲かせない」
「なんで?」
阿部は苗木を見る。
まだ細く。
小さい。
「普通に育つところ」
「見たいから」
目黒が黙る。
「俺たち」
「長く生きるんでしょ」
「うん」
「だったら」
「急がなくていいじゃん」
紺色が柔らかく広がる。
「毎年少しずつ大きくなって」
「いつか」
「ここで花見できたらいい」
「何年?」
阿部が笑う。
「知らない」
「百年?」
「そんなかからないと思う」
「じゃあ」
目黒が阿部を見る。
「毎年見る」
「うん」
「一緒に?」
阿部は目黒を見る。
薬指。
赤い輪。
「一緒に」
目黒が笑った。
阿部は苗木へ。
ほんの少しだけ神力を流す。
緑。
隣から。
紺。
二つが根元で静かに重なる。
無理に成長させない。
ここに根を張れるように。
水を受け取れるように。
風に負けないように。
少しだけ。
支える。
「めめ」
「何?」
「壊す時より難しいね」
「うん」
阿部は笑う。
「でも」
苗木を見る。
「こっちの方が好きかも」
目黒は阿部を見る。
「俺も」
「本当に?」
「あべちゃんとできるから」
「そればっかり」
「駄目?」
「駄目じゃない」
夕暮れ。
小さな桜。
まだ花はない。
葉も少ない。
一瞬で咲くこともない。
でも。
それでよかった。
壊すことは一瞬だった。
育てることは時間がかかる。
だから。
二人で見ていく。
明日。
その次の日。
また次の春。
少しずつ大きくなるのを。
阿部は目黒の手を取る。
赤い輪が淡く光った。
「めめ」
「何?」
「来年も見ようね」
「うん」
「その次も?」
「その日に決める」
阿部が目を丸くして。
笑った。
「ちゃんと覚えてるじゃん」
目黒も笑う。
「でも」
「何?」
「多分見る」
阿部は少し目を細める。
「俺も」
小さな桜の根元で。
緑と紺が静かに溶ける。
壊した過去は消えない。
それでも。
これから育てるものは選べる。
その最初の一つを。
二人は同じ場所に植えた。
次の朝。
阿部は目を覚ました。
目黒の部屋。
隣には目黒。
繋いだ手。
薬指の赤い輪。
いつもと同じ。
でも。
何かが違った。
「あべちゃん」
「何?」
「何か違う」
阿部が自分を見る。
「俺?」
「うん」
手。
腕。
身体。
見た目は変わらない。
「今日も?」
目黒が聞く。
阿部が笑う。
「今日も」
「めめは?」
「今日も」
赤い輪が淡く光る。
阿部は起き上がる。
いつもなら。
少し残る眠気。
今日はない。
身体も軽い。
「……めめ」
「何?」
「俺昨日寝たよね」
「寝た」
「ちゃんと?」
「うん」
「なのに」
阿部が少し笑う。
「全然寝起きって感じしない」
目黒がじっと見る。
「神様だから?」
「まだ神様じゃないでしょ」
朝餉。
みんなが集まっている。
阿部もいつものように座る。
食事を前に。
箸を持って気付いた。
「……あれ」
翔太が見る。
「どうしたの?」
「お腹空いてない」
深澤の手が止まる。
照も見る。
目黒はすぐ心配そうになる。
「あべちゃん具合悪い?」
「違う」
阿部は笑う。
「食べられるよ」
一口。
普通に美味しい。
でも。
身体が求めている感じはない。
ただ、好きだから食べている。
翔太が静かに聞く。
「眠気は?」
「……ない」
「寒い?」
阿部は外を見る。
少し冷たい朝の風。
感じる。
でも。
「分かるけど」
「寒くない」
深澤がゆっくり笑った。
「あー」
「何?」
深澤は照を見る。
照も頷く。
「もうすぐだね」
阿部の手が止まる。
「……何が?」
深澤が阿部を見る。
少しだけ優しい顔。
「あべちゃん」
「もうかなり」
「神様になってる」
阿部は黙る。
目黒の紺色が少し揺れる。
心配。
その奥に。
期待。
「かなりって」
「どのくらい?」
照が答える。
「身体がほとんど神力に馴染んでる」
「前は力を使うと外に漏れてたでしょ」
「うん」
「今は全然漏れてない」
阿部は自分の手を見る。
確かに。
前なら感情が動くだけで。
緑の光が滲んだ。
今は静か。
でも。
消えたわけではない。
身体の奥に。
ずっとある。
「弱くなったわけじゃない?」
深澤が笑う。
「逆」
「馴染んだ」
「力を出してるんじゃなくて」
「もう力そのものが」
「あべちゃんの中にある」
阿部は少し息を止める。
神様。
早くなりたいと思っていた。
でも。
実際にその瞬間が近付くと。
嬉しいのに。
少しだけ寂しい。
人間だった自分が遠くなる気がした。
「あべちゃん」
目黒がすぐ気付く。
「嫌?」
阿部は目黒を見る。
昔は。
そんなことすら聞かなかった神様。
今は。
阿部が決めるまで待ってくれる。
「嫌じゃない」
ゆっくり答える。
「ちょっと」
「変な感じなだけ」
翔太が少し笑う。
「分かるよ」
阿部が見る。
翔太も元は人間。
同じようにここへ来て。
神様になった。
「翔太も?」
「うん」
「もう人間じゃないんだって分かった時」
「変だった」
「怖かった?」
「最初は」
翔太は少し考えて。
涼太を見る。
二人の薬指。
赤い縁。
「でも」
「だんだん悪くないって思った」
阿部も自分の赤い輪を見る。
「俺」
小さく言う。
「人間じゃなくなるんだね」
少しして。
深澤が答えた。
「なる」
「でも」
阿部が顔を上げる。
「あべちゃんだったことが」
「なくなるわけじゃないよ」
「人間だった時間も」
「寒かったことも」
「お腹空いたことも」
「村で暮らしたことも」
「全部残る」
阿部は黙って聞く。
「別の何かになるんじゃなくて」
「今までのあべちゃんに」
「神様の時間が増えるだけ」
阿部はゆっくり息を吐く。
「そっか」
少しだけ安心した。
その日の午後。
阿部は一人で。
あの桜の苗木を見に来ていた。
目黒と一緒に植えた。
まだ小さい。
花もない。
でも。
ちゃんとここで根を張っている。
阿部はその前にしゃがむ。
触れなくても分かる。
土の中。
細い根。
水。
木の中を流れる命。
前よりずっとはっきり。
「……すごい」
力を使っているわけではない。
見ようとしているだけ。
それでも。
山の中の命が分かる。
風。
草。
虫。
木々。
遠くの動物。
全部別々なのに。
どこか繋がっている。
緑の神力が。
身体の奥で静かに呼応する。
その時。
胸の奥。
もう一つの気配。
目黒。
近付いてくる。
振り返る前に分かった。
「あべちゃん」
声。
阿部が笑う。
「やっぱり」
「何?」
「来るの分かった」
目黒が嬉しそうに近付く。
「俺も」
「あべちゃんここにいるの分かった」
隣にしゃがむ。
二人で苗木を見る。
「元気?」
「うん」
「咲く?」
「まだ」
「いつ?」
「だから急がないの」
目黒が少し残念そう。
阿部が笑った。
「めめ」
「何?」
「今日さ」
少し言葉を探す。
「もうすぐ神様になるって言われた」
「聞いてた」
「そうだった」
「どう思った?」
目黒の紺色。
嬉しい。
でも。
慎重に阿部を見ている。
「あべちゃんが嫌じゃないなら」
「嬉しい」
「なんで?」
「同じ時間」
阿部の胸が温かくなる。
前に。
自分が言った。
めめと同じ時間を生きたい。
覚えている。
「そっか」
目黒が聞く。
「あべちゃんは?」
阿部は苗木を見る。
まだ。
これから。
自分も同じなのかもしれない。
人間だった時間が終わるんじゃない。
そこから。
新しい時間が始まるだけ。
「怖くない」
目黒を見る。
「少し寂しいけど」
「嫌じゃない」
「うん」
「それに」
阿部は目黒の左手を見る。
赤い輪。
自分にも同じもの。
「めめと」
「同じ時間を生きられるなら」
少し笑う。
「やっぱり」
「なりたい」
目黒の紺色が柔らかく広がる。
阿部の緑も。
身体の奥で静かに応える。
目黒が手を差し出す。
阿部はその手を取る。
赤い輪。
淡く光る。
「あべちゃん」
「何?」
「神様になっても」
「あべちゃん?」
阿部が目を瞬く。
そして笑った。
「何それ」
「変わる?」
「変わらないよ」
「本当?」
「うん」
阿部は少し考える。
「多分、食べるし」
「食べなくてもいいのに?」
「美味しいから食べる」
「寝る?」
「めめと寝たい日は寝る」
目黒の神力が一気に明るくなる。
阿部が吹き出す。
「そこ喜びすぎ」
「嬉しい」
「知ってる」
二人で笑う。
阿部はもう一度苗木を見る。
神様になれば。
この桜が大きくなるまで。
花を咲かせるまで。
その先も。
見ていられる。
隣には。
目黒がいる。
毎朝。
今日も?
そう聞かれて。
そのたびに。
自分で選ぶ。
阿部は繋いだ手を少し強く握る。
「めめ」
「何?」
「神様になった日も」
「聞いてね」
「何を?」
阿部が笑う。
「今日も?って」
目黒も笑う。
「聞く」
「絶対?」
「絶対」
今度は。
阿部も。
その言葉を怖いと思わなかった。
永遠を約束するんじゃない。
ただ。
次の朝。
また選ぶだけ。
それなら。
何百年でも。
続けられる気がした。
風が吹く。
小さな桜の葉が静かに揺れる。
阿部の緑の神力はもう溢れない。
身体の奥。
呼吸のように自然にそこにある。
人間と。
神様。
その境目は。
もうほとんど消えかけていた。
でも。
阿部は怖くなかった。
薬指の赤い輪。
隣の目黒。
それを見て。
小さく笑う。
「もうすぐなんだね」
「うん」
阿部も頷いた。
「そっか」
その声は穏やかだった。
これから。
何になるのかではなく。
誰と。
その先を生きたいのか。
もう。
答えは決まっていた。
みら

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コメント
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おはようございます☁️ 穏やかに読んでいられます。 毎日確認し合い お互いを思い合い ゆっくり神に近くなる 穏やかな毎日 癒されます♪ 周りも静かに見守って居る 時々チャチャ入れながら
ここまで読んで思ったのは、凄い大雑把な表現だけど(個人的な思い)🖤💚の繋がりを通して人の在り方、心の育て方、善悪の認識、周りに対する思い遣り、学ぶ事は楽では無いってことなのかな? 凄い重たいけど、日々の生活の中で忘れてる事ばかりだと考えさせられてます