テラーノベル
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「さて、今から観覧車に乗って、それから食事にでも行きましょうか」
「本当に乗るんですか?」
空はまだ紫にもなっていないし茜色になりつつあるぐらいで、高校生カップルがぽつぽつと乗っているぐらいで私たちは浮くと思う。
「乗りたくなる魔法が必要ですね」
「ど、どんな魔法をかけるんですか」
にんまり笑うデイビーは、低い声で言う。
「真っ赤なバラの花束を貴方に跪きながら渡します。注目されて恥ずかしい貴方は、私の手を引いて観覧車に急ぎ、周りからは拍手喝采で見送られながら乗り込む計算です」
「なっ そこまで計算してるんですか!?」
全然魔法ではなく、私の性格を熟知した犯行です。
綺麗な顔で甘い言葉を囁くけど、そうだよ。彼は賭けで私をあの夜、一回だけ騙しているんだから。
「私は、結構強かな男ですよ?」
「そうみたいですね」
「そんな私に夢中になった貴方は観念しなさい」
さ、選んでと促される。
花束を持って注目されるか、素直に観覧車に乗るか。
そんなの聞かなくても分かっているのに。
「わ、ビルが小さい」
まんまと乗せられた私は、生まれて初めて乗るふわふわした心地の観覧車に、少しだけ胸を弾ませてしまう。
「見て下さい、指輪選んだ御店も見えますよ」
「いえ。私は高い所苦手なので大丈夫です」
え?
肩をトントン叩いて指差したままの私は硬直してしまった。
いや、きっと聞き間違いだ。
「そんな、面白くないですよ。だってデイビーが乗ろうって言ったのに」
高いのが駄目なら、何の為に乗るっていうの。
「大事な話があるから、です。雑音が聞こえない場所で」
そう言ってジャケットの裏ポケットから、四つに折りたたんだ紙を私に渡してきた。
「婚姻届です。日本の方の」
「え」
「私の名前はもう記入済みです」
それは、いきなり過ぎて言葉が出てこなかった。
嬉しいことなのに、いまいちピンと来なくて。
「ただ、日本で結婚するなら戸籍は貴方が筆頭になり私は備考欄に名前が載るらしいです。で、名字は夫婦別姓にも出来るし、『ブラフォート鹿取』にもできるみたいです。これ、私は面白いと思ったのですが」
と、デイビーはよく調べてくれたのか色々と、それはそれは色々と説明してくれたけど半分も分からないよう。
「えっと、日本に提出する書類には和訳、大使館に申請する書類には英訳しなきゃいけないんですが私が全部しますから。美麗は私にほぼ任せて下さい。ただ、その美麗から頂いた手紙や私が美麗に渡した手紙も提出しなければいけなくて」
「えええ!?」
「捨てちゃいましたか?」
「まさか」
提出することに驚いてるんです。
デイビーの説明だと恋人だという証明がいるらしい。
デイビーが大使館で働いていることもあり、手続きはスムーズにいきそうだからそこだけは安心してほしいと言われた。
おんぶに抱っこの形で申し訳ないんだから、人に手紙を見られるぐらい我慢しなくては。
本当は、嫌……だけど。
彼の為だけに書いたのだから。
「あの、英語力テストとかは……?」
「はい。大使館の方でありますよ。でも、貴方なら大丈夫です。なんなら私との会話は暫く英語にしますか?」
呆然とする私は首を振る。いや、でもここはお願いした方がいいのかな。
長い時間のように思えたけど、まだ観覧車は頂上についても居ない。
「で、本題です」
デイビーは、私が受け取った婚姻届の紙を持つ手が震えているのを見て、そっと手を添えてくれた。
隣で、吸いこまれそうな紺碧の瞳で私を見ながら。
「昨日、佐和子さんにスカウトされましたよね?」
「何で知ってるんですか?」
「佐和子さんには、日本文化を学ぶ交流イベントの手伝いをして頂いていますし、そのイベントのパンフレットの飾り文字を書いて貰ったり、と仕事で会うのが多くて」
相談しようかとぐちゃぐちゃになっていた悩みの種を、彼は既に知っていたんだ。
「その、私、今の仕事も中途半端にしたくないけど、出来たら佐和子さんの傍で勉強したいなって思ってて、でも赤ちゃん居るしどうしようかって」
上手く言葉に出来なくて、しどろもどろになって、両手に汗が噴き出て婚姻届に指が張り付いてしまう。
私と彼の長い影が、窓に映り、そこだけ外の風景を消してしまう。
「私、繊細だって、表現力がないって、控え目だって言われる自分の字があまり好きじゃないから才能が無くても練習だけでも通いたい。もし、身の程知らずじゃなきゃ」
「良いと思います」
やはり、彼は否定なんてしなかった。
帰って来る言葉に、ホッと胸を撫で下ろしてしまう。
「貴方がしたいことがあって、そのしたいことが色んな可能性に輝き道を示すのは私も嬉しい。ただ、――私の大使としての任期は今年で終えます」
「……え?」
「着いてきて欲しいと言えば、貴方はその輝き示す道を捨てられますか?」
着いて行く?
私がイギリスに?
その考えだけはまったく考えていなくて、私の小さい世界を粉々に砕き、隠れていた空を見せつけられた気分だった。
猫塚ルイ

コメント
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観覧車でのプロポーズ、素敵すぎました…!「魔法」とか言いながら美麗さんの性格を熟知した犯行に及ぶデイビー、相変わらず計算高いのに憎めないのが良いですね。そして婚姻届を見せた後の「本題」で、佐和子さんの話を既に知っていた展開には私も息を呑みました。着いてきてほしいと言えば道を捨てられるか、という問い。美麗さんの小さな世界が砕かれるラストの一文、とても印象的でした。続きが気になります!