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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第78話 〚何も知らないまま戻る夜〛
― 澪視点 ―
お風呂から戻る廊下は、少し冷えていた。
湯気が消えていくみたいに、体の中の熱もゆっくり落ち着いていく。
「楽しかったね」
えまが言って、
私は「うん」と笑った。
ドアを開けると、
部屋の中は、妙に整っていた。
さっき出た時より、
空気がきれいで、
静かで。
「……あれ?」
なんとなく、
違和感が胸に引っかかる。
でも、理由は分からない。
海翔は、
いつも通りの顔でスマホを見ていて、
玲央と湊は低い声で何か話していた。
真壁は、
いなかった。
「真壁くんは?」
私が聞くと、
海翔が一瞬だけ間を置いてから答えた。
「先生に呼ばれた」
それだけ。
それ以上、
何も説明はなかった。
えまは布団に座って、
「先に寝る準備しよー」なんて軽く言う。
私は頷きながら、
鞄を置いて、
布団の端に腰を下ろした。
——静かすぎる。
誰も怒っていない。
誰も泣いていない。
誰も、何も言わない。
なのに。
心臓が、
少しだけ、
強く鳴った。
(……何か、あった?)
そう思った瞬間、
海翔と目が合う。
彼は、
すぐに視線を逸らさなかった。
大丈夫だよ、と
言葉にしないまま、
そう伝えてくるみたいな目。
そのせいで、
私はそれ以上、聞けなかった。
聞いてしまったら、
この静けさが壊れる気がした。
布団に横になると、
天井がやけに遠く感じた。
修学旅行の夜。
楽しいはずの時間。
なのに、
胸の奥に、
説明のつかない重さがある。
(……知らないままで、いいのかな)
そんな考えが浮かんで、
でもすぐに消した。
だって、
誰も困っている顔をしていない。
誰も、
私に何かを求めていない。
それなら。
私は、
“何も知らない澪”でいよう。
目を閉じる。
遠くで、
誰かが廊下を歩く音がした。
その音が消えるまで、
私は、
ただ静かに息をしていた。