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「ほら、暁さん!ぼーっとしてないで、こっちです!」
数日前の夜霧が嘘のように、今日の江戸は抜けるような青空に恵まれていた。
私は、自分でも驚くほど浮かれた声を出しながら、暁の大きな手をぐいぐいと引いていた。
鬼狩りの修行で鍛えた脚力が、今は彼を案内するためだけの推進力になっている。
「ちょっと、あざみちゃん。そんなに急がなくても、江戸の町は逃げやしないよ」
暁は困ったように笑いながらも、私の歩調に合わせてついてきてくれる。
さん呼びから、ちゃん呼びになるぐらい私たちは打ち解けていた。
漆黒の着物に浪人風の身なり。
人混みの中でも一際目を引く彼の容姿に
すれ違う町娘たちが「まぁ」と頬を染めて振り返るのが分かった。
独占欲に近い小さな刺が胸を突く。
私はそれを誤魔化すように、さらに力を込めて彼の手を引いた。
「まずはここ!浅草一番の甘味処です。ここの三色団子は、お餅が信じられないくらい柔らかいんですよ!」
賑やかな暖簾をくぐり、茶屋の縁側に腰を下ろす。
運ばれてきた団子を前に、私は目を輝かせた。
鬼狩りの任務中は、携帯食の干飯か握り飯くらいしか口にしない。
こんな風に「甘いもの」を誰かと楽しむなんて、夢のようだ。
「……んんっ!やっぱり美味しいっ!」
頬張った瞬間、幸せが口いっぱいに広がる。
ふと横を見ると、暁が団子を手に取ったまま、珍しいものを見るように私を見つめていた。
「どうしたんですか? 食べないんですか?」
「いや……あざみちゃんがあまりに美味しそうに食べるから…なんだか、見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ」
「もう、からかわないでください!暁さんも食べて!」
強引に彼の口元へ団子を差し出すと、彼は観念したように「あーん」と口を開けた。
…その瞬間、指先が彼の唇に微かに触れる。
「っ……!」
熱い。心臓がうるさいくらいに暴れ出す。
暁は平然とした顔で団子を咀嚼し
「本当だ……甘くて優しい味がするね」と微笑んだ。
その無自覚な色気に、私の顔は団子の赤い玉よりも真っ赤に染まってしまう。
「次は……次は、あっちの呉服屋を覗きましょう! あ、見世物小屋もやってるみたいだし!」
照れ隠しに立ち上がり、また彼の手を掴む。
本当は、どこへ行きたいかなんてどうでもよかった。
ただ、こうして彼と手を繋いで、同じ景色を見て
笑い合える時間が、永遠に続けばいいのにと願ってしまう。
「あざみちゃん。君と歩く江戸は、なんだかとても……温かいな」
ふと、人混みの中で暁が独り言のように呟いた。
その声があまりに切なく、愛おしそうに響いたから。
私は彼の手を離さないよう、もっと強く、ギュッと握り返した。
「当たり前ですよ。私が案内してるんですから!」
太陽の下で、私は心から笑っていた。
自分が鬼狩りであることを一瞬だけ忘れて、ただ恋を知ったばかりの少女として。
────この数刻後、本部から呼び出しがかかり
あの「手配書」を突きつけられることになるとも知らずに。
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