その日の夜、僕はトワくんに連絡をとってみることにした。日常的に連絡をとっているわけでは無かったため、最後に会話した時の日付は2ヶ月前だった。
《トワくん、ちょっといいかな?急にごめん》
僕はそう送信すると、スマホを置いてふぅっと息をつく。聞きたいことは山ほどある。けれどまずは、「母親」について聞かなければならない。お母さんの姿を最近見ていないんじゃないか、と。もしかしたら、既に、死体を発見しているかもしれない。しかしその方が都合が良かった。トワくんと協力すれば、事態は大きく前進する。分からなかった駿の私生活、母親との関係、もしかしたら、その他の、僕の知らないことも分かるかもしれない。
そんなことを考えると、ピコンとスマホの通知がなった。相手はやはり、トワくんだった。
トワ《透真さん、久しぶり。どうしたの?》
透真《ごめんね、急に。ちょっと聞きたいことがあって》
透真《トワくんのお母さんのことについてなんだけど》
トワ《おかあさんがどうしたの? 》
「気づいて、ない…」
トワくんはまだ、事態に気がついていないようだった。それなら、僕が残酷なことを教えてしまうことになる。本当にいいのだろうか。
透真《いや、駿からお母さんが風邪ひいたってきいたから》
僕は咄嗟に誤魔化す。
トワ《そうだったの?おかあさんとあんまり話さないから、気が付かなかったw》
透真《え、そうなの?》
トワ《うん。なんならあんまり顔合わせないよ。おかあさん、部屋にいることが多いから》
そうだったんだ…。
だから、母親の姿が見えないことにも、気が付かなかった。
つまり…駿とトワくんは、あまり母親と関わりがなかった…?
トワ《そういえばさいきん、お兄ちゃんはどう?》
透真《駿?》
トワ《うん。あんま学校のこととか話さないからさ》
駿のこと……。
僕は唾をごくりと飲み込んだ。
ここで決めなきゃいけない。ずっと立ち止まっているわけにはいかない。
少しずつでいい。今の状況を、トワくんに伝えよう。
透真《それが最近、元気がないんだ》
トワ《そーなの?》
透真《うん、何か知ってる?》
トワ《いやー?いつも通りだったけどな。元気がないって、どんなふうに?》
透真《僕もよく分からないんだけど…、もしかしたら、大学のことで悩んでるんじゃないかって》
透真《駿、大学行かないって言ってたんだけど、その日から、あんま元気ないように見えて》
透真《何か知ってたりする?》
トワ《大学かー、何も聞いてないな、ごめん》
透真《いや、謝らないで!ちょっと気になっただけだから》
透真《トワくんからも、駿の事聞かせてよ。駿の家の様子、あんまり知らないから》
トワ《お兄ちゃんは》
トワ《おかあさんと仲が良いよ》
……え?
お母さんと仲が良い?
どういう事だ?お母さんと、あまり顔を合わせないんじゃ無かったのか?
透真《そうなの?》
トワ《うん、ぼくはあんまり顔合わせないけど、お兄ちゃんだけはおかあさんと仲が良いよ。おかあさんは、お兄ちゃんを信頼してる。誰よりも。おかあさんは、ぼくよりも、お兄ちゃんのことが大好きなんだ。お兄ちゃんが何をしても、怒らないし、笑って許してくれる。お兄ちゃんは、誰よりも愛されてるんだ》
いきなりの長文に、僕は思わず息を呑む。
もしかしたらトワくんは、「お兄ちゃんが羨ましい」と言いたいのかもしれない。…いや。純粋な「羨ましい」という感情では無いかもしれない。そこには嫉妬、妬み、羨望…。そんな感情が含まれてるかもしれない。いや、そうにしか見えなかった。
トワ《あ、ごめん長くなってwまあとにかく、お兄ちゃんはそんな感じだよ》
透真《そっかー。ありがとう、トワくん》
トワ《うん、またいつでも聞いてー》
トワくんのメッセージに、僕はお辞儀をするクマのスタンプを送り、はぁ、と溜息をつく。
これじゃ前進するどころか、後退してしまった。
駿のことが、余計分からなくなる。
そんなに愛してくれていた母親を、一体どうして殺してしまったのか…。
ぐるぐると考えていた僕だったが、そのうちひどい眠気に襲われ、力尽きたように眠ってしまっていた。
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「かあさん、気分はどう?」
相変わらず暗い顔で俺を見下ろすかあさんに問いかける。すると、「平気だよ。それより、今日のご飯はなあに?」と、いつもの優しい口調で尋ねてきた。
「今日はね、かあさんの好きな肉じゃがだよ。良いお肉がなくて、家にあった適当なのを使ったから、あんまり美味しくないかも」
「そんな事ないよ。駿の作るご飯は、いつも美味しいから」かあさんの言葉に、俺は嬉しくなって、「だろっ?」と、ガッツポーズをしてみせる。
「じゃ、ご飯にしようか。」
俺がそう言うと、かあさんは嬉しそうに身体を揺らした。
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