テラーノベル
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大型バイクのエンジン音が、静まり返った深夜の下町に不吉に響き渡る。
志摩を背中に乗せたまま、俺は迷うことなくハンドルを切り
二十年前から時間が止まったような、あの入り組んだ路地裏へと滑り込んだ。
「……ここか。黒嵜、お前と拓海が出会った場所っていうのは」
バイクを捨て、志摩が周囲を警戒しながら銃を構える。
湿った壁の匂い。
錆びついたトタン屋根。
二十年前、親に捨てられ
飢えた獣のようにゴミ箱を漁っていた俺の前に、さらに小さな、震える「犬」がいた。それが拓海だった。
「ああ。あいつはここで、俺の差し出した乾いたパンを食って、泣きながら笑いやがった」
路地の突き当たり、街灯の届かない場所に、一台のコインロッカーが鎮座していた。
潮風にさらされ、番号さえ判別できないほど朽ち果てている。
俺はポケットから、病院で手に入れたメモリーカードの裏に刻まれていた『0929』という数字を思い出した。
あいつが俺に拾われた記念日だ。
震える指でダイヤルを合わせる。
カチリ、と場違いに軽い音がして、扉が開いた。
中に入っていたのは、古びたICレコーダーと、一通の茶封筒。
封筒には、拓海の拙い字で『兄貴へ』と書かれていた。
「黒嵜、早く中身を……」
志摩が促したその時、背後でカチャリ、と安全装置を外す音がした。
「そこまでだ、和貴」
振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。
榊原組の若頭補佐、大門。
俺とは何度も死線を潜り抜けてきた、武闘派の幹部だ。
だが、その隣には、顔を腫らした松田と、数人の組員たちが銃を構えて並んでいた。
「……大門さん。あんたまで親父の言いなりか」
「俺は組の存続を優先するだけだ。和貴、その封筒を渡せ。そうすれば、お前だけは命を助けてやるよう、俺が親父に掛け合ってやらんこともない」
俺は封筒を強く握りしめ、自嘲気味に笑った。
「助ける?拓海を殺し、俺をハメて、今さら何を……っ、大門さん、あんたは極道としての魂まで、あの代議士に売っちまったのか」
「黙れッ!」
大門の怒鳴り声が路地に響く。
「綺麗事じゃ飯は食えねえんだよ。時代は変わったんだ。いつまでも任侠なんて時代遅れな看板、背負ってられるか!」
一触即発の空気。
俺の指は、隠し持ったドスの柄に触れていた。
だが、俺の耳に、遠くから近づいてくる複数のサイレンの音が届いた。
「志摩……警察か?」
「いや、違う。この音は……機動隊だ。中臣が動いた。証拠もろとも、この区画を『掃除』しに来やがったってわけだ」
大門の顔が驚愕に歪む。
極道も、警察も、正義も悪も。
すべてを飲み込む、巨大な国家の闇が、俺たちの「原点」を塗り潰そうとしていた。
「……大門さん。あんたも売られたんだよ、あの代議士にな」
俺は封筒を懐に叩き込み、路地の闇へと走り出した。
復讐の火は、もう誰にも止められない。
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