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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第77話 〚戻る前に〛
女子の入浴時間が来て、
澪とえまはタオルを持って部屋を出た。
「すぐ戻るね」
澪がそう言って、
少しだけ笑った。
その背中が廊下の角に消えた瞬間——
空気が、変わった。
「……なんなんだよ」
真壁恒一が、低い声で言った。
海翔は振り向かない。
でも、分かっていた。
「ずっとさ、俺だけ悪者みたいじゃん」
「声、でかい」
海翔が短く言う。
それが、
火に油だった。
「は?お前が仕切ってるからだろ!」
「澪のことだって——」
「そこで名前出すな」
海翔が、初めて正面を向いた。
目が、
完全に冷えていた。
「今、それ言う意味ある?」
真壁は一瞬だけ言葉に詰まったあと、
苛立ちをそのまま吐き出す。
「俺だって同じ班だろ!
同じ部屋だろ!
なのに、なんで俺だけ——」
その時。
ガチャ、と音がして、
玲央と湊が部屋に入ってきた。
「……え?」
状況を見て、
すぐに察した。
「おい、やめろって」
玲央が止めに入る。
湊も、珍しくはっきり言った。
「今じゃない」
でも。
真壁は、
止まらなかった。
「どうせさ!
みんな俺のこと変だと思ってるんだろ!」
「陰で笑ってんだろ!」
「澪だけは違うと思ったのに——!」
その言葉に、
海翔の表情が変わる。
「……それ以上言うな」
低く、
でもはっきり。
空気が、
一段階重くなった。
次の瞬間。
「何してるの?」
廊下から、
担任の声がした。
全員、
一斉に固まる。
担任は、
部屋の中を見渡して、
すぐに理解した。
「……真壁。来なさい」
反論しようとした真壁の腕を、
担任は静かに制した。
「今は、話す時間じゃない」
そう言って、
そのまま真壁を連れて行った。
ドアが閉まる。
残った三人は、
しばらく、何も言えなかった。
「……間に合ったな」
玲央が、
ぽつりと呟く。
湊も、
小さく頷いた。
海翔は、
澪とえまが出ていった方向を見つめる。
(……戻ってくる前で、よかった)
何も、
見せずに済んだ。
何も、
聞かせずに済んだ。
それだけで、
今夜は十分だった。
「……もう一回、部屋整えよう」
海翔が言う。
二人も、黙って従った。
澪たちが戻ってくる頃には、
ここは——
“何もなかった部屋”でいなきゃいけない。
それが、
一番大事なことだった。