テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第89話 〚動き出す大人たち〛(担任×校長)
放課後の職員室。
夕方の光が、机の上を斜めに照らしていた。
担任は、一つのファイルを抱えて立っていた。
向かう先は――校長室。
「失礼します」
校長は、眼鏡の奥から顔を上げる。
「どうしました?」
担任は一瞬だけ言葉を選び、
それから静かに口を開いた。
「“問題”としては、まだ形になっていません」
「ですが……違和感が、重なりすぎています」
机の上に置かれたのは、
生徒の名前が書かれたメモ。
白雪 澪。
橘 海翔。
相馬 玲央。
そして――
西園寺 恒一。
校長は、無言で目を通す。
「澪を中心に、生徒同士の動きが変わっています」
「守るような距離感、常に誰かがそばにいる状況」
「それ自体は、悪いことではありません」
担任は、一度息を吸った。
「でも」
「“そうならざるを得なかった理由”がある気がするんです」
校長は、ゆっくりと頷いた。
「教師の勘、ですね」
「はい」
担任は即答した。
「それに、最近――」
「西園寺の行動が、少し不自然です」
成績は安定。
授業態度も問題なし。
提出物もきちんとしている。
だからこそ。
「“何も問題がない”のに、浮いている」
校長は、腕を組んだ。
「……分かりました」
そう言って、引き出しから一冊のノートを取り出す。
「“まだ起きていない問題”を防ぐのも、学校の役目です」
「目立たない形で、様子を見ましょう」
担任の肩の力が、少しだけ抜けた。
「ありがとうございます」
「ただし」
校長は静かに続ける。
「生徒たちを刺激しないように」
「追い詰めるようなことは、しません」
「はい」
二人の視線が、短く交わる。
それは、
“もしもの時に備える”という合意だった。
校長室を出た後、
担任は廊下を歩きながら思う。
(子どもたちは、もう気づいている)
だから今度は――
大人の番だ。
誰も知らないところで、
守るための歯車が、
静かに回り始めていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!