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砂場さんの他作品でも見かけるのですが、つぼ浦を太陽に例えるのが解釈一致すぎるしめっちゃ好きです!!💕 片想いなんて、バッドエンド一択なのに…どうしてパピエンなんだ、?? 青井が血を飲みたくない理由も本当に真のあるもので、思わず涙を誘われました😭✨ gtさんの、「かじるより、かじられたい」と言う性癖がまさか小説になるとは思いもしませんでしたw
「夜に沈む日」
🟦←🏺 片思い
5
ぽたり、温かい雫が唇に垂れる。青井の喉を何かが通り抜けた。
それは言葉にならないほど熱く甘く、まるで生命そのもののような味だった。今にも身体を支配しようとしていた「なにか」の気配が遠ざかる。
重いまぶたがゆっくり開く。かすれた視界に映ったのは、不安そうな顔のつぼ浦だった。
「よ……よかった、アオセン!!」
つぼ浦の顔がくしゃっと歪み、それから安堵の笑顔に変わった。まだ状況が理解できず、青井は慎重に身体を起こす。しかし手を貸そうと伸ばしてきたつぼ浦の手の生傷に気づき、表情が固まった。
「……つぼ浦、何したの?!」
今も口の中に残る甘美な味、妙にクリアな頭。青井は疑いを振り切ろうとするかのように首を振った。
「まさか、血を…?!」
そして揺れる目で核心を問うた。助けたはずなのに正面から怒りを叩きつけられ、さすがのつぼ浦も怯んだ。
「アオセン、これで元気になるかと思って」
「なんでだよ、せっかく俺がッ!!」
伸ばされたつぼ浦の手を振り払い、青井はふらつく足で立ち上がった。その目が向けてくるのは憎悪にも似た感情で、つぼ浦は思わず目の奥が熱くなる。
「なんで俺は駄目なんすか!?俺はアオセンのことが、……ッ、なのによォ!!」
つぼ浦は涙を振り払うように大げさな身振りで叫んだ。声に出すと余計に惨めさが増してくる。好きでいたいだけなのに、何をやっても心が通じずこんな言葉を投げるしかない。それがあまりにも苦しくて唇を噛む。
「俺だって、俺だっていいじゃないかよ!アンタの力になりてぇのに、知らない奴らの血なら飲んでるのに、なんで俺は、俺だけは……!!」
「関係ないよ!今まで俺が、せっかく、他の誰も……ッ、人間の血なんて飲んでないよ!」
「ア?今更なにいってんだよ、血なんていつも飲んでて、……」
感情に任せて言葉を吐き出す直前で、つぼ浦は思いとどまった。青井はいまにも崩れ落ちそうな自分の身体を両手で抱きしめ、肩で息をしている。思考がフリーズする。つぼ浦はその顔をただ呆然と見た。
「……飲んで、ないんっすか?!」
青井はゆっくり頷いた。全身から力が抜け、つぼ浦はいつの間にか固く握りしめていた拳を解いた。
つぼ浦は必死で記憶を手繰る。確かに違和感はあった。いつも血の匂いをまとって帰ってきたところに出くわすだけで、青井が血を飲んでいるところを一度も見たことがない。救急隊のあの態度も納得行く。病院に来ていないのに輸血パックをもらえるだろうか。それに行儀よく輸血パックを飲んでいるのなら毎回服から血の匂いがするわけがない。よほど飲み方が下手でもない限り。
「じゃあ輸血パックってのも、嘘かよ」
「ずっと、心無きだけ。他は、本当に……」
「なんでだよ」
「はは、吸血鬼あるあるなんでしょ?輸血パックって。俺は言ってないよ、お前が言い出したから乗っかっただけ」
青井は文字通り血の気の引いた顔で少し笑ってみせた。それを見てつぼ浦の胸に熱いものが込み上げる。
つぼ浦の舌打ちが小さく響く。今思い出せば繋がることだらけだった。最初に腕を探したときも、青井は不自然につぼ浦を遠くに追いやった。きっと青井のいた方に血を飲まれた心無きの死体があったのだろう。
つぼ浦が嫉妬し続けていたのは存在しない相手だった。そもそも青井の選択肢に、「人間の血」は存在していなかったのだ。
「なんで、どうして飲まないんっすか」
つぼ浦は震える足で青井に一歩近づく。青井はその青い目でつぼ浦を見て、苦しそうに息を吐いた。
「……化け物にしたくない」
「バケモノ……?」
「俺しかいないんだよ。この、わけのわからん歪み。だって吸血鬼って噛むと感染するんでしょ?だから、絶対に、誰も噛みたくない」
冷や汗を流しながら青井は言う。とっさに手で口を押さえたが、その口から涎が流れ落ちていることにつぼ浦は気付いてしまった。
タネが分かってしまえばなんてことはなかった。市民を守る警察としての矜持か、人としての抵抗か。青井は、優しい吸血鬼は、どうしても人間に手を出すことができなかったのだ。
「そんなの、アオセンしかいないんならわかんねぇだろ」
「わかったらもう、遅いんだよ!」
青井の身体がぐらりと傾き、それでもなんとか踏ん張って立ち上がる。獲物を見定める肉食獣の目と、強靭な理性でそれを抑え込む青井の目とが交互につぼ浦を睨む。
こんなに青井が苦しんでいる理由をつぼ浦はわかっていた。本物の人間の血を飲んだことがなかった吸血鬼に血の味を覚えさせてしまったからだ。その罪深さに気づいて鳥肌が立つ。きっと心無きの偽物の血とは比べ物にならない血の味を。
飢えた猛獣に生肉を与えた責任を、今こそ取るしかない。つぼ浦はいまにも喉笛に噛みつきそうな青井の必死な目をじっと見た。
「好きなだけ飲んでください、アオセン。俺の血、さっきハンパにあげちまったから」
「嫌だ、お前だけは絶対に嫌」
「……なんでだ?」
青井の拒絶を冷静に受け止め、つぼ浦は言葉の続きを待つ。まっすぐ問い返され、青井は困惑で顔を歪ませる。それでも口から流れる涎をぬぐい、話し出した。
「この身体、こうなったら二度と太陽は見れないんだよ?飯も食えないし、血なんて……ッ、できれば飲みたくないだろ、そんなの」
「だからいいんだって、俺は、」
「俺がよくないんだよ!!……お前、腹ペコが嫌いでさ。飲食店にやたら詳しくて、いつもでっかい口でバクバクご飯食べて……マジで腹立つくらい元気でさ」
青井は眉をひそめて笑った。転げまわる犬でも見るかのような目だった。
「空気は読まねぇし言っても聞かないし、いつもギラギラはしゃぎまわってさ、本当鬱陶しいんだよな。でも、……そんなお前を見てるのが好きなんだよ」
罵りの最後に不意にかけられた好き、という言葉がつぼ浦の胸を貫いた。心とは簡単なもので、好きな人にかけられたその言葉で全身から汗が吹き出して心臓が小躍りし始める。
「へ……?す、き、って?」
「この身体になってからはなおさら、ずっとお前が羨ましかったよ」
吐き捨てるように言ったのに、青井の目はとても優しかった。
「お前はずっと人間でいてよ。だから、頼むから、逃げて……」
言葉とは裏腹に、青井の足が一歩前に出る。青かったはずの目は飢えで爛々と赤く輝き、開いた口には鋭い牙が覗いている。
つぼ浦の口からため息が一つ落ちた。
青井の言う「好き」はつぼ浦のそれとは温度が違う。夜を生きることになった怪物にとって、人間を謳歌するつぼ浦はどれほど輝いて見えただろうか。
秘密を共有した利害の一致だけで青井はつぼ浦の横にいたわけではない。つぼ浦の人間性はつぼ浦本人が思う以上に眩しく熱く、夜の怪物を横で照らしていたのだ。まるで、太陽の代わりのように。
「……アオセン、飲んでください」
赤い目にしっかりと告げる。青井はついに足に力が入らずその場に崩れ落ちた。つぼ浦はその体を支え、そのまま二人で地面に膝をついた。
「お前はこっちに来ちゃ駄目、駄目だから……」
うわ言のように繰り返しながらも、青井の腕はつぼ浦の背中を逃さないようにと両手で掴む。不規則な吐息がつぼ浦の首筋に何度も触れる。
「言っただろ?吸血鬼に噛まれるの夢なんすよ。それに、俺は……」
喉元まで出かかった愛の告白を今は飲み込む。その代わり、それに匹敵する言葉を投げかけた。
「アンタの血になれんなら幸せだ」
赤い目が見開かれる。その瞳に映るつぼ浦の表情は驚くほどに穏やかだった。
「もし俺も吸血鬼になったら。一緒に歩こうぜ、夜を」
鋭く息を飲む音が路地裏に響いた。
これが太陽を地平の彼方へ引きずり込む行いだとしても。背中に回された手がうなじを掴み、唇が小麦色の首筋に触れる。
たとえ夜に沈んでも太陽は消えたりしない。夜をともに歩こうという申し出は、自らを孤独に隔離した怪物の心をついに捕まえた。
首に触れる唇の柔らかさがもどかしい。するどい牙がつぼ浦の首筋にチクリと触れた。それから青井は大きく口を開け、力を入れる一瞬だけ戸惑って、強く一気に噛み付いた。
憧れの吸血鬼のひと噛みだった。鋭い牙が首の薄い皮に突き刺さり、プツリと皮膚に穴が開く音が聞こえる。肉を抉る鈍い痛みにつぼ浦は悲鳴を上げそうになって歯を食いしばった。その痛みを知ってか知らずか青井はつぼ浦の頭を片手で優しく撫でる。
吸血鬼の牙は想像よりも鋭く、その痛みは苦痛を越えて甘美ですらあった。足先まで痺れが走り、つぼ浦はサンダルの上で足指に力を入れる。首筋に強く吸い付かれ、思わず青井の背中に手を回して抱きついた。
首に開いた穴から命が溢れ、空っぽの吸血鬼に吹き込まれていく。自分の血が誰かを、好きな人を生かす。その献身は曇りのない自己犠牲で、青井が喉を鳴らして血を飲むたびにつぼ浦は満たされた気持ちだった。
青井の息継ぎの吐息も熱を帯び、首に触れる手指が徐々に暖かくなっていく。反対につぼ浦の指先がしだいに冷たくなる。血を飲むごとに頭がどんどんクリアになる青井と逆に、つぼ浦は徐々に意識を失いつつあった。
「だ、大丈夫?」
首から口を離した青井が不安そうにつぼ浦を見る。揺れる視界に見えたのは真っ赤な血で濡れた唇と、血の気を取り戻した顔。信じられないくらい美しくてつぼ浦はなぜか泣きそうになった。
「すっげぇ……よかったっす」
「命を搾り取られてその感想出るの、つぼ浦すぎるわ」
「だって俺の血でアオセンを生かせるんだ、そんなの、しあわせ、で……」
血をなくした頭がふらつき、一気に思考がシャットダウンしそうになる。青井がなにか叫んでつぼ浦の頬を叩く。それに応えようとしても、もう声が出せなかった。
身体が冷たい。頭がふわふわして、闇に溶けたように身体の感覚が曖昧で、それなのに自分の意志に反して手足が動く。
ああ、これで俺も吸血鬼になったんだな、とつぼ浦は消えゆく最後の意識で思った。
日の当たる人生の最後に青井の身体に命を分け与えられた。青井の血の一部になれた、ということが何よりもの幸福だった。
*
眩しさの中でつぼ浦は目を覚ました。窓から差し込む陽光が顔に直撃していた。
ここが病院の一室であることに気づき、つぼ浦はベッドから身体を起こす。ふと首に手をやると、先程青井に噛まれた場所にはガーゼが貼ってあった。
貧血気味の頭はまだうまく働かない。病室に青井の姿はない。俺の血を飲んで元気になったのかな、よかったな、などと思ううちにつぼ浦は大事なことを思い出した。
勢いよくガーゼを引っ剥がす。サイドテーブルの鏡を覗き込むと、4つの噛み跡は塞がらずに赤黒い傷跡を見せている。
鏡を見たまま口に指を突っ込んだ。指で口内を探ってみても、大口を開けてみても、どの歯も異常に尖ってなどいない。
「……人間、なのか?俺」
安心とも不安ともつかない感情が渦巻く。よろよろとベッドに腰掛けた直後、病室のドアが開いた。
「ああ、起きた?よかった」
素顔の青井がつぼ浦を見るなり大きくため息をついた。すぐにベッドの横に駆け寄る。
「アオセンは大丈夫なのか?」
「俺はもう超元気、こんなに頭がはっきりして身体が軽いの久しぶりだよ」
「ああ、そりゃよかったぜ」
青井は顔色もよく、ニコニコ笑っている。その顔を見られるだけで、命を分けたかいがあった。頬がニヤついてしまって収まらず、つぼ浦は誤魔化すように大きくあくびをした。
「え、眠いの?」
「んなことねぇ、もう充分寝たぜ!」
「それならいいんだけど。それでさ、いいニュースと悪いニュースがあるんだけど。どっちから聞きたい?」
少し真剣な顔で青井が言う。その言葉で空気がピリついた。つぼ浦は瞬時に色々な可能性を考えた。しかし杞憂するのは得意ではない。まっすぐに青井に訴える。
「いいほうから頼むぜ」
「だと思った」
目尻を下げて青井は笑う。そしてその青い目でつぼ浦をしっかりと見た。
「お前は吸血鬼になってないよ」
自分でも抱いていた疑惑を肯定され、つぼ浦はしばらく言葉が出なかった。
「聞こえた?」
「ア?ああ、そうか、ああ」
上の空な言葉が転がり落ちる。氷のように冷たい手と手を取って、月と街灯が見守る夜の街を二人で歩く、という幻想。その夢が夢のまま消えた。呆然とするつぼ浦とは逆に、青井は安堵の面持ちだった。
「なに、なりたかった?こっちが悪いニュースだったかな」
「……アオセンと一緒に夜を歩くのも楽しそうだったぜ」
「ふふ、ははっ、そうだね。お前までこっちに引きずり込んでたら自分を許せなくなるところだったけど。……そうだね、二人で歩くのも楽しかったかもね」
つぼ浦から目を逸らし、青井は遠くを見る。その目線に一瞬でも自分が見たような夜を行く二人の姿が写っていれば、とつぼ浦はひっそり願った。
「本当なのか?俺、本当に吸血鬼じゃないのか?」
「そうだよ。あのあといくら待っても変わらないし、傷も治らないから病院に運んだんだけど。トドメに日向に寝かしてみたけど変化ないしね」
未だに直射日光の差し込むベッドを指差して青井は言う。わざわざ日の当たる場所にベッドをずらしたようだ。
「荒療治すぎるぜ、もし気が変わって急に吸血鬼になったらウェルダンからスタートしちまう」
「焼けても一瞬で治るから大丈夫だよ。てか、絶対駄目だと思ったのになー。吸血鬼って噛むと伝染るんじゃないの?」
「噛むと感染するのはどっちかっつーとゾンビだぜ。そもそも吸血鬼に血を飲まれると吸血鬼になる、っていうのは近年出てきた設定で、歴史的にはメジャーじゃないんすよ。むしろ吸血鬼の血を飲んだら吸血鬼化するほうが普通で……」
つぼ浦が立て板に水のごとく説明していると、青井がニヤニヤしながらその顔を見つめてきた。
「んだよ」
「相変わらず詳しいねって。あーあ、あんなに悩んでたのになー」
大きく背伸びをする青井に、つぼ浦はなにか声をかけようと思ってやめた。論より証拠、百聞は一見にしかず、青井を苦しめ悩ませ続けた問題は、ただのひと噛みであっけなく解決してしまったのだ。
「じゃあ悪い方はなんだよ」
少し不貞腐れたつぼ浦に聞かれ、青井の表情が険しくなる。それまでの明るさがなりを潜め、湿ったため息を大きく吐いた。
「……俺が、お前の血しか飲めなくなった」
「ア?いいニュースじゃねぇか!!」
湿っぽい青井の声がつぼ浦のクソデカボイスでかき消される。
「よくないよ!もしかしたら、と思って心無きぶっ殺してきたけど、もう無理、あんな不味いの飲めない」
青井は顔全体をしわくちゃにして悔しがる。人間の、つぼ浦の生命に満ち溢れた新鮮な血と比べたら心無きの血など溶かしたプラスチックのようなものだった。それでもわずかに存在する生命力を糧に青井は生きてきていたが、本物の味を知った今、もはやそれに戻ることはできなかった。
だがつぼ浦にとっては褒め言葉にも等しい。ベッドから飛び上がって目を輝かせる。
「舌が肥えちまったみてぇだな、残念だったな!」
「本当だよ、お前の血が美味いのが悪い」
「なんとでも言えよ、こっちは老舗の味だからな、創業24年だぞ」
「うーん、微妙な長さ」
青井は苦笑してからため息をついた。
「あともう一個、悪いニュースがあってね」
そしておもむろにつぼ浦の眼前に左手を伸ばす。呆気にとられるつぼ浦の前で、その指をパチンと鳴らした。
「抵抗しないで」
突然、つぼ浦の体から力が抜けた。さっきまで座っていたベッドによろよろと腰を下ろす。それを追いかけるように青井がつぼ浦の胸を押す。
力の入らない身体はくたりとベッドに押し倒された。驚愕も困惑も恐怖も、脳が溶かされたようにうまく動かず言葉も出ない。
青井はベッドに片膝をつき、つぼ浦の頬に手を添えた。白い肌、真っ赤な目がつぼ浦を見ていた。その顔が徐々に近づいてくる。
「い……!?」
つぼ浦の喉からかろうじて声が漏れた。自由が効かない身体でも心だけは跳ね回る。大好きな人の顔が間近に迫り、
「……あ?」
しかし唇は触れあうことはなかった。青井の口が先ほど噛んだのとは反対側の首に押し付けられる。牙が軽く皮膚に触れ、そこで青井は身体を起こした。
「あーやっぱり、思ったとおりだ」
いつの間にか目は青に戻っていた。今度はパン、と両手を叩いてみせる。唐突に身体の感覚が戻り、つぼ浦は音を立てて息を吸った。
我に返ると一気に顔と頭に血が上って体中が燃えるように熱い。───キスをされるのかと思ったのに。口から飛び出しそうな期待をなんとか飲み込み、つぼ浦は照れ隠しのように勢いよく飛び起きた。
「オイ、なんだよ今の!?」
「あのね、多分お前は俺の眷属になったよ」
「け、眷属ゥ?!」
つぼ浦の脳裏をいろんな吸血鬼像が駆け抜ける。中でも金髪美少女吸血鬼に眷属扱いされるのは男の夢だろう。そして青井の眷属となるのは、考えたこともない夢だった。
「そう。お前の自我を……まあ、一度噛めば次からは抵抗させずに血を飲めるようになるってこと。いま頭ふわふわになった?」
「なったぜ、すげぇな」
「あーもう、本当にそうなんだな。さっきお前が倒れたあとも俺の言うこと聞いたんだよね。だからもしかしてと思ったんだけど、あーあ」
ネガティブ思考に囚われた青井はこめかみを押さえて唸り声を上げた。
「多分、この能力で眷属を増やすのが正解のムーブなんだろうね」
「チクショウそういうことか、血を飲んだ相手を抵抗させなくすりゃバレねぇし、腹減ったら呼び出せばいいんだもんな」
「そう、だからつぼ浦以外の人を噛んだらその人も眷属になっちゃうんだよ!困るやんこんな、増やしたくないよ!訴訟とか起こされたら嫌だし」
「吸血鬼にマジレスする人いねぇっすよ」
「いるだろ、お前が特殊なんだよ」
「じゃあ俺が、俺だけが晴れてアオセンの専用ドリンクバーってことっすね!?」
血を飲まれたくて目をキラキラさせるつぼ浦と、不本意そうな青井。いつかの光景と同じだったが、青井の表情はずいぶん柔らかかった。
「悔しいけどそうなるんだよね……他の人は噛みたくないから」
「そりゃアオセンにとっての悪いニュースだぜ。俺は抵抗なんてしないぜ」
「だろうね、はぁ……本当に困るんだけど。頼むからダウンしないでよ、常に元気でいろよな」
「ああ、任せろ。そうだ、アオセンの食いたいもの何でも食ってやるからな」
「ははっ、最高じゃん。タン塩頼むよ、ネギとレモンだくだくの」
食べ物の話が出て、つぼ浦のお腹がぐぅと鳴った。恥ずかしそうにワタワタするつぼ浦を見て青井は爆笑した。
「はは、いっぱい食べて健康でいろよ。そんなお前が好きなんだから」
「す、き……?」
また不意にかけられた「好き」の一言で、つぼ浦は初恋に揺れる乙女のようにのぼせ上がってしまった。
今までならその一言で天にまで登れた。しかし舞い上がり続けるだけではいけない。勇気を出して、つぼ浦は青井にまっすぐ向き直った。
「なあアオセン、俺が好きって……それ、どういう意味だよ」
「ん?お前、”人間”じゃん。つぼ浦は”人間”の最たるものだろ。こんな冷たい血の怪物じゃなくて。羨ましいに決まってんだろ」
前と変わらぬ回答だった。それは愛の告白よりも深い、人間性への讃歌だった。
「お前の命にタダ乗りさせてもらうからな、覚悟しろよ」
「聞こえが悪ィな、タダ乗りなんてよ」
「だって無料でついてくるんでしょ?ドリンクバー」
勝ち誇ったような笑みだった。つぼ浦は他の誰よりも深い青井の懐に収まっていて、その代わり恋愛からは最も遠いのかもしれない。しかしただの愛よりも得難い関係だった。青井の吹っ切れたような笑顔を見て、つぼ浦も欲しがるばかりだった心がほどけた気がした。
「そうだアオセン、一ついいっすか。俺、どんな味だったんだ?」
「ああそうだね、まぁ……」
つぼ浦に問いかけられ、青井は考えを巡らせる。思い出したのはあの日の会話。夜の迫る空の下、血の味についての賭けだった。
自分では血を、命を作り出せず、他人の血を燃やして動く死んだ身体。その身体に初めて注ぎ込まれたまばゆいほどの生命の味をたとえるとしたら。
「……ふふ、賭けは俺の勝ちだね」
青井は右手でピースを作ってつぼ浦に突きつけた。つぼ浦は一度は怯んだが、それを認めないと言わんばかりに勢いよく立ち上がった。
「ア?!いいや負けてねぇぜ、賭けただけで支払うものを決めてないからな!」
「じゃあ俺の罰金も返せよ、おかしいだろ!」
「賭けるという意思を持ったから有罪だぜ!」
つぼ浦は青井の横をすり抜け逃げ出そうとした。怒鳴って止めようとした瞬間、これが眷属への強制命令になりかねないことに気づいて青井は言葉を飲み込んだ。
「……ッ、待てこら、詐欺罪切ってやる!」
その隙につぼ浦は病室のドアをバァンと開き、請求書の射程範囲外に飛んで逃げていった。急いで青井もその後を追いかける。
脱兎のごとく走り去るつぼ浦と、珍しく素顔なのに鬼の剣幕で追いかける青井を見て救急隊員たちが声を上げる。お大事にー?!という声を背後に、青井もロビーから外に走り出した。
特殊刑事課は逃げ足も早い。つぼ浦の背中はだいぶ小さくなっていた。大通りに飛び出し、少しスピードを緩めた青井の頬を温かな光が包む。
思わず息を飲んで青井は光の発生源に目をやった。あらゆる全てに容赦なくその光を振りまく、愛想のいい黄金色の太陽が青い空にぽかんと浮かんでいた。
身体は痛くも熱くもなかった。急に走ったので、脈を探すまでもなく心臓はバクバクと全身に血を送り出している。
「……ああ、そっか。わけてもらったから」
頬を熱いものが流れ落ちた。今までの冷たさと苦しみが溶けていく。青井は服の上から胸を押さえた。久しぶりの鼓動だった。
「まて~つぼ浦ぁ」
そして遠ざかる南国模様の姿を目指してゆっくり歩き出した。
身体を流れる太陽のような血が心臓を再び動かす。
太陽の味がする男は、その命の輝きで夜の怪物を再び陽光のもとに引きずりあげた。
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愛よりもっと上の、唯一無二のところにつぼ浦は収まることができたんでしょう。
この怪物、仮に吸血鬼と呼んでますが正体は「死体に取り付いて生者の生き血=生命力を飲んで生きる化け物」です。血が本体。
人間の血を飲んでる間は青井も人間と同じように心臓も体も動くし日光も効かない設定です。だから実はご飯も食べられるんだけど、つぼ浦がむしゃむしゃしてるのを横でニコニコ見て、それからその首に噛みつくんでしょうね。どんな味かな、って。