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深層の空間。
闇も光も混ざり合うその場所で、ふたりの“ないこ”が向かい合っていた。
ひとりは、現実へと帰ってきた“ないこ”。
もうひとりは、心の奥底に棄てられた声――冥晶。
ギターの弦が震えるたび、記憶の断片が空に舞った。
幼いころの無名の叫び。
届かなかった歌。
否定された言葉。
そして、それを誰にも見せなかった“ないこ”自身。
冥晶:「俺は、お前が壊れないように生まれた。
誰にも見せられない感情を、全部、背負うために」
ないこ:「……お前を捨てたのは、俺の弱さだ」
ないこ:「でもな、あのとき……そうするしか、なかったんだ」
冥晶はうっすらと笑う。
冥晶:「そう。だから、今こうして話せてる」
ギターが、同時に鳴った。
一度も合わせたことのない“同じ自分”の音が、重なり合う。
不協和音になってもいいと思った。
だけど、その音は意外なほどに澄んでいて――
痛いくらい、懐かしかった。
冥晶:「なあ、“ないこ”。お前の“初めての声”って、覚えてるか?」
ないこ:「……」
冥晶:「誰かに否定されたあと、それでも震えながら歌った、
あの最初の一音――」
ないこ:「……あれが、お前だったんだな」
冥晶:「そう。あのとき、お前の中に、生まれた“心”だった」
ふたりの影が重なりはじめる。
否定と肯定、拒絶と受容。
全部を経て、今ようやく“ないこ”という存在が、完成しようとしていた。
冥晶:「なあ――名前をつけてくれて、ありがとう」
ないこ:「……バカ、泣くなよ」
冥晶:「お前が泣いてんだろ」
互いの音が、ふたつの心を包み込むように響いた。
“ふたりで、ひとつ”。
それが、“ないこ”の本当のかたちだった。
その瞬間、深層の空間が静かに崩れはじめる。
分かたれていた内と外が、ゆっくりとひとつに繋がっていく。
ないこ(心の声):(これでやっと……)
*
現実――
ないこの部屋。
ギターを抱いたままのないこは、ゆっくりと目を開ける。
喉が、震えていた。
ないこ:「――あ……」
その声は、かすれていて、ひどく小さかったけれど。
確かに、“ないこ”自身の声だった。
次回:「第三十四話:戻った声、響く部屋で」