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家に帰った僕は、玄関で立ちすくみ、何も考えず、ただぼうっと自分の足元をみていた。
頭が回らず、考える余裕なんてなかったのだ。
しばらくさると、奥の部屋から
「あら?帰ってたのね」
と、母さんが顔を出したかと思うと、僕の足を見るなり目を見開いて、
「えっ!?ちょっとちょっと、どうしたのよ!?その足!」
と、叫びに近い声を上げて、僕の方に駆け寄ってくる。そこでようやく、自分の置かれている状況を理解した。
「あ、いや、これは…」
僕は母さんから目を逸らし、俯いた。
しかし、母さんはすっと屈んで、僕と目線を合わせてくる。その目は、心配そうに僕を見ていた。
「もしかして……誰かにいじめられでもしたの?」
母さんがやや強い口調で訊いてくる。
「いや、そうじゃないんだ。ただ…。」
必死に言い訳を探す。「駿の家で死体を見て、怖くて飛び出してきたんだ」なんて、口が裂けても言えるわけがない。
「その、友達と靴飛ばしをしてて」
「靴飛ばし?」
母さんが怪訝な顔をする。
「そ、そう。そうしたら、靴を飛ばしすぎちゃって。靴下で歩いていたら、ガラスを踏んじゃったんだ」
我ながら、なんて下手くそな嘘だろう、と思った。僕みたいな暗い男子高校生が、友達と靴飛ばしをするわけが無いのに。きっと、今の僕が冷静だったら、もっとマシな嘘をつけただろう。こんな嘘で、母さんを欺けるわけがない…。
母さんはしばらく僕を見つめたあと、
「……言いたくないのなら…いいけれど」
と、悲しそうにそう言った。僕の言ってることが嘘だとは分かったものの、深くは聞いてこないようだ。安心感と同時に、なんともいえないような罪悪感を覚えた。
「……ほら、早くシャワー浴びてらっしゃい!お夕飯、もう出来ちゃうからね」
と、急かすように僕の背中を押した。
「わ、分かったから。入ってくるよ」
そう言って、浴室に向かおうと歩き出したとき。
「あ、今日のお夕飯は、透真の好きな唐揚げだよ」
優しい声で母さんににそう言われ、思わず泣きそうになったのを、ぐっと堪えた。
ひどく怪我した足の裏を洗いながら、ぼうっと考える。
どうして…逃げてしまったのだろう。
帰り際のあの時、駿はまるで、僕に助けを求めているかのようだった。手を伸ばして。きっと駿は、その手を取って欲しかったんだ。「僕がついてるよ」って、そう言ってあげられたら良かったのに。
…なのに、僕はその手を振り払うかのように逃げてしまった。
見捨てたのだ。親友を。
今度は自分が助けるだなんて、口先ばかりだ。結局は自分の事ばかりで。恩を仇で返す、とはまさにこういうことなのだろう。
それに、駿に訊きたいことだって、山ほどあったんだ。どうして、駿は、自分の母親を殺したりしてしまったのだろう。もう、駿に訊くことはできないのだろうか。
…どうして、僕が駿の家にいると分かったんだろう。学校にいる時から、駿は僕の行動を全て予測し見抜いているかのようだった。もしかしたら、全ての始まりだったあの日…。駿に僕の姿を見られてしまっていたのかもしれない。走って逃げていく僕の姿を。
なにより、あの切断された脚。
おそらく、駿は母親の死体をバラバラに切断し、どこかに隠したのだろう。その場所は検討も付かないけれど。
そういえば、トワくんは不思議に思っていないのだろうか。自分の母親の姿が見当たらないことに。もしかして、彼は既に知っていて…
そのとき、
「お夕飯出来たわよー。出てらっしゃい」
と、母さんの僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「うん」
と短く返事をし、僕はお風呂場を後にした。
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「かあさん、怒ってるか?」
そう訊くと、かあさんは暗い顔で俺を見下ろしたまま、「怒ってないわ、全然よ。かあさんのほうこそ、ごめんね、今まで。駿のこと、ちゃんと見てあげられなくて…」と小さな声で言う。本当に申し訳ないと思っているのだろう。俺は本当に、もう気にしていないのに。
「いいんだって、そんなこと。もう何も気にしてないからさ。あ、頭の方はどう?まだ痛む?ごめんね、強くやりすぎちゃって。ほんとごめん、痛かったよな」
「もう痛くないわ。心配しないで。それに、駿は悪くないわ。謝らないでちょうだい」かあさんのその答えに、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「あ、そうだ。俺、大学には行かないから。心配しないで、そこは。ちゃんと働くから。ご飯も3食毎日作るし、洗濯だってするし、掃除だってする。かあさんは何もしなくていいから。ただ、待ってくれればいい。俺がしあわせにするからさ。まあ、まだずうっと先だけど…」
そう言うと、かあさんは少しだけ照れたような、嬉しそうな口調で「えぇ、首を長くして待ってるわね」と言った。
俺の方も、少し格好つけすぎたかな、と思い、少しだけ恥ずかしくなった。
「…ああ。待ってて」
そう答えて、俺はゆっくりと部屋の扉を閉めた。