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転職を考えている――
そう優一郎に聞かされたあの日から、一週間が経った。
あのとき環奈は、
震える声で「好きです」と伝えた。
優一郎も「特別だと思っていた」と答えてくれた。
けれど、それからふたりは、
あえて「恋人になる」とは言葉にしていない。
仕事はある。
優一郎の決意も、まだ変わっていない。
ふたりの関係は、今も少しだけ宙に浮いたままだ。
***
土曜日の午後。
環奈は、優一郎と約束したとおり、街中の静かな公園にいた。
木漏れ日がやさしく降り注ぐベンチに、優一郎が現れる。
「……来てくれて、ありがとう。」
「ううん。……呼んでくれて、嬉しかった。」
ふたりは自然に隣同士に座った。
「実はね、あのあと、転職の話……一度保留にしたんだ。」
「……え?」
環奈は驚いて顔を上げる。
「環奈さんに告白されたあの日、すごく揺れた。嬉しかったし、でもちゃんと向き合わなきゃって思った。
僕にとって、この気持ちは一時的なものじゃないって……。」
少し言葉を選びながら、優一郎は続ける。
「環奈さんと一緒にいる未来を、ちゃんと考えてみたんだ。
……そうしたら、“ここ”に、まだいたいと思った。」
「……。」
環奈の目に、静かに涙がにじむ。
「もちろん、いつか別の道を選ぶことはあるかもしれない。
でも今は、それよりも――君のそばにいたい。」
言葉の最後は、やさしく確かだった。
「環奈さん。俺と、付き合ってくれますか?」
彼の手が、そっと差し出された。
環奈は何も言わず、でもしっかりとその手を握った。
「……はい。よろしくお願いします。」
それは、確かな始まりだった。
***
夕方。
ふたりは並んで歩く。
特別なことは何もない。
けれど、見える景色が少しだけ色づいて見える。
「不思議ですね。こんなふうに、隣を歩くだけでこんなに嬉しいなんて。」
「うん。何気ない時間が、一番大事だったりするから。」
「……これからも、たくさんこういう日を過ごしたいな。」
「うん。約束する。」
秋の風が少しだけ強く吹いた。
けれど、環奈の手は温かいままだった。
彼とつないだこの手は、
きっと、これから先の人生でも手放さない。
それが、環奈の「恋のはじまり」の答えだった。