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その日から、結名は毎日無一郎を気にするようになった。彼が学校にいる時も、帰り道で本を読んでいる姿を見かける度に、無意識に目が行く。けれど、無一郎は相変わらず自分から話しかけることもなく、彼女に興味を示すこともなかった。
「結名ちゃん、また無一郎くんのこと考えてるんでしょ?」
昼休み、結名は友達の真中(まなか)に声をかけられた。真中は結名の親友で、彼女が無一郎のことを好きだと知っている数少ない人物だ。
「ううん、別に…」結名は少し顔を赤らめながら答えた。
「隠しても無駄だよ。見てればわかるもん。」真中はにやりと笑って、結名の顔をじっと見つめた。
結名は少し照れくさくなり、視線をそらした。無一郎のことを考えるのは、つい日常になってしまっていた。彼が無表情でいるたびに、心の中で「もしかして、私のことを少しでも気にかけてくれてるのかな?」と期待してしまう自分がいる。しかし、その期待が叶うことは、なかなかない。
その時、無一郎が教室のドアを開け、静かに入ってきた。無一郎は何も言わずに席に着くと、再び本を開いた。
「結名ちゃん、チャンスだよ!」真中がささやく。
結名は少し考えた後、思い切って無一郎に声をかけることにした。
「無一郎くん、今日は放課後、図書室で一緒に勉強しない?」
無一郎は一瞬、結名を見たが、すぐに視線をそらして答えた。「別に…。」
結名の胸が一瞬痛んだが、すぐに笑顔を作った。「そうだよね、気を使わせちゃったかな。」
結名はすぐに立ち上がり、教室を出る準備をした。放課後、無一郎と一緒にいることができたら…そんな期待を抱いてしまっていたけれど、結局はまた無一郎の冷たい反応にがっかりしてしまった。
その日の放課後、結名は友達と帰る予定だったが、何となく一人になりたくて、途中で足を止めて図書室へ向かった。無意識に、無一郎がまた本を読んでいるのではないかという思いがあったからだ。
図書室のドアを開けると、予想通り無一郎が窓際で一人、本を読んでいた。結名は足音を忍ばせ、そっと無一郎の隣に座った。
無一郎は結名が近づいてきたのに気づいても、何も言わない。結名は無言で本を手に取ると、無一郎の隣で静かにページをめくった。二人の間には、何とも言えない静けさが漂っていた。結名はその静かな時間が、心地よいような、でも切ないような不思議な感覚を覚えていた。
そして、無一郎がふと本を閉じて顔を上げた。結名は驚いて視線を合わせたが、無一郎の顔は相変わらず無表情だった。
「…何か話したいことがあるなら、言えばいい。」
無一郎の言葉は予想外だった。結名は一瞬言葉を詰まらせ、少し照れたように笑った。
「ううん、何も…ただ、なんとなく、隣に座ってみたかっただけ。」
無一郎はしばらく黙って結名を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「…そう。」
その短い言葉に、結名はまた胸がドキッとした。無一郎が心の奥で何を考えているのか、それを知りたくてたまらない。でも、無一郎が自分にどんな気持ちを持っているのかは、まだ遠く感じた。
その日は結局、無一郎とあまり話すことはなく、結名は一人で帰ることになった。しかし、無一郎が「話したいなら言えばいい」という言葉をかけてくれたことに、結名は少しだけ希望を感じていた。
彼の心の中に、自分が少しでも入り込めているのなら…。
つづく
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