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ギプスをつけている間の生活は。
阿部が想像していたより、ずっと幸せだった。
朝、目を覚ませば目黒がいる。
「おはよう、あべちゃん」
「おはよう」
着替えを手伝ってもらって。
一緒に朝ごはんを食べる。
髪を結ぶのが難しい日は、目黒が不器用な手つきで結んでくれた。
「……変じゃない?」
「ちょっとだけ」
「やり直す」
「いいよ。このままで」
そんなくだらないやり取りすら、楽しかった。
昼間は一緒に映画を観たり。
阿部が勉強している隣で、目黒が台本を読んだり。
仕事がある日も、できるだけ一緒に行って、一緒に帰った。
夜になれば。
目黒がお風呂を手伝って。
髪を乾かしてくれる。
「もう慣れたね」
「俺、あべちゃんの髪乾かすの上手くなったでしょ?」
「うん。美容師さんになれるかも」
「じゃあ毎日やる」
「それは大変だよ」
笑い合う。
本当に。
幸せだった。
___________
だからこそ。
苦しかった。
日に日に腕の痛みは減っていった。
最初は少し動くだけでも辛かったのに。
今では、左手だけでできることも増えた。
病院へ行くたび。
「順調ですね」
そう言われる。
本当なら喜ぶことなのに。
「……よかった」
阿部は笑いながら。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
順調に治っている。
それはつまり。
この生活の終わりが近付いているということだった。
___________
目黒には言えなかった。
怪我なんて早く治したい。
仕事にも戻りたい。
一人でできることも増やしたい。
全部、本当だった。
でも同じくらい。
この時間が終わってほしくなかった。
ずっと一緒に朝を迎えたい。
何でもない昼間を隣で過ごしたい。
夜になったら一緒に眠りたい。
こんなに長く一緒にいられることが。
こんなに楽しいなんて。
知りたくなかった。
知らなければ。
元の生活に戻ることを、こんなに怖いと思わなかったのに。
だから、夜だけ。
kaede🍁
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おその★
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#❤️💙
みら

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部屋の明かりが消えて。
目黒の規則正しい呼吸が聞こえてきて。
眠ったことを確認してから。
阿部はひっそり泣いた。
目黒の腕の中で。
声を殺して。
涙だけを流した。
幸せだった。
今日も一日一緒にいられた。
明日もきっと一緒にいられる。
それなのに。
幸せだと思うほど。
その先にある終わりが怖くなった。
……めめ。
聞こえないくらい小さく呼ぶ。
眠っている目黒は答えない。
それでも。
阿部を抱く腕は離れなかった。
阿部はその腕に、そっと左手を重ねる。
――ずっとこうしていたい。
何度も浮かんでは。
何度も飲み込んだ願い。
一生そばにいる。
あの日。
目黒がくれた言葉を思い出す。
信じている。
目黒が嘘をついていないことも分かっている。
それでも。
一生一緒にいることと。
毎日一緒にいられることは違う。
仕事をしていれば。
離れて過ごす時間は必ずある。
そんな当たり前のことが。
今はどうしようもなく悲しかった。
……ごめんね。
阿部は小さく呟いた。
こんなに幸せにしてもらっているのに。
もっと欲しいと思ってしまう。
朝も。
昼も。
夜も。
ずっと。
目黒の時間を全部欲しいなんて。
言えるはずがなかった。
だから昼間は笑った。
目黒と過ごせる一日を、精一杯楽しんだ。
そして夜だけ。
目黒の腕の中で泣いた。
幸せだった。
本当に。
今までで一番と言っていいくらい。
一緒にいられる時間が楽しくて、幸せで。
幸せになればなるほど、いつか元に戻ることが苦しかった。
阿部は今夜も。
大好きな人に抱き締められながら。
その幸せを失う日が少しずつ近付いているような気がして、誰にも気付かれないように涙を流した。
___________
診察を終えると、医師はレントゲンを確認しながら笑った。
「順調ですね。もうすぐギプスも外せそうですよ」
「……本当ですか?」
「はい。あと少しですね」
「よかったです」
阿部は笑った。
ちゃんと、嬉しかった。
痛みもほとんどなくなった。
仕事にも戻れる。
一人で着替えられるし、お風呂にも入れる。
目黒に何もかも手伝ってもらわなくてもよくなる。
ずっと望んでいたはずなのに。
病院を出た瞬間、胸に浮かんだのは。
――寂しい。
だった。
___________
家に帰っても。
阿部はその気持ちを言えなかった。
「もうすぐ外れるって」
「うん」
「よかったね」
「……うん」
目黒の返事が妙に小さい。
阿部が顔を見る。
「めめ?」
「何?」
「……寂しそう」
「寂しいよ」
あまりにも素直に返されて、阿部は目を瞬いた。
目黒はソファに座ると、阿部を左側から抱き寄せた。
「ずっとこのままでもよかったのに」
「それは困るよ」
「分かってる」
目黒は阿部の肩に顔を埋める。
「治ってほしいよ。ちゃんと」
「うん」
「でも……。」
少し間があって。
「一生、縛り付けていたかった」
阿部は目を見開いた。
「……何それ」
「だって、あべちゃん逃げるから」
「逃げないよ」
「逃げるよ。仕事があるからって」
目黒の腕に少しだけ力が入る。
「ギプスがあったら、俺がそばにいる理由になるでしょ?」
「……。」
その言葉に。
阿部の胸が苦しくなった。
ずっと。
自分だけだと思っていた。
怪我が治ることを喜びながら。
この生活が終わることを悲しんで。
そんな自分を恥ずかしいと思っていた。
「……俺も」
「え?」
「俺も寂しい」
初めて。
ちゃんと言えた。
「ギプス外れるの」
目黒が顔を上げる。
「怪我は治ってほしいよ。でも……めめとずっと一緒にいられるの、すごく幸せだった」
言葉にしたら。
目が潤んだ。
「夜になると、終わってほしくないって思ってた」
「……あべちゃん」
「俺だけだと思ってた」
阿部は泣きそうなまま笑った。
「考えてること、一緒だったんだね」
目黒も少しだけ困ったように笑った。
「一緒だったね」
「もっと早く言えばよかった」
「俺も」
二人とも。
怪我が治らなければいいなんて、本気で願っていたわけじゃない。
ただ。
怪我を理由に手に入ったこの時間を。
手放したくなかっただけだった。
目黒は阿部の頬に触れた。
「あべちゃん」
「ん?」
「怪我が治っても、この気持ち忘れないでね」
「……この気持ち?」
「一緒にいたいって思ったこと」
阿部は黙って目黒を見る。
「仕事が忙しくなっても、一人で大丈夫って言わないで」
「……。」
「会いたかったら会いたいって言って。寂しかったら寂しいって言って」
目黒が優しく笑う。
「俺も言うから」
阿部の目から涙が落ちた。
ギプスが外れたら。
この生活は終わる。
でも。
ここで知った気持ちまで、終わらせなくていい。
「……うん」
阿部は目黒に身体を預けた。
「忘れない」
「約束?」
「約束」
少し考えて。
今度は阿部から目黒を抱き締める。
「俺も、めめのこと縛り付けておきたかった」
「じゃあ縛ってよ」
「仕事行けなくなるよ」
「それは困る」
「でしょ?」
二人で少し笑った。
それから。
阿部は目黒の胸元に顔を埋めた。
もうすぐギプスは外れる。
二人だけの長い休暇のようだった時間も終わる。
それはやっぱり寂しい。
でも今度は、寂しさを隠さなくてもいい。
「……めめ」
「何?」
「ギプス外れても、いっぱい一緒にいようね」
「うん」
目黒は阿部を抱き締め直した。
「一生ね」
今度は。
その言葉を怖いとも、申し訳ないとも思わなかった。
阿部は目を閉じて。
「……うん」
素直に、その一生を受け取った。
コメント
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読了📖 第5話、胸がぎゅっとなりました…。 阿部さんが夜、目黒さんの腕の中でこっそり泣くシーン、すごく切なくて。幸せだからこそ終わりが怖いって、その気持ち、すごく分かる気がしました。でも最後に「俺も寂しい」ってちゃんと言えたのが本当に良かった。お互いに縛り付けていたかったって気持ち、一緒だったんですね。ギプスが外れても、この時間で得たものは絶対に消えない。そう思わせてくれるお話でした。素敵でした🌷