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「なぁ」
彼の事を考えないようにしようと努めていた私は、声をかけられて飛び上がってしまった。
「お、おはよう。びっくりした。三宅くんかぁ」
今日も三宅くんで慌てて笑顔をつくった。
「さっきからめっちゃ呼んでんだけど。怖い顔して動かないから、何かあったのかと思ったんだけど? 」
「え、いや。はは、ちょっと考え事」
訝し気にこちらを窺うから、もう一度へへっと笑って見せた。
「仲いいんだな」
「ええ、誰と? 」
「親戚。だって距離近くね? 身内とはいえあんな距離感て近すぎないか?小さい子じゃあるまいし、大学生だろー? 」
見られてたんだとサッと血の気が引く。
「電車混んでたからじゃない? 今の子ってあんなだよ。可愛いよね」
知らないけど。今のコがどんななのか。むしろ若い子の方が人との距離は十分とる気がするけど。
「へぇ。まぁ、いいけど。……お前もデレっとしてるから可愛くて仕方ないんだろう。俺も学生の頃はバイト先のパートのおばちゃんが『若い子はいいわね』なんて言って可愛がってくれたっけな。人懐っこいイケメン、さらに身内なら可愛くて仕方ないってことか」
「まぁ、うん」
すっかり身内で定着して勝手に納得してくれたからヨシとしよう。
パートのおばちゃんと若い男の子、という関係性や親戚のおばさんという立ち位置にしか見えないことに現実に戻された気がした。
いや、まぁ、そうだよね……。それよりニヤついてた自分にげんなりする。気持ち悪いな、私……。
『うん。じゃ、お泊りしよ』
そう言った彼の言葉が頭の中をぐるぐる回っているのに払いのけられずにいる。
はぁ、どうしよう。
だけど『まぁ、まずはデートするとこからでしょ』と言った彼には賛同する。デートかはさておき、こうなったらちゃんと向かい合って話をする必要はありそうだ。
――金曜日が来てしまった。
『お泊り』って随分可愛い言い方で吹き出してしまったけど、すぐに真顔に戻った。
男性と泊まるという意味がわからないわけがない。そういう意味だろうけど、早くない?と思ったり、付き合ってないのに?と思ったり、でもそんな勿体ぶるものでもないしな、などと感情のふり幅が忙しい。
ゆるり首を振った。
そんなことにはならない。だって、私は彼を説得するのだから。そう決心して家を出る。職場では一切考えないよう業務に集中した。そう、私の今のメイン柱は仕事なのだ。だから私は、転んだりしない。
就業時間が終わり、片付けを始めた頃、三宅くんが尋ねて来た。
「東谷、終わった? 」
「うん。もう出れるよ。どうかした? 」
「や、一緒に行こうかなーって」
「あら、主役と一緒に行けるの、私」
茶化すと三宅くんが苦笑いする。
「誰に声かけてるかわかんねぇし、変に下の奴声かけたら気使わしてパワハラにならねぇ? 」
「はは、考えすぎだって」
「でもさぁ、先輩に声かけたら金出してほしくて誘うみたいだし」
「まぁ、考えすぎかもしれないけど気持ちはわかる」
「なぁ、中堅って難しい年になったよ。同期が楽だわ、同期が」
「ん、そうだね。じゃあ、行こっか」
三宅くんと連れ立って店へ向かった。道々いろんな話をする。
「向こうも誰か同期いるの? 」
「ああ、東谷も新卒の研修で会ったことある人とか。話したことはないかもしれないけど」
「そっか。新卒の研修こっちだったもんね。って何年前よ」
「そだよ、その何年ぶりーにあった人とこれからやってく。何人かは辞めて、何人かは出世して。もう結婚して子供がいてって……ああ、育休中の人も戻ってくるって言ってたかな」
「そうだねー、そんな年だもんね。早い早い」
「しんみりすんなって」
「しんみりする日でしょうが、今日は」
「……そうだった」
そう、こうやって同期の三宅くんがいなくなるのも私からしたら変わりゆく時間の流れの一つだ。
途中、見覚えのある顔とばったり会って身をすくめた。
「ひっ」
驚いて声をあげてしまった。この後『お泊り』の約束をしている――彼、七瀬広睦(21)だった。どうしてここに?あ、もう待ち合わせ場所に来てる……ってこと?
「あれ、親戚の子? 」
「あ、ああ。ほんと、ほんとだね」
動揺が隠せない。彼は私たちの前でぴたり足を止めてにこり笑った。
「今から飲み会? 俺、適当に時間潰してるんで。じゃ、あとで。楽しんでね」
そう言って私に手を振って隣にいた三宅くんにも愛想よく一礼して去って行った。
「この後、あの子と約束があんの? 」
三宅くんが不審な顔で尋ねた。それはそうだ。この後、は夜遅くからになるのだから……。
「あ、えっと……」
何て言い訳しよう。何て言ったらいいんだろう。ぐるぐると考えを巡らしていたら、後ろから二人組の女性が私たちを追い抜いた。
「ねえ、さっきの男の子、すっごいかっこよくなかった? 」
「思った! 後つけちゃいたくなるレベル」
「等身やばー。大学生くらいかな? 」
「だね。どっか所属してそうじゃない? 」
「そうかも。インスタ聞けばよかったかな」
「写真上げたら誰か知ってそうじゃない? 」
はぁ、誰が見ても『大学生くらい』に見えることにもうんざりするし、注目を浴びることにも嫌になる。彼女たちが振り向いたタイミングで冷ややかな視線を投げた。
「盗撮じゃん……」
三宅くんが呟くと、2人は気まずそうにそそくさと立ち去り、進行方向を戻ることはしなかった。
三宅くんが、ふっと笑う。
「ヤバいな、あんな感じか、今の子たち。で、親戚くんはどっか所属してるの」
「してない……と、思う」
「そっか。じゃあ、なかなか大変だ。イケメンだもんな。いうて、東谷も美人だしな」
唐突に褒められて驚く。
「え、私? 何で私」
「いや、親戚。血のつながりあんだろ。あ、まあ姉弟くらいじゃないとあんま遺伝子関係ないか」
「ああ。うん」
そうだ。親戚と思われているんだった。何とも気まずい。
コメント
1件
うわ、もう金曜日が来ちゃったんですね……。主人公の「お泊り」という言葉に振り回される心情、すごくリアルで共感しました。「そんなことにはならない」と自分に言い聞かせる姿が切ない。三宅くんとの同期の別れの話も、時間の流れを感じさせてじんわり来ました。そして最後の七瀬くんとの偶然の遭遇、あの場面の緊張感が伝わってきて、続きが気になります!
LAST

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