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部屋は、ずっと静かだった。
時計の秒針。
冷蔵庫の低い音。
それだけ。
ぜんいちは、ソファに座ったまま動けずにいた。
「……冗談、だよね」
誰に聞くでもなく呟く。
距離を置くって言われてから、
連絡も、声も、姿もない。
それなのに――
“いない感じ”が、薄れていく。
理由は分からない。
ただ、背中が落ち着かない。
「……ねえ」
空気に向かって話す。
「嘘って言って、」
返事はない。
でも、独り言が止まらない。
「距離置くってさ」
小さく笑う。
「そういうこと?」
膝に肘をついて、
顔を伏せる。
「……僕、」
声が低くなる。
「待つしか、ないじゃん」
沈黙。
ぜんいちは、
無意識に部屋を見回す。
天井。
本棚。
編集部屋の角。
「僕だって」
ぽつり。
「嫌だよ、こんなの」
その言葉が落ちた瞬間――
別の部屋。
別の画面。
モニターに映るのは、
今まさに、同じ部屋。
同じソファ。
同じ姿勢のぜんいち。
マイッキーは、
椅子に深く座って、その様子を見ている。
何も言わない。
何もしない。
ただ、
“距離を置いているはずの相手”を
一秒も逃さず見ている。
画面の中で、
ぜんいちは立ち上がる。
部屋を一周して、
また戻ってくる。
「……解散って」
言いかけて、止まる。
マイッキーは音量を1つあげた。
「……言われなくなったな」
慣れた言葉。
効かなくなった言葉。
それを、
自分で確認するみたいに。
「嘘だったんかな」
そう呟いてから、
少し間を置く。
「……でも」
声が、かすれる。
「いなくなるのは、 嘘じゃないんだよな」
「….嘘のままでよかったのに」
マイッキーは、
その瞬間、目を伏せる。
でも、
画面は切らない。
ぜんいちは、
床に座り込む。
「……俺が言ったの、 間違いだった?」
自分で言った“解散”。
自分で慣れたって言った言葉。
それが、
今になって、重くなる。
「……戻ってこい、とは」
言わない。
言えない。
マイッキーは、
その沈黙を見ている。
“呼ばれない距離”を。
「……いい子だね」
「ぜんいち。」
小さく、独り言。
モニターの中のぜんいちは、
それを知らずに、ただ待っている。
距離は、終わっていない。
でも、完全にも切れていない。
それを決めているのは、
画面の向こう。
この夜、
マイッキーは戻らない。
でも――
ぜんいちが眠るまで、
ずっと、見ている。