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6月の夢路
平原を抜けた先に、それはあった。
ひらけた空の下に、ぽつんと浮かぶ湖。
水面は静かで、空の色をそのまま映していた。
だが、湖の色は――**紅(あか)**だった。
血のように濃く、どこか生々しく、それでいて美しい。
誰もが言葉を失い、立ち尽くす。
紅い水が、空より深く続いていることを、感覚で理解していた。
「これ……本物の水、だよな?」
nakamuがそっと指先を湖面に触れた。
水は冷たくなかった。温かかった。
けれど、それは体温ではない“別の温度”だった。
人の心の奥に触れたときのような、やわらかく、曖昧な熱。
「下に、何かがある」
broooockの言葉に、全員の視線が水面へと向かう。
透明ではない。
でも、確かにその底に何かがある。
黒い影が、ゆらゆらと揺れていた。
「沈んだ記憶……かもしれない」
スマイルが目を細める。
風はないのに、水面だけがかすかに波立っていた。
それは、呼ばれているような感覚だった。
シャークんが、一歩、岸辺に近づいた。
ポケットから取り出した白紙のカードが、じんわりと紅に染まり始める。
水に近づけるほどに、文字のような模様が浮かび上がる。
けれど、その文字はどの言語にも当てはまらなかった。
ただ、不思議と“意味だけ”が伝わってきた。
――「君はここで何を失ったのか、覚えているか」
「……思い出せない」
シャークんの声が震える。
その顔には、普段見せることのない迷いが浮かんでいた。
きんときが湖のまわりをゆっくり歩き始める。
その足音が、紅い水面に吸い込まれるように消えていく。
まるで、この湖が音を飲み込んでいるかのようだった。
「音も、記憶も、ぜんぶ……ここに沈んでる」
きりやんが、小さな石を拾って投げた。
ぽちゃん、と静かに水音が立ち、波紋が広がる。
その波紋の中に、一瞬だけ映る光景があった。
6人ではない、7人の姿が並んでいる。
「……今の、見た?」
nakamuが目を見開く。
broooockは何も言わず、深く息を吸い込んだ。
波紋が消えると、景色も元に戻っていた。
だが、その光景は全員の目に焼きついていた。
もう一人、誰かがいた。
いたのに、忘れている。
思い出そうとすると、頭が霞んでしまう。
それは“思い出してはいけない記憶”。
けれど同時に、“思い出さなければいけない記憶”。
「水の底に、あの子がいる」
スマイルの言葉に、空がゆっくりと色を変えた。
紅だった湖面が、深い夜のような黒へと移ろっていく。
そして、湖の中心に――小さな階段が現れた。
水を割って立ち上がる、誰かを迎えるような階段。
broooockが、静かに言った。
「行かないと。あそこに答えがある」
そう言った彼の顔は、どこか遠い記憶を見ているようだった。
彼らは、ゆっくりと紅い湖の下へ降りていく。
自分たちの記憶の底へ。
かつて確かに存在していた、誰かの声を求めて。
つづく
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