「どこかの国の王子様みたいでしょう? こんな見た目だけど書くものはすっごく攻撃的だったりエロティックだったり! 本当に意外なものを生み出す作家さんなの。それにね、作品によってガラリと文体が変わるのも面白いのよ!」と多賀谷がうっとりする。
「どうせ調べればすぐ分かると思うから言うんだけどね、複数名のゴーストライター説もあったりするんだけど……私は絶対違うと思ってる」
それはファンの勘だろうか?
日和美がキョトンとして多賀谷を見詰めたら「ほら。使われている語彙のチョイスがね、割と共通してたりして……。そういうのって作家ごとに癖があったりするじゃない? 立神作品にもそういう共通点ってやっぱりあるのよ」とにっこりされた。
「よく作品を読み込みもしていない中途半端なアンチらがさ。文才だけじゃなくて見目まで麗しい立神先生に嫉妬してやっかみ半分で言ってるだけなんじゃないかなぁ? ちゃんと彼の作品を読んだらゴーストライターなんて一人もいないって分かることなのに。ホント馬鹿みたい」
どこか悔しそうに付け加えられた「ホント馬鹿みたい」という言葉に、日和美はいたく共感する。
確かに日和美の大好きな萌風もふ先生も、破瓜とか不埒とか破廉恥とか茫洋とか……どの作品にも出てくる、好んで使っていらっしゃる語句がいくつかあるし、ファンなら何となく理解できるそういうものは間違いなく存在しているはずだ。
「めっちゃ分かります、そういうの!」
「分かってくれる? あーん、山中さぁぁぁん」
思わずグッと身を乗り出して。弁当越し、多賀谷とふたり、ヒシッと手を取り合った日和美だ。
好きな作家やジャンルはは違っても、大好きなものへの愛情は共通に違いない。
「あのっ、それで多賀谷先輩。初心者が一番最初に読むべき立神信武作品ってどれですか?」
すっかり日和美と意気投合した多賀谷は、にやりと笑うと
「大抵の人なら直川賞受賞の『金魚鉢割れた』を勧めるところだけど……私のオススメはこれね」
スマートフォンをササッと操作して、ある一冊を指さした。
日和美は表示された画面を見て息を呑んで。
「それ、ここでも買えますか?」
「もちろんよ。立神作品は全種類棚にしっかり並べてあるわ!」
太鼓判を押されてしまった。
***
「信武さん、人が悪いです! 直川賞を受賞したような凄い作家さんなら、最初っからそうだって言って下さればよかったのに!」
帰宅するなりムゥッと唇をとがらせて言った日和美に、先に帰宅していたらしい信武がククッと笑った。
信武も今日、日中は仕事へ行くと言っていたから、もしかしたらまだ帰宅していないかも?と思ったけれど、杞憂だったみたいだ。
作家先生と言うのがどんな勤務体制をとっているのか日和美には分からない。
けれど、少なくとも今日の信武が〝どこかで〟九時〜五時みたいな働き方をしてきたらしいと言うのは分かった。
流しそばの水切りカゴの中に、今朝信武に持たせた弁当箱代わりのタッパーが綺麗に洗われて伏せられているのを横目に、日和美はぼんやりとそんなことを思う。
「俺、直川賞を受した結構名の売れた作家先生なんですぅ〜! ――んなこと言う男にお前、惹かれるか?」
言われて、日和美はグッと言葉に詰まった。
「それは……何か嫌ですね」
「だろ?」
だから日和美自身が気付かない限り、自分から告げるつもりはなかったのだと続けた信武に、日和美は小さく吐息を落とす。
「俺はな、そう言う肩書きのない素の俺自身をお前に評価してもらいたかったんだよ」
俺様なんだか奥ゆかしいんだか。
立神信武という男が、日和美にはさっぱり分からなくなる。
でも、何だかそう言うところが嫌いじゃないなと思ってしまったのもまた事実で。
それに――。
「職場の先輩に観せられて授賞式の動画も拝見しました。……あれって――」
「不破さんだった、だろ?」
吐息混じりに言われて、日和美はコクッとうなずく。
「でも……何であんな……」
「編集から言われたんだよ。好感度を高めるため、見た目に合う喋り方で売り出しましょうってな。……んなわけで、お前の知ってる不破譜和は立神信武って作家の対外的な顔だ」
いつだったか信武が言い掛けた「大体不破は俺の……」に続くセリフはこれだったのか、と妙に納得した日和美だ。
「でも……私と初めて会った時から記憶が戻るまでの間、信武さんはどうして不破さんのままだったんでしょう?」
演じていた人格ならば、たとえ記憶を失っていたとしても、あんな風に表には出張ってこなかったんじゃないだろうか?
ずっと疑問に思っていたことを深く考えもせず口の端に乗せたら、「俺自身のことだから分かるんだけどな。……絶対そん時の俺、お前に一目惚れした自信あんだわ。っちゅーわけで……可愛いお前に嫌われねぇために無意識に自己防衛した結果なんじゃね?」と吐き捨てるように言われて。
「か、かわっ⁉︎」
「あん? 俺の彼女なんだから可愛いに決まってんだろ」
――何か文句あんのか?と言わんばかりの雰囲気で告げられて、それ以上は言えなくなってしまった日和美だ。
もう、とりあえず可愛い云々はともかくとして、と無理矢理気持ちを切り替えた上で、信武の言っていることももっともだな、と思う。
自分も初対面の相手にはそれなりに外面を整えてて〝よく見られたい〟と頑張るから。
信武は普段からそういう二重生活みたいなことを仕事で強いられていたから……。だから無意識下でもそれが出てしまったんだろう。
「それにな、俺があの日あそこを通りかかったのは偶然じゃねぇし。多分それも少なからず関与してるはずだ」
ポツンとつぶやかれた言葉に「え?」と聞き返したら、信武がムスッとした顔で「俺はあの日山中日和美に――」と言いかけて、ハッとしたように押し黙る。
「私に……、何ですか?」
「……っ、何でもねぇ。気にするな」
それっきりそのことについては何も言うつもりはないとばかりに信武がそっぽを向くから。
日和美は仕方なく話題を変えた。
「……あの、不破さんは信武さんの一部ですか?」
ずっと思っていたことを問い掛けたら、信武が顔をこちらへ向けて思案顔をする。