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朝だった。
ぜんいちが目を覚ました時、
リビングの気配が、なかった。
テレビもついてない。
キッチンの音もしない。
「……マイッキー?」
呼んでも、返事はない。
テーブルの上に、メモだけが置いてあった。
少し距離置こう
連絡もしない
期限は決めない
短い文字。
言い訳も、感情も、ない。
「……は?」
声が、乾く。
距離を置く。
言葉としては、分かる。
でも――
こんなに静かに始まるものだっけ。
スマホを見る。
通知、ゼロ。
既読がつかないことに慣れていたはずなのに、
今回は意味が違う。
「……冗談、だよね」
独り言が、部屋に落ちる。
昨日の夜のことが、
頭の中で何度も再生される。
自分から言った、解散。
慣れたって、言った言葉。
(……俺が、言わせた?)
胸の奥が、じわじわ痛む。
昼になっても、
マイッキーは帰ってこない。
夕方になっても、
LINEは鳴らない。
「……ねえ、」
誰もいないのに、
声だけ出る。
「距離置くってさ」
笑おうとして、失敗する。
「こういうこと?」
答えは、当然、ない。
ぜんいちはソファに座り込む。
“解散”って言葉がない。
“カウントダウン”もない。
脅しが、ない。
それがこんなに、
きついとは思わなかった。
「……僕」
喉が詰まる。
「待つしか、ないじゃん」
縋る相手がいない距離。
確認する言葉も、ない距離。
これは罰じゃない。
駆け引きでもない。
選ばれなかった時間だ。
夜。
部屋の電気を消しても、眠れない。
ぜんいちは、
自分のスマホを伏せる。
連絡しないって、書いてあった。
だから送れない。
送ったら、
“距離を守れない側”になる。
(……俺)
(どっちに転んでも、負けじゃん)
天井を見つめながら、
小さく息を吐く。
「……慣れたって、言わなきゃよかった」
でも、
言わなきゃ続いてたかも、分からない。
この距離は、
ぜんいちが選んだ一言から、始まった。
だから、
終わるまで、耐えるしかない。
次にマイッキーが戻る時、
何を持ってくるのか。
それとも――
何も持ってこないのか。
ぜんいちは、
その答えを待つしかなかった。