テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
四話 関係
※性的な恋愛的シーンが含まれております。
ある日の夜、俺はベッドの上で小説を読んでいた。すると静かな部屋からドアが開く音が聞こえた。ドアからはゆっくりと光輝が入ってきた。ドアを閉めた彼は無表情で、ただドアの前に突っ立ているだけだった。首にはタオルをかけているが、髪は乾いている。
「?どうしたんだ?」
「…………」
ペタペタと音を立てる彼の足音は、異様な冷たさが感じられた。無言で近づいてくる彼を見つめながら俺は呆気にとられて、気づけばベッドに押し倒されていた。光輝の力は強く、細見えする見た目からは想像できないほどだった。それか、俺の手に力が入っていないだけなのか、考える思考はすでに止まっていた。
「……光輝?どうしたんだよ?なんかあったのか?」
「……もう無理なんだよね。」
「……は?」
「オレさ……冬夜くんのことマジで好きなの。おそろいの指輪つけたいなって思うぐらい愛してんの。」
「……え?」
今まであしらってきたこいつの好きはそういう好きだったのかと驚愕していると、光輝の右手は俺の頬を触り、その手からは冷たさと、ほのかな苦しさが伝わってきた。光輝の表情は今にも壊れそうな作られた笑みだった。彼の歪んだ顔を色にするなら、黒色にすることだろう。
「オレ、冬夜くんのこと抱きたい。」
「……え……?」
俺はただの友達ぐらいにしか思っていなかった光輝の口からそんな言葉が出たことが信じられなかった。だが、俺は光輝の綺麗な顔にどんどんと吸い込まれそうになっていく。
「ねぇ、好きな人と同棲してんのに手出すなって言われるの無理じゃない?」
「……は……いや、俺はお前のこと――」
「ねぇ、ダメ?」
彼が悲しげな顔をして首を傾げると、押されつつあった俺は否定の言葉を飲み込んだ。俺は光輝に本音を話すのが怖かった。嘘をつくことで自分を守りたかった。その嘘が光輝には全て見透かされていると、俺は知らなかった。
「……俺は…いやだ……」
目を少し閉じて、口角を少しあげて悲しそうに優しく笑った。光輝はさっきの無表情の人とは別人のように感じた。まるで予想通りだからこそ、辛いようだ。その顔からは焦りと、悲しみが滲み出ていた。彼は柔らかい唇に口付けをした。その優しさが、俺までをも壊してしまいそうだった。
「……ねぇ、ホントに?」
「……は?」
「冬夜くんって嘘つきだよね。でもこの世の中ってうそつきが得をするんだよ。嘘をつくことは生存戦略。キミはこの世界の生き方をよく知ってる。」
首元に汗を流しながら淡々と話す彼に俺は言葉を発せずにいた。発せなかったというよりも、言葉が見つからなかった。
「ねぇ、教えてよ。ホントの気持ちも、この世界の生き方も全部全部。キミが、オレに教えて?」
「……っ!おいっ!!」
「嫌なら突き飛ばしていいよ。噛んでくれても構わない。叫んだり罵っても構わない。」
突き飛ばせばいいだけだ。突き飛ばせるはずなのに、嫌なはずなのに、俺の手には一向に力が入らない。
「……冬夜くんっていつも優しいよね。よけれるはずなのによけない。振り解けるのに振りほどかない。オレはそんなキミの優しさが欲しい。」
「……俺は、……」
『俺はやさしいんじゃなくて、ただ弱いだけ』と、認めるのが怖かった。口に出してしまえば、現実がより酷くなりそうで。
「キミだって、もうトリコになってるでしょ?オレとの刺激と、退屈じゃない日々が。」
彼の口付けは段々と勢いを増していく。俺が彼を否定しないのは、否定する理由が見つからなかったからだ。それに、がっかりしているのか、安心しているのかわからなかった。本音を言うなら、このまま勢いに任せてみても良いのかもしれない。
「……ごめんね。」
透明の血を流しながら彼は微笑んだ。その笑顔は月のように淡く、夜のように無限の闇が広がる。彼の口付けは首をたどり俺の唇までやってきて、俺たちは身体を重ねた。俺が受け入れたのはどうでもよかったからだ。そう、言い聞かせた。ただの、子供の遊びだと片付けた。片付けたかったのだ。少しづつ楽しんできている自分を隠すために。イカれた社会で正常でいることは、おかしいことだ。おかしくなってしまった俺たちが社会に適応するためには、隠すしかないのだから。俺はいつだって、責任を世界に投げて息をする。
もしかしたら、これで満たされるかもしれないと期待したのだ。俺たちは似たもの同士の何も無い現実から逃げる子供だ。黒いキャンバスに何を塗っても暗いように、俺たちはただ交わって堕ちていくだけ。最後に残るのは空白の闇だけだった。
現実から目を離すと、後のことは考えなくなった。俺たちの関係が段々と特別になっていくにつれ、俺は光輝に嘘をつくことが難しくなりつつあった。以前、光輝がおそろいが欲しいと買ってきたパーカーを着て、コンビニにスイーツを買いにきた。
「なにがいいの?」
「んー……ロールケーキ。」
「冬夜くんって甘党だよね〜。オレは辛いラーメン買ってくるから選んだら言って。」
「お前って本当に金持ちだよな。心の余裕って金の余裕で生まれるものじゃん?だからお前っていつも余裕そうに見えるのかな。」
「そう?まぁ確かにね。冬夜くんも初めて会った時よりは断然余裕が出たよね?オレのおかげかな〜?」
「まぁ、そうだな。」
光輝は両親と過ごした時間は長くないらしい。仕事でいない両親の代わりにたまにお手伝いさんが来て、掃除や料理だけ作る、ただそれだけだったから、家族というものを知らないらしい。弟の智也くんとは仲が良さそうに見えたが、俺が来る前まではあまりそうではなかったらしい。
光輝はずっと智也くんに劣等感を抱いていた。対して智也くんは光輝の明るさや、友人に憧れを抱いていた。
両親から失望され、弟ばかり褒められていた光輝と、勉強しかできないせいで友達も出来ず、誰とも関われない智也くん。お互いを羨ましがってお互いに劣等感を抱いていた。こんなに複雑な兄弟がうまれたのは、きっと両親のせいだろう。他人が口を出すことではないものだから、彼らが両親の話をする時、俺はただ相槌を打つだけ。
子供は環境に適そうとする。そうすることでしか生きられないから。まだ未熟な子供とは手探りで生きていくものだ。子供は思っているよりも賢いもので、空気を読むことが出来る。だが、人生経験がない子供はなにも分からないもので、大人は積み方を知っていても、子供はまだ知らない。だから子供は一度崩されてしまえば、立て方が分からなくなる。大人の助けがないとなると、周りを見て真似するだけの猿真似になる。
それが間違っているかもわからないから、不完全なまま育っていく。そうしてできたのが光輝だ。俺だけが知っている光輝は、実はすごく繊細で、愛を知りたいという気持ちを抱えたまま生きてる不安なやつなんだってこと。
「冬夜くんはさ〜、よく今まであの母親の元で生きてこれたよね。どうやって生きてたの?」
「……別に昔はあんなんじゃなかった。元々不安定な人ではあったけど、俺が中学生のころ、親父の不倫が分かってからあんな風に壊れた。親父は母親のヒステリックさに耐えられなくなったのか、呆れたのか。他にマシな女を見つけて逃げたんだろ。」
そもそも母は、父親を愛していただけで、俺は父親を愛す過程でたまたまできた副産物だ。母が俺に優しかったのは、父の血が入ってるから。子供が入れば父が逃げないとでも考えていたのだろう。父がいなくなれば、父の血が入った俺を父として見るようになった。
「ヒドイね〜。中学生なんてコドモには逃げ道なんてないっていうのに、コドモを置いて逃げるなんて。」
「……お前も、家族とかあんまり知らないだろ?」
「オレは冬夜くんと家族になりたいからさ!」
「……なりたい|、なのか。これ以上どうやったら家族になれるんだ?」
「えっ」
カップ麺をカタンと落とした光輝は数秒経って気づいたのか慌てて拾って、お菓子コーナーへ足早に向かった。俺はフードを被って赤くなった顔を誰にも見られないようにした。少しサイズが大きいパーカーは光輝と同じサイズだ。光輝は一見ヒョロそうに見えるが、意外とガッシリとした体格で、身長も光輝の方が高い。あまった袖を見て体格差を実感し、胸の音が大きくなるのも誰かに聞こえていないか心配なほどだった。
コンビニを出て、買ったお菓子を持って犬みたいな笑顔を見せた光輝は俺の手に三粒のグミを出した。
「オレさ、中学の頃はめちゃくちゃ勉強してたんだよ。でも、いくら勉強しても点数は上がらなくて。ガンバってガンバってガンバってたら、なんでやらなきゃいけないのかがわかんなくなった。」
「……人が一番壊れやすい理由って、苦しいからじゃなくて、終わりが見えないからなんだって。真面目に勉強 勉強 勉強してるやつなんて、イカれてるだろ。お前は気づいただけなんじゃない?現実を見すぎちゃったら、そこで終わりだろ。」
「……オレも、努力できる人だったらな。『努力すれば報われる』とか、『努力はできるだろ』とか言われるけど、俺はそうは思わない。努力も才能でしょ。そんなこと言ってる奴はできる側の人間だからでしょ。バカだなぁ。」
「……馬鹿だよな。こんな社会をつくったやつの顔を見てみてぇよ。糞雑な社会構成にしやがって。」
「本音で生きてるやつほど気持ち悪いもんはないってね。」
くだらない話をしながら暗くなった夜の下手を繋いで月明かりの下を歩いて帰っていく。その後ろ姿は社会不適合者みたいだったが、俺はそれが世の中の言う底辺なのだと、わかっていたのだ。