「何か手伝うことありますか?」
「大丈夫です。ゆっくりしていてください」
そういえば今日は金曜日、平日だ。
「黒崎さん、今日は仕事は?」
もしかしてと思っていた勘は当たってしまう。
「今日は、休みました。たまには息抜きもいいかなと思いまして」
黒崎さんに仕事まで休ませてしまった。
私の大学の講義は一回休んだくらいで、支障が出ることはない。それに今日は、あまり講義が入っていない日だった。
「ごめんなさい」
「なんで愛ちゃんが謝るんですか?俺の意志です。気にしないでください」
「私がこんなことにならなかったら、普通に仕事行けてましたよね。私のせいで仕事を休むことになってしまって。本当に申し訳ないです。なんてお礼を言って良いのか」
うーんと彼は
「俺は、本当に息抜きができて良かったと思っているんですけど。有休もありましたし。でも……」
「でも……?」
「お礼をしてくれるのであれば、何をしてほしいか考えておきますね」
彼は意地悪そうに、にこっとした。
いつも大人っぽい印象だが、そんな表情をすることもあるんだ。
「はい。私でできることだったら言ってください」
ここまでお世話になったのだから、私ができることであれば、黒崎さんの役に立ちたい。
パンが焼け、二人で遅めの朝食を食べた。
「おいしい!」
黒崎さんが作ってくれたスクランブルエッグは、食感がふわふわだった。
お店で出てくるものよりもふわふわかもしれない。
「良かった」
珈琲を飲みながら、私を見ている黒崎さんと目が合った。
目が合うと、ドキドキしちゃう。
感情も少しずつ回復してきているようだ。
珈琲と言えば、どうして黒崎さんは私がカフェでアルバイトをしていることを知っていたんだろう。
「昨日思ったんですが、なんで私がカフェでアルバイトをしているって知っていたんですか?」
私が質問すると、黒崎さんはしばらく何も言わなかった。
聞いちゃいけないことだったのかな。
「そうですね……」
黒崎さんは考え込んでから
「それは、時期がきたらお話をします。それまでは秘密です」
そう答えてくれた。
なぜ秘密なんだろう。気になってしまう。
散々迷惑をかけておいて追求などできない。いつか彼が自然と話してくれる時まで待とう。
私は大学の講義を休むことにした。
優菜にLINNで連絡を入れる。
カフェのアルバイトもお休みをすることにした。
店長には事情は後で説明をしますと伝えたら、辞めないでくれと勘違いをされた。
カフェで働くには、今の私には勇気がいる。
私は昨日、黒崎さんと約束をしたことがあった。
「私、この後、警察に行きます」
正直、川口さん《あの人》を許せない。
もしかしたら、私と同じような目に遭っている人もいるかもしれない。
昨夜のことを鮮明に思い出して伝えるのは、恐い。でも、このままではいけない。逃げちゃダメだ。
「わかりました」
私の気持ちを考えてくれたのか、黒崎さんは何も言わなかった。肯定も否定もしない。
ただ
「俺が送って行きますね。愛ちゃんが警察で話が終わるまで、近くで待たせてください」
そう言ってくれた。
甘えるわけにはいかないよ。せっかくの休みをそんなことに使ってほしくない。
「ダメです。黒崎さんはせっかくのお休みなので、休んでください。私は一人で大丈夫です」
頑なな態度の私に
「そうですね。では、先ほどのお礼を使わせてもらいます」
黒崎さんは、何を言うんだろう。
「えっ?」
「お礼をしてほしいので、一緒について行きます」
何を言っているの?お礼になんてなるわけがない。
「お礼になんてなるわけがないじゃないですか?」
黒崎さんにとってプラスに働く要素がない。
「では、終わったら一緒に行ってほしいところがあります」
「えっ」
私と一緒に行きたいところって。どこだろう。
「なので、待っています」
一向に引かない黒崎さんに私は負けた。
「はい。お願いします」
なぜそんなに私のことを心配してくれるのだろう。
優しくされて嬉しい。でも、されたくもない。
一目惚れだった「好き」が、黒崎さんの内面まで、全部を好きになってしまうから。
私の気持ちなんて、黒崎さんに届くわけがないんだ。この片想いが実るわけない。釣り合わなすぎる。
「黒崎さんって好きな人いるんですか?」
そうだ。聞いてしまえばいい。
今だったら心が麻痺している。悲しいことを伝えられても、そんなには傷つかないはず。
それに、これ以上優しくされるともっともっと好きになってしまう。
その前に自分の気持ちを止めなきゃ。
私のいきなりの質問に一瞬困ったような顔をしたが
「好きな人はいます。とっても良い子です」
「……!」
現実を聞くと、心が痛くなった。
失恋とは最初からわかっていても、こんなに辛いものなんだ。
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