テラーノベル
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――新卒を機に始めた一人暮らし。この部屋ももう住み慣れて今や実家より落ち着く空間になっている。
見慣れた天井、いつもの風景を見ながら私は、何度も引き算をしていた。小学生で習うとても簡単な引き算だ。
32-21=11
私が二十歳の時、彼は九歳。私が小5の時に生まれて大学生の時は8歳。新社会人になった時は12歳。小6?そして彼は今、まだ新社会人になってもいない。
犯罪じゃない?
何をしても私が悪いってことになる。彼が言うように結婚することになっても絶対に反対されることは目に見えてるし、ここは大人な私が諭すべきところだということもわかっている。何で彼はそう意固地になっているんだろうか。たった数回あっただけのおばさんに。
彼が私にこだわる理由を色々想像してみるけど、何も思いつかない。ひょっとしたら年上好きというセンがあるかもしれない。それか、体目当て。すぐに出来る相手が欲しいってこと。彼女とは形ばかりの体のいい性欲処理相手……。そんなわけないか、彼なら相手に不自由しないだろうし、わざわざ私を説き伏せてそういう相手にするのはタイパが悪い。社会人の私は学生みたいにしょっちゅう会えないのだから。
じゃあ、何?
まさか本当に私のことを好きなわけはないのだから。
何、今。どんな状態なの、私。私たち。私が告白して、私が無かったことにしてって言ったのに、相手が引き留める。
これ、どういう状態なの。
30手前で恋人と別れ、結婚に焦っているのにこんなことをしている場合なのだろうか。
私は今、何に掴まったの?
正直、彼と私のつながりはメッセージアプリ、だけ。実際の電話番号も知らない、そんな危うい関係だ。彼は私の職場も家も知らない。職場の最寄り駅は知ってるけど。私も彼の大学もバイト先も家も知らない。大学がわかったとしても学生何人いるんだって話だし。
逃げようと思えばいける。けどな……。大人としてどうだろうか。常識という名の罪悪感が私を引き留める。
自分が常識人であることにバカをみてる気がするけど……。
電車の時間だってずらせばいいのにいつも通り。だって、大人なんだから自分の撒いた種くらい何とかしなきゃと思う。……大人なんだから。
「おはよ。んな、あからさまにやな顔しなくていいじゃん」
悪びれることなく笑顔で私の隣に立つ。私が嫌な顔してるの気づいても怯まない、変わったコ。
「ねえ、何が目的? 」
不躾な質問をされるとどんな反応をするか表情から読み取ってやろうとわざと強めの言葉を使った。それを悟ったか、彼は
「え、お金と身体と、いやがらせ」
そう言って屈託なく笑った。
「もう、ふざけないで」
「んじゃあ、俺の純粋な気持ちを疑うべきじゃないね」
そう言われて返す言葉が無かった。だけど、本当に?
「まぁ、まずはデートするとこからでしょ」
「だからー、ねえ私はつき合う気ないってば」
「違う、違う。間違ってるよ、それ。別れる気ないから。俺はね」
「ちょ、あのねえ」
「まさか、そんな酷いことしないよねぇ、いたいけな青年をその気にさせるだけさせて捨てるとか。あ、落とすのが趣味とか? 」
「ちょっと、声大きいって。誤解を招くような事言わないで。同年代かと勘違いしたのは悪かったけど……。そもそも惚れるような事してないでしょ」
「…………さあ、十分だと思うけど」
告白されたら好きになるってこと?まぁ、高校生とか学生ならある……?ないか。この子に限って。だって告白なんて何回もされてきたはずだもの……。
「とにかく、私は……」
「さあ、ここで縋ってみようか? 会社の最寄り駅だし、同じ会社の人、この車両に乗ってるかもしれないね、MKHD事業本部の東谷さん」
私の会社名を言ってにっこり笑う姿に、身体が強張ってしまった。
「え……何で知って……」
「……社員証。見えてるよ」
「あ……」
もうすぐ着くからとカバンの上部に出していたものが見えたらしい。
「あとつけたとでも思った? 」
「……そん、な。こと」
思った、けど……。口ごもると彼はははっと笑った。
「顔に出るなー。でも、付き合ってるなら知っててもおかしくない情報じゃない? 春美ちゃんだってさ、俺が学生じゃなくて同い年くらいで付き合い始めたら俺の職場がどこかくらい聞くだろう」
「うん……」
警戒しちゃって申し訳なかったなと思い、彼の顔を窺うと眉を下げて力なく微笑んだ。罪悪感で胸がぎゅっとなる。
「金曜、会社の飲み会あるって言ってたな。どこであるの」
「そりゃあ会社の近くだと思うよ」
「おっけ。じゃあ、迎えに行くから終わったら連絡ちょうだい。カフェででも時間潰してるから俺のことは気にしないで楽しんで」
「え、遅くなるよ。そんな遅くから会うの? 」
「土日休みでしょ」
「そうだけど」
「うん。じゃ、お泊りしよ」
え?お泊り……?
言われた言葉を認識しているうちに電車は最寄駅のホームに滑り込んだ。
「それじゃあ、金曜日。楽しみにしてる」
顔寄せてそう言うと、彼は降りる人の流れに私を乗せた。
押す時に触れた彼の手が妙に暖かくて心地よかったのを覚えてる。それから、近づいた時にふわりと爽やかな香りがした。
言えばよかったのに、すぐに無理だって。あとでメッセージを送ったっていい。
ただ、呆然と胸が高鳴ったことに自分で驚いていた。
男の人がプライベートゾーンに入ってくるの久しぶりで……何て言うか、免疫が切れている。恋愛経験のない女の子じゃあるまいし、自分がちょろくて嫌になる。
動揺、してる場合じゃないのよ。きゅっと唇を噛み背中に残る熱と鼻腔を抜けて脳が記憶した彼の香りに囚われないよう気を引き締めた。
コメント
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あおいです🤍 第10話、読みました。春美さんの「32-21=11」っていう計算、すごく胸に刺さりました。年齢差を自分に言い聞かせるように何度も繰り返す感じ、大人だからこその葛藤がリアルで…。彼が社員証を見て会社名を言ったシーン、一瞬ヒヤッとしたけど、その後の「つけたと思った?」って苦笑いが切なかったです。彼の真剣さと春美さんの戸惑いが交錯する距離感、とても好きです。金曜日、どうなるんだろう…ドキドキしながら続きを待ちます!
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