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午後の授業が休みになった喜びを嚙み締める間もなく、アシェルに抱き上げられたノアはビックリ仰天する。
そして、オロオロとしている間に気付けばホールを出て廊下を進んでいた。抱き上げられたままの状態で。
「ちょ、あの……殿下!?」
「ノア、動いたら危ないよ。大人しくしてて」
身動ぎしたノアを嗜めるように、抱き上げるアシェルの腕が強くなる。
「ダメです、殿下。今すぐ、降ろしてください!!」
「だぁーめ。このままでいて」
「っ……!?えぇーもぉー」
思わず不満の声を上げたノアだが、それで終わりにはしない。
なぜなら、まだ晩夏の今日は、いつにも増して暑いのだ。
「殿下、一人で歩くのは危ないですよ。私が手を引きますから」
「ああ……なるほど。でも、今日はすこぶる調子がいいから大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「うん、珍しくね」
「それは何よりです。良かったですね」
「ははは」
ご都合主義なアシェルの発言を聞いても、ノアはぱっと笑みを浮かべるだけ。
涼しげな笑みを浮かべるアシェルの後ろには、護衛騎士のイーサンとワイアットがいる。
二人は呆れ切った表情で「へーそうなんだぁー。そりゃ、初耳で」とつぶやいている。もうアシェルのご都合主義の台詞には慣れっこだ。
しかしノアは、いつまで経ってもアシェルの言葉を純粋に信じている。とはいえ、彼の調子が良かろうが悪かろうが、抱き上げられたままで移動するのは辞退したい。
「……あのう、殿下。逃げたりしませんから。降ろして貰えませんか?」
「ははっ、私はノアが逃げるなんて思っていないよ。それに目的地はもう目の前だから」
「へ?……あ、そうですか」
「そう。ノアを降ろしている間に到着できる距離だよ。だから、もう少し大人しくしてて」
「はぁ」
曖昧にうなずき視線を前に向けると、馴染みのある扉が視界に入った。
アシェルが言った目的地とは、どうやら彼の執務室のようだ。ならば、すぐに降ろしてもらえるか。
ノアが、ほっとしているうちに、アシェルは室内に入り小声でイーサンに指示を出す。
弾かれたように駆け出して行ったイーサンを横目に、アシェルはそっとノアをソファに降ろした。
「じゃあノア、靴を脱がすね」
「は?……え、ええっ!?」
いつからソファに着席するときは、土足厳禁になったのだろうか。
ノアは目を白黒させながら、アシェルを止めようとするが、アシェルは素早い動きで靴を脱がしてしまった。その手つきは、到底盲目とは思えないもの。
それだけでもノアは驚きなのに、アシェルの手はまだ止まらない。
「靴下も脱がすね」
「はいいいい!?」
たとえ雇用主からの命令であっても、さすがにそれはダメである。
なぜなら、本日は普段のものではない。ダンス用の靴下──いわゆるガーターストッキングと呼ばれる代物を履いているのだ。それは、太ももまでの長さがある。
「それはダメです!殿下!!」
ノアは、今まさにくるぶしの位置からスカートの中に入ろうとしている不埒な手を、力任せに握った。
それなのに、手の持ち主は苦笑するだけだ。
「ノア、私は目が見えないんだから、恥ずかしがらなくても大丈夫。変なところは触ったりしないから」
「それでもダメ!ダメなんです!!」
スカートの中は、既にもう変なところなのだ。それ以外の変なところなんて、ノアの知識にはない。
ちなみに側近その2であるワイアットは、じゃれ合う二人の邪魔にならぬよう壁と向かい合い気配を消している。
「ノア、すぐに済むから」
「いやいや、ダメですってば───……あ、じゃあ、私、自分で脱ぎますからっ」
貴族令嬢なら肌着の一部と言われている靴下を自ら脱ぐのも、他人から脱がされるのも、羞恥で卒倒してしまうだろう。
だが貧乏孤児院育ちのノアは、この季節素足でいるのがデフォルトだ。何ら、抵抗はない。
ノアはアシェルの手を避けると、自ら靴下を脱ごうとしたけれど、その瞬間、トンっと肩を軽く押されてしまった。
不意を突かれたノアは、そのままソファに寝そべる姿勢になってしまう。
「へ?……っ!!」
くるりと回った視界に間抜けな声を出したけれど、すぐに節ばった手を足に感じてノアは息をのむ。
倒れた拍子に、アシェルがスカートの中に手を突っ込んだのだ。
待って!と止める間もなく、その手は素肌に触れることなく靴下を脱がしていく。もちろん、片方ではなく両足とも。
(なんで??……ええ???)
手際がいいことにこそ疑問を持つべきだが、ノアはそうまでして靴下を脱がしたい理由を考える方を選んでしまった。
「殿下……私の靴下に興味が!?」
「靴下には興味ないけれど、その中身に興味があるね」
なんだか際どい会話をしているような気がしたが、アシェルの次の発言で、靴下を強制的に脱がされた意味がわかった。
「ああ、やっぱり皮が剥けてる。相当痛かっただろう?」
眉を下げながら、アシェルはノアの足の裏を履くように撫でる。
繊細なガラス細工に触れるより優しい手付きに、痛みはない。けれどゾワゾワと背中から何かが這い上がり、ノアはモゾモゾと身じろぎをしてしまう。
「あ、ごめんね。これだけでも痛いみたいだね」
更に眉を八の字にするアシェルに、ノアはぶんぶんと音がするほど首を横に振る。
(なるほど。殿下は、私の足の裏の皮を心配してくれていただけなんだ)
一人で勝手に不埒なことを考えていたノアは、心の底からアシェルに対して申し訳ないと思ってしまった。