コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ごめ……」
ごめんなさい。でも、帰りたくない、一人でいたくないんです。
声が出ないおかげで、黒崎さんに伝えられずに済んだ。
帰らなきゃいけない、そんなことわかっているのに。
私は黒崎さんのワイシャツを掴んだままだ。何をやっているんだろう。
黒崎さんは後ろを振り返り、床に膝をついて私より目線を低くした。
「愛ちゃんが嫌じゃなかったら、今日は一緒にいませんか?」
本当は言って欲しかった言葉に、私は思いっきり頷いてしまった。
「良かった。俺も一人にしておけないと思っていたんですけど、逆に嫌なんじゃないかと思って。自信がなくて、引き止められませんでした。本音は一人にさせたくなかったんです」
じゃあ、戻りましょうか?と黒崎さんは私の手を引き、部屋に戻ってくれた。
「俺、シャワー浴びてきますね。冷蔵庫に飲み物とか入っているんで、好きに飲んだりしてくれて構いませんから」
ソファに一人で座って、彼が戻ってくるのを待っていた。
そういえば黒崎さんはまだ夕ご飯を食べてないんじゃ。
私は帰る時に、アルバイト先で軽食を食べてきたため空腹ではないし、食欲もない。
黒崎さん、職場から来たと言っていたし……。お腹、空いてないのかな。
私に何かできることは……。
冷蔵庫は開けて良いと言われた。少し悩みながらも冷蔵庫の中を見る。
冷蔵庫はあまり食材がなかった。
この中の物を使って、私が作れそうなものはなんだろう。
「あれ?いい匂いがします」
シャワーが終わり、まだ髪の毛が濡れている黒崎さんがリビングへ戻ってきた。服装もルームウェアのようなラフな服装になっている。スーツ姿ではない彼を見たのは初めてだったので新鮮だった。
「オムライスを作ってくれたんですか?」
黒崎さんは、キッチンテーブルの上を見て、驚いていた。
頷いて返事をした。
冷凍のご飯があって助かったが、簡単なオムライスしか作れなかった。
「嬉しいです。ありがとうございます」
そう言ってくれた黒崎さんの表情は、嘘ではなく嬉しそうで、私も安心した。
黒崎さんは、いただきますと食べようとしたが
「愛ちゃんは夕食、ちゃんと食べたんですか?」
私のことを気遣い、手が止まってしまった。
「バイトで……」
少し声が出るようになったみたいだ。
「良かった。いただきますね」
私が作ったものを食べてくれるのは、親友の優菜くらいだ。
味見はしたけれど、黒崎さんの口に合うかな。
「おいしいです」
一口食べて、彼は微笑んでくれた。
「こんなにおいしかったら、毎日食べたくなってしまいます」
お世辞だろうとは思ったが、子どもみたいに柔らかい笑顔だったから、勘違いしてしまいそう。
「俺、今日はソファで寝るんで、愛ちゃんはベッドを使ってください。一応、シーツと枕カバーは交換しておきました」
いつの間にそんなことをしてくれたんだろう。
私がシャワーを浴びる前かな。
黒崎さん、仕事が大変そうだし、ソファじゃ身体が休まらないよね。
首を横にふると
「じゃあ、一緒に寝ますか?」
黒崎さんの言葉に私は硬直してしまった。
「すみません。変なことを言ってしまって。そう言わないと、納得してくれないかと思って」
彼に連れられ、寝室に入る。
寝室もシンプル、大きなベッドがあり、隣に本棚があるくらいだった。
ベッドの上に私が座ったのを確認した彼は
「俺、リビングにいるので何かあったら呼んでくださいね。何も考えず、ゆっくり休んでください」
私の頭に手をおき、髪の毛を撫でてくれた。
「おやすみなさい」
彼が離れようとした時
「ありが……とう。黒崎さん」
言葉が自然と出てきた。
彼はフッと笑い、優しい顔をし、部屋から出て行った。
黒崎さんの香水の匂いが微かに残るベッドで眠りにつく。
何も考えるな。
そう自分に言い聞かせた結果、思った以上に早く眠りについてしまった。
目を開けると、カーテンから微かに日の光が漏れていた。
「ここは……」
一瞬、大きなベッドで寝ている自分が今どこにいるのかわからなかった。
そうか、黒崎さんの家に泊まったんだ。
昨日のことを思い出す。
昨日のことを思い出しても、精神的に落ち着いていられた。
ゆっくり眠れたから?それとも少しだけ時間が経ったから?
ベッドの上に置いてあったスマホで現在の時間を確認する。
「えっ!もう十時!?」
慌てて起きる。
黒崎さんはどうしているのだろう。
リュックの中に入っていた鏡を見て、自分の髪型を直し、リビングに向かった。
「おはようございます」
黒崎さんが机の上でパソコンを開いていた。
「おはようございます。あの、寝すぎてしまって。すみません」
なんて言っていいのかわからない。
「ゆっくり眠れたようで良かったです。それに、声も出るようになりましたね。遅めの朝食を食べましょうか?久しぶりに作ってみたんですが」
そうだ。声が普通に出ている。
黒崎さんは机の上に、サラダ、スクランブルエッグ、ソーセージ、スープを並べてくれた。
「今、パンを焼きますので」
きちんとした朝食を食べるのは久しぶりだ。
一人の時はトーストを一枚食べ、大学へ向かう。そんな毎日だから。