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kaede🍁
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908
#mmab
七瀬⛄️
1,551
その夜。
阿部はいつものように目黒の部屋にいた。
眠る必要は、ほとんどなくなっている。
それでも布団に入る。
隣には目黒。
繋いだ手。
薬指の赤い輪。
いつもの夜だったはずなのに。
阿部はなかなか目を閉じられなかった。
「あべちゃん」
「何?」
「寝ないの?」
「眠くない」
「じゃあ起きてる?」
「うん」
しばらく二人で天井を見る。
外では風が木々を揺らしている。
阿部は目黒の手を少し握り直した。
「めめ」
「何?」
「俺」
言葉が止まる。
身体の奥。
緑の神力。
今までより静かで。
でも。
ずっと深い。
何かが満ちている。
「今日かも」
目黒がすぐ見る。
「何が?」
「神様になるの」
紺色が揺れる。
嬉しい。
心配。
少し怖い。
阿部には分かった。
「めめも怖い?」
「少し」
「俺も」
目黒が手を強く握り。
すぐ少し緩める。
阿部が離したくなれば。
離せるように。
そのことが分かって。
胸が温かくなった。
「どんな感じ?」
「分かんない」
阿部は胸元へ手を置く。
「でも」
「もうすぐって分かる」
「痛い?」
「痛くない」
「苦しい?」
「苦しくない」
「嫌?」
少し考える。
「嫌じゃない」
でも。
「ちょっと怖い」
目黒は何も言わず。
ただ阿部を見る。
「めめ」
「何?」
「何か言ってよ」
目黒は少し考えて。
いつものように聞いた。
「あべちゃん」
「うん」
「今日も?」
阿部が目を瞬く。
毎朝。
交わしてきた言葉。
神様になる日も聞いてね。
そう頼んだ。
阿部はゆっくり笑う。
「今日も」
目黒の表情が柔らかくなる。
「めめは?」
「今日も」
赤い輪が淡く光った。
それだけで。
怖さが薄くなる。
何になるかではなく。
今日も隣にいる。
それだけ。
阿部は目黒へ少し近付く。
「あべちゃん」
「何?」
「抱きしめていい?」
「うん」
目黒の腕がゆっくり包む。
阿部も着物を掴む。
いつもの。
安心する場所。
その瞬間。
緑。
阿部の身体から淡い光が滲んだ。
「あべちゃん」
「大丈夫」
阿部にも分かる。
暴走ではない。
力が溢れているのとも違う。
身体そのものが神力に馴染んでいく。
緑は静かに。
指先。
腕。
胸元。
身体全体を包む。
熱くない。
苦しくもない。
春の日差しのように温かい。
目黒の紺色は。
阿部の周りへ寄り添うだけ。
入り込まず。
邪魔もせず。
ただ見守っている。
「あべちゃん」
「うん」
「いる?」
目を閉じたまま笑う。
「いるよ」
目黒の腕が少し強くなる。
緑の光が部屋を照らす。
障子。
畳。
布団。
でも。
何も揺れない。
花も咲かない。
季節も変わらない。
完全に制御されている。
阿部は自分の中を見る。
寒かったこと。
空腹。
眠気。
村。
一人で暮らした家。
雪。
祭壇。
怖かった最初の日。
犬。
翔太。
涼太。
深澤。
照。
そして。
目黒。
全部。
消えない。
その上へ。
新しい時間が静かに重なっていく。
神様の。
長い時間。
少し怖くなって。
阿部は目黒の着物を強く掴む。
すぐに声がする。
「あべちゃん」
「何?」
「ここにいる」
阿部の表情が緩む。
「うん」
それだけで大丈夫だった。
緑の光が一度強くなる。
薬指。
赤い輪。
そこだけ。
緑の中で鮮やかに光った。
目黒の薬指も同じ。
二つの赤が呼応する。
やがて。
光がゆっくり身体の内側へ戻っていく。
腕。
胸。
指先。
最後に。
ふっと消えた。
静寂。
阿部は目を閉じたまま。
自分の中を感じる。
力を使っていないのに。
庭の木。
屋根を歩く妖怪。
遠くの川。
山の動物。
ぼんやり。
でも確かに分かる。
ゆっくり目を開ける。
最初に見えたのは。
目黒。
すごく真剣な顔。
「……めめ」
返事がない。
「めめ?」
目黒が手を伸ばし。
頬へ触れる前に止まる。
「あべちゃん」
「何?」
「触っていい?」
阿部は思わず笑った。
「いいよ」
そっと頬へ触れる。
目黒はじっと阿部を見る。
「何?」
「……あべちゃんだった」
阿部が吹き出す。
「何それ」
目黒は真剣だった。
「あべちゃん」
「変わってない」
「変わらないって言ったじゃん」
「でも」
「神様になった」
「うん」
それでも。
目黒が安心したように笑う。
「あべちゃん」
「何?」
「よかった」
「何が?」
「いなくならなかった」
阿部は静かに見る。
「神様になっただけで」
「いなくならないよ」
「分かってた」
「じゃあ何で」
「でも」
目黒が続ける。
「ちゃんと見たかった」
「あべちゃんだって」
阿部は少しだけ近付いて。
自分から抱きしめた。
目黒が固まる。
「めめ」
「何?」
「神様になっても」
「これ」
「変わらないから」
「これ?」
阿部は抱く腕に少し力を入れる。
「めめが好きなの」
目黒が完全に黙る。
紺色が一気に明るくなった。
阿部が笑う。
「神様になっても分かりやすいね」
「嬉しい」
「知ってる」
目黒も抱きしめ返す。
神様になった。
でも。
何も終わらなかった。
むしろ。
始まった。
目黒と。
同じ時間を生きる。
その先は長い。
でも今は。
まだ今日。
「あべちゃん」
「何?」
今度は。
阿部から聞く。
「今日も?」
目黒が少し笑う。
「今日も」
薬指の赤い輪が静かに光る。
阿部は目を閉じる。
眠る必要はもうほとんどない。
それでも。
今夜はこのままでいたかった。
神様になっても。
あべちゃん。
そして今日も。
目黒の隣を選んでいた。
朝。
阿部は目を開けた。
隣には目黒。
昨日と同じ。
でも。
違う。
目を開けた瞬間から分かる。
庭の木。
廊下の向こう。
屋根の上。
山の奥。
たくさんの気配。
今までも少しは感じていた。
でも。
今はずっと近い。
「あべちゃん」
「何?」
「起きた?」
「うん」
阿部は天井を見る。
「……めめ」
「何?」
「すごい」
「何が?」
うまく言えない。
「いっぱい」
「いる」
「誰が?」
「分かんない」
阿部は起き上がり。
障子を開ける。
朝の光。
風。
その瞬間。
庭の木々が一斉に揺れた。
枝が阿部の方へ傾く。
草も。
花も。
顔を向けるように。
屋根の上。
小さな妖怪。
一匹。
また一匹。
次々集まってくる。
「あべちゃん」
「うん」
「いっぱい来た」
「見れば分かる」
阿部は笑う。
でも。
庭の奥。
鹿。
狐。
小さな動物まで現れた。
「めめ」
「何?」
「これ普通?」
目黒が考える。
「多分違う」
「多分なんだ」
そこへ。
「うわ」
深澤。
その後ろに照。
翔太。
涼太。
みんな庭を見る。
「あべちゃん」
深澤が笑う。
「人気者」
「これ何?」
深澤は庭へ出る。
妖怪たちは逃げない。
「あべちゃんのこと」
「山が分かったんだよ」
「分かった?」
照が頷く。
「新しい神様が増えたって」
阿部は黙る。
新しい神様。
昨日までは遠かった言葉。
今は。
自分のこと。
「俺が?」
「うん」
深澤が笑う。
「もう人間の気配ほとんどないし」
翔太が続ける。
「でも」
少し笑って。
「あべちゃんはあべちゃんだけどね」
阿部も笑う。
「それ昨日も言われた」
「誰に?」
目黒を見る。
目黒が普通に答える。
「あべちゃんだった」
翔太が吹き出した。
その時。
小さな毛玉みたいな妖怪が。
阿部の足元へ来る。
温泉で初めて見た妖怪。
阿部がしゃがみ。
手を出す。
妖怪はそっと額を掌へ押し付けた。
「……かわいい」
緑の神力が自然に妖怪を包む。
深澤が嬉しそうに言う。
「やっぱり」
「あべちゃんの神力」
「生き物に好かれるね」
照も庭を見る。
「植物も分かってる」
木々。
葉。
花。
全部が阿部へ気配を向けている。
歓迎。
そんな言葉が浮かんだ。
「めめ」
「何?」
「俺」
「神様になったんだね」
「うん」
阿部は庭を見る。
怖くない。
むしろ。
山の中へ自然に溶け込んだような感覚。
「変な感じ」
「嫌?」
阿部が笑う。
「嫌じゃない」
「よかった」
少しして。
阿部と目黒は山へ向かった。
行き先は。
二人で植えた桜の苗木。
「元気かな」
「昨日見た」
阿部が目黒を見る。
「見たの?」
「うん」
「いつ?」
「あべちゃんが寝てる時」
「何で?」
「気になった」
「桜が?」
「うん」
少し間。
「あべちゃんと植えたから」
阿部が笑う。
「そっか」
苗木は。
昨日までとほとんど変わらない。
でも。
阿部が近付いて。
少し目を見開く。
「めめ」
「何?」
「見て」
細い枝の先。
小さな膨らみ。
一つ。
ほんの小さな蕾。
「花?」
「まだ」
阿部は嬉しそうにしゃがむ。
「でも蕾だよ」
目黒も隣へ。
「咲かせる?」
阿部はすぐ首を振る。
「咲かせない」
「なんで?」
「待つって決めたでしょ」
目黒が蕾を見る。
「今なら咲かせられるよ」
「うん」
阿部にも分かっている。
今なら。
簡単に咲かせられる。
でも。
手は伸ばさない。
「咲くまで待ちたい」
「どのくらい?」
「分かんない」
「長い?」
「それも分かんない」
目黒が少し不満そう。
阿部は笑う。
「でも」
「待つのもいいと思う」
「なんで?」
阿部は少し考える。
「前は」
「すぐ変えようとしてたから」
季節も。
村も。
自分も。
早く。
早く。
ずっとそうだった。
でも。
今は。
「ゆっくりでも」
「ちゃんと進んでるって分かるから」
蕾を見る。
「この桜」
「自分で咲くんだよ」
「俺が咲かせるんじゃなくて」
「この木が」
「咲く時に」
「それを一緒に見たい」
目黒の紺色が柔らかくなる。
「分かった」
「待てる?」
「多分」
阿部が吹き出す。
「そこ多分なんだ」
「でも」
目黒が手を取る。
「あべちゃんとなら待つ」
赤い輪が静かに光る。
阿部も握り返す。
「じゃあ約束ね」
「何?」
「咲く時」
「一緒に見る」
「うん」
「勝手に先に見ないでね」
目黒が少し黙る。
「めめ」
「……分かった」
「今迷ったでしょ」
「見たくなったらどうしようって」
阿部が笑う。
「俺呼んで」
「すぐ来る?」
「行けたら」
目黒の顔が曇る。
阿部はまた笑う。
「行くよ」
「絶対?」
「多分」
今度は。
目黒が不満そうになる。
「めめの真似」
「嫌」
「ふふっ」
風が吹く。
小さな苗木が揺れる。
枝の先。
たった一つの蕾。
神様になったから。
何でもすぐに叶えなくていい。
時間はたくさんある。
だから。
待てる。
明日も。
その次も。
少しずつ育っていくものを。
目黒と一緒に見ていける。
「めめ」
「何?」
「楽しみだね」
目黒も蕾を見る。
「うん」
少しして。
「あべちゃん」
「何?」
「今日も?」
阿部が笑う。
「今日も」
小さな蕾の前。
二人の赤い輪が。
朝の光の中で。
柔らかく光っていた。
コメント
1件
第20話、読んだよ…!ついに阿部が神様になる瞬間、すごく静かで温かい描写だった。暴走じゃなくて馴染んでいく感じが美しかったな。目黒の「あべちゃんだった」にめちゃくちゃ泣きそうになったよ。変わらないって約束してるのにちゃんと確かめるの、愛だなって思う。桜の蕾、無理に咲かせないで待つって決めた阿部の成長もじーんと来た。最後の「今日も」、この日常がずっと続きますようにって思わせてくれる素敵な話だった!