テラーノベル
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五話 過去の将来
※一部暴力シーンが含まれます。
光輝と過ごす時間が増えていく度、俺は徐々に色が見えるようになってきた。といってもまだハッキリと見える訳じゃない。強い赤や青色がわかると言うだけだ。光輝の絵も、極たまに描くようになって、初めて描いたときよりは確実に成長しているのが目に見えた。
「冬夜くんはなんでそんなに絵が上手いのに、絵を描くのやめちゃったの〜?色が見えないってキツイと思うけどさ、白黒の絵でもカッコよくね〜?」
「…………別に。最初は、色が見えなくなったからやめた訳じゃなかった。」
昔から絵を描くのが好きだった俺は中学校で美術部に入った。絵は好きだったが、得意という訳ではなかった。俺には幼稚園の頃からの親友がいて、その親友は優秀で完璧だった。頭も良く、運動神経も良い、顔もスタイルも良くて、歌も絵も上手い。そしてダンスも料理も上手い彼は、昔から俺の嫉妬の対象だった。
昔から俺は彼と比べられ続けてきたのだ。比べられたと言うよりは、自分が一番比べていたのかもしれない。
中学に入って彼も美術部に入った。先輩や同級生はみんな彼の絵に惹かれ、彼を褒め讃えた。横にいた俺はその賞賛の声を流すようにで聞きながら一人で静かに絵を描いていた。
だが、そんな俺の絵を褒めてくれたのは美術部の顧問だった。顧問は俺の絵を褒め讃えてくれたのだ。良い点もアドバイスも色々とくれた。俺はそれがやりがいになりつつあった。俺の絵を褒めてくれたのは親友の次に先生が初めてだったのだ。俺はどんどん美術にのめり込むようになっていった。
ある日、みんなが帰った後も俺はキャンバスに色を置いていた。そのときは三年生に向けての卒業制作の期間だった。
「おぉ、お前は熱心だな。まだ残っていたのか。」
「先生!今週中に終わらせたくて。みんなより遅れていますし。」
「ふーん……お前の絵は綺麗だなー。特に曲線が綺麗だ。なんでここに青色を入れたんだ?」
「青春のような透明感を出したかったので、黒色よりも青色の方がいいと思いまして。」
「…………――――――。」
「え?何が言いました?」
その日は雨が強く、外も霧がかっていた。もうすぐ雷が落ちそうなほど暗くなってきていた。そろそろ帰らねばと片付けを始めた俺を止めるように先生は手を重ねてきた。
「……先、生?どうしたんですか……?」
その時の先生の瞳は、今までたくさん見てきた真っ黒な闇だった。俺は恐怖を覚え、すぐに手を引っ込め彼から距離を取るように後ずさりした。先生はこちらを見ているようで、見ていないような、なんとも不気味な感じで一歩ずつ近づいてくる。
「お前は、顔が綺麗だよな。……その細身な身体も、綺麗だ。」
恐怖で言葉を発せなかった俺は逃げるべきだと脳が叫んでいるのを聞き取り、急いで走ろうとしたが、水の入ったバケツに足が引っかかって転んでしまう。
「お前はバカだよなー。でも、そんなところも可愛くて綺麗だぞ。」
「先生!どうしたんですか?!もう、帰りましょうよ……!」
「俺は!!お前が綺麗だから好きだったんだ。お前のゴミみてぇな絵が良いなんて思っことねぇよ。俺が見てたのは絵じゃねぇ。お前だ。」
「でも!!先生は俺の絵が上手いって――」
「は?お前には才能がない。俺は才能のないやつに教えるほどお人好しじゃない。お前には最初から教えるつもりなんてなかったんだよ。まぁ、お前よりは──の方が上手いんじゃないか?……まさか、本当に自分の絵が褒められてると思ってたのか?」
俺は瞬時に悟った。先生が見ていたのは絵じゃなくて、俺の身体だったんだ。俺の絵は一回も褒められてなんかいなかった。この人が欲しかったのはただの身体。それ以上でもそれ以下でも無い。
床に押さえつけられ、少しばかりの抵抗をしていた俺は急な落雷の音で固まってしまった。
雷が落ちた光で教室内が明るく照らされ、その光で見えたのはキャンバスに描かれた目が俺を見下ろしていることだった。
俺は逃げられるならその闇のような目に入り込んでしまいたいと思うほどだった。中学生の中でも細身な方だった俺は、成人男性の力に勝てるはずもなく、ただ諦めて暴力を受け入れるしかなかったと、虚無を貫いていた。
そのときに扉が勢いよく開く音がし、俺たちが同時に扉に目をやると、そこにいたのは俺のご立派な親友だった。
彼は教室に忘れた課題を取ってから帰ろうとしていたときに窓から中が見えたらしい。親友は雨でずぶ濡れになった状態で、他の教師も引き連れて美術室へ乗り込んできた。
顧問はすぐに捕らえられ、俺は保護された。俺は確かに襲われる恐怖がずっと身体に残っていたが、何よりも鮮明に繰り返されたのは『お前には才能がない。』何度も言われてきた言葉だ。才能がないから諦めろと、何度も何度も言われ続けた。
俺は自分の目で見てきたからわかるんだ。努力は才能に勝てない。努力でどうにかなるだの言っているやつはできる側の人間だからだろ。俺は帰宅後すぐに部屋に置いてあった絵やキャンバス、机上にあった絵の具も全てを散らかし、全てを破り捨てた。
俺は筆を捨てた。やめるべきだと、 何よりもそう囁いていたのは、俺だったから。それから毎日が退屈になり、つまらなくなった。今まであったものがなくなって、ぽっかりと穴が空いたようだ。それから徐々に色が見えなくなっていって、ついには白黒しかわからなくなってしまった。
あの事件以降、改めて感じたのは、俺はあいつには勝てないという劣等感と、自分の無力さを痛感したということ。
結局、あの教師は証拠不十分ということで、すぐに釈放されたが、学校からは追い出された。母は特にその教師を怒鳴りつけることもなく、『そうですか。』と一言発しただけだった。
大人たちの身勝手さに、その雑さに、俺は苛立ちを感じていたのだ。その苛立ちを呑み込むことしか出来ない現状にも。
「――……まぁでも、俺は光輝といると、生きやすいよ。」
「じゃあ、俺がキミの色になってあげるよ!」
光輝は出先や、食べ物など、それらがどんな色なのかよく教えてくれた。俺は日々の彩りを取り戻しつつあった。
俺たちが高校三年生になったころ、穂高から加奈さんと付き合えたと報告が来た。
(加奈と付き合えた。これもお前らのおかげだ。ありがとう。)
(イェーイ!冬夜くーんうちにも彼ピできたで〜♪)
加奈さんは一見ギャルだが、優しくて空気が読めるような真面目な人だ。穂高は小学生の頃から加奈さんのことが好きだったらしく、俺たちも度々相談に載っていたので、歓喜の声を上げて二人にプレゼントを贈ったりと、かなりのお祝いをした。
光輝は穂高の恋が実ったことがとても嬉しいらしく、二人に会った時は涙まで浮かべるほどだった。犬のようにしっぽを振り回して飛び回る光輝を、いつもは落ち着けと止める穂高が『今日ぐらいは』と笑みを浮かべて見守っていた。
例えるなら、光輝は犬で、加奈さんは猫で、穂高は狼みたいだ。
「冬夜くんたちは〜?今何年目なん?」
「え?」
「一年二ヶ月十七日!冬夜くん覚えてないの〜?二周年だからっていっぱいお祝いしたじゃん!」
「そこまで細かく覚えてねぇんだよ!!……そんなに経ってたのか。」
通りでいきなり花やらケーキやら買ってきた訳だ。三年生に進学して、卒業後のことを考えるようになって来た。卒業後はなんの仕事につこうか悩み、光輝たちはどうするのか聞いてみたくなった。
みんなでお祝いをした後、今夜はみんなで夜ご飯を食べたいとなり飲食店へ向かっている途中で少し話を切り出してみた。
「う〜ん、うちは学校とかいって、美容師とかなりたいな〜。誰かをチョーカワイくすんの大好きだし!」
「俺はまだ決まってないけど、建築家とか運転手とかは憧れる。まぁ、妹たちのこともあるし、大学は行かないかな。すぐに就職すると思う。」
「へぇ〜穂高がそっち行くとは思わなかった。サッカー上手いし、スポーツ選手とかかと思ってた。」
「スポーツ選手で食べていくのは難しそうだし、できるだけ安定した仕事につきたいんだ。……光輝は?」
「ん〜……特に夢なんてないんだけどな〜。やりたいもんもないし。どうしよっかな。冬夜くんは?」
「俺!?俺は……なんかつくる系が良いな。」
高校までは大体予想ができたけど、いざ卒業して就職となると未来が全く見えなくなる。
大人になった自分が想像できなくて、今の俺がなにをしたいのかもあまり分からない。光輝も同じようで、本当に悩んでるいるらしいが、いつもの余裕そうな顔であまり危機感を感じていないようだ。
帰宅後、光輝と寝る準備をしていると、光輝が将来的なことを話出そうとした。光輝の表情は変わっていなかったものの、言葉には少し不安が感じられた。
「冬夜くんが画家になったら、俺はプロデューサーになろっかな〜。」
「やめろよ。多分俺は画家にならないと思うし。」
「え〜なんで?じゃあじゃあ、俺はなんの仕事が向いてると思う?」
「う〜ん……」
光輝の向いてる仕事と問われてみれば、意外となんでもできそうだと感じた。美容師やファッションも流行に乗れる光輝なら流行の最先端になれるだろう。
飲食店などでも、ほぼ毎日自分でご飯を作ってきた光輝はとても美味しいご飯を作れる。
パソコンや編集作業なども、機械上手な光輝なら簡単にこなせるだろう。どれが特に向いているかと聞かれれば何を選ぶべきか迷ってしまう。
光輝は技術があるが、自分だけのありのままの個性というものがあまり無い。自分からなにかを作れないのだ。
「光輝は……飲食店とかは?お前のご飯美味しいし。」
「あ〜料理か〜!でも〜冬夜くんが美味しそうに食べてくれるから作れるだけなんだけどな〜。毎日死ぬほど料理作んの絶対キツいって!」
「どの仕事もキツいもんだろ。」
そうこう言ってるうちに進路を決めなければならない時は着実に近づいていた。それはいずれ来る俺たちの別れの時でもあった。
「……あ〜、オトナなんてなりたくないな〜」
「…………」
逃げるか?なんて言えたら、楽だっただろうか。その白く透き通る手を取れたなら、俺たちはシアワセとやらを感じ取れただろうか。
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