スィートデビルB1Fへと通じる階段を、マ・オは韓洋に先導されながら降りていた。向かう先は秘密の部屋。
通称蜜の部屋と呼ばれる、韓洋の性欲を満たすだけの空間だということは、陰間に扮したマ・オには解りきっていた。
今回の仕事ほど楽なものはなかった。
韓洋は、既に催眠状態に入っている。
それは瞳を見ればわかる。
マ・オは、不法滞在中の中国人夫婦の間に生まれた子供だった。
強制送還された両親の顔は知らない。
自分が何者であるのかも判らずに、これまでの23年間を闇の中、日本政府の為だけに生きていた。
幼い頃の手術で指紋を消し、眉毛や睫毛、頭皮の毛根に至る全ての証拠となりえる箇所を永久脱毛し変装の名人となった。
そして、様々な殺しの腕も身に付けた。
傘に仕込んだ毒針で、満員電車の中で厚生官僚を殺めたこともあった。
ヤクザ同士の抗争と見せかけて、公安に雇われた情報屋を刃物で殺害したこともあった。
しかし、マ・オには苦手な殺しも存在した。
銃や、特殊兵器を使う仕事である。
前内閣の外相を仕留める際に使われたレーザー兵器はとてつもなく重く、照準を合わせるのも一苦労だった。
副作用や、危険性も知らされないままに扱う兵器、それを手にする時はいつもこう思っていた。
まるでモルモット…
だからマ・オは、催眠術で的を仕留める仕事を好んだ。
精神的にも肉体的にも楽なのだ。
韓洋の手が、マ・オの肩に触れる。
蜜の部屋の前で、マ・オは自らの唇で韓洋の唇を塞いだ。
目を見開いて、胸元の鈴を鳴らす。
チリン。
驚いた表情の韓洋に、唇を微かに重ね合わせながらマ・オは囁く。
「安心して…あたなは疲れているの…知っているわ。全部知っているから安心して…」
韓洋の頭を優しく撫でながら、マ・オは語り続ける。
「連れて行って、私も連れて行って…あなたの秘密を知りたいの。そう。そうよ…いい子ね。わかってるわ、誰も責めたりわしないから安心してね…淋しかったんだよね…辛かったんでしょう?」
韓洋は、何度もコクリと頷いていた。
鈴が鳴る。
チリン。
「ゆっくり溶かしてあげるわ、そう、そうよ…あなたも嫌いじゃないんでしょう…多分…いい子ね、だけど疲れているのね…」
韓洋の瞳には、マ・オの顔がはっきりと浮かんだ。
マ・オは、韓洋の心に侵入した。






