説教中に飲食をする。
これはどう考えても相手を煽る行為であり、怒りを助長させる行為に他ならない。
予想通り、絶賛説教中のレンブラントは息を呑み、大きく目を見張った。もう一人の軍人と、謎の濃紺髪の男も唖然としている。
(……あー、こりゃやっちまったな)
しんと静まり返った部屋の中、身の危険を感じたベルは、思わずスープ皿で顔を隠した。
けれど、斜め上の展開が待っていた。
「そうか食欲はあるようだな。……良かった」
「え?……は、はぁ?」
なぜか安堵の表情を浮かべる銀髪軍人に対し、ベルは間の抜けた声を出してしまった。
ちなみにもう二人も、銀髪軍人と同じ表情にいつの間にか変わっている。
更に意味がわからなくなり、ベルは銀髪軍人に、胡乱げな目を向けてしまう。
けれど銀髪軍人は、気を悪くするどころか「もっと食べろ。でも、熱いから気を付けろ」と言いながら、ご丁寧に匙まで差し出してくた。
延々と続きそうな説教を取るか、スープを取るか。
そんなもの迷う必要は無い。
ベルは、匙を受け取ることを選んだ。
ただ人前で、しかも自分だけ食すというのは、なんとも居心地が悪い。でも、ベルは心を無にして食べる。だって説教よりは、マシだから。
「……ごちそうさまでした」
かなりの時間をかけてベルがスープを完食すれば、銀髪軍人はなぜか不満そうな顔になる。
「たったこれだけでいいのか?まだあるぞ」
「あ、もう十分です」
「……そうか」
ベルが食い気味に断ると、持っていた皿と匙は銀髪軍人に取り上げられ、次いで、後ろにいた濃紺髪の男に預けられる。
ナチュラルなそのやり取りを見て、銀髪軍人と濃紺髪の男の力関係がわかってしまった。おそらく濃紺髪の男は、銀髪軍人の下僕か何かだろう。
ただ、それを知ったところで興味は無い。大事なのは、逃亡をリトライできるか、できないか、それだけ。
こちらとしては、このまま”じゃあ、おやすみなさい”的なノリで一人にしてもらいたい。
それか駄目なら”淑女の部屋にまだ居座るのかよ、オイ”的な空気を出して追い出すか。
性懲りも無く、そんなことを考えたのが顔に出てしまったのかはわからないが、銀髪軍人は今度はベルに向け手を伸ばした。
「……ひぃ」
顔面を覆う程の大きな手がすぐ目の前に来て、ベルは不覚にも小さく悲鳴を上げてしまった。
けれど、その手はベルを殴ることはしなかった。優しく口元を拭いただけ。
強張るベルに気付いた銀髪軍人は、眉を下げ「すまない」と短く謝罪をする。次いで膝を付いて、ポカンとするベルと視線を合わせた。
「自己紹介が遅くなって悪かった。俺はレンブラント・エイケン。レイと呼んでくれ。で、窓にいるのはラルクだ」
銀髪軍人ことレンブラントが、窓の方を向く。
ベルも、つられるようにそこに視線を向ければ、目が合った詰襟軍人は、ぺこりと頭を下げた。
茶褐色の髪にそばかすが浮いた頬。ラルクは良く見れば、まだあどけなさを残している。自分と、そう年齢は変わらないだろう。
罪人相手に随分と礼儀正しい。上官であるレンブラントとは、雲泥の差である。
「それとあっちは」
「僕はダミアン。よろしくね」
ぼんやりとラルクを見つめていれば、今度はレンブラントの言葉を引き継いで、濃紺髪の男がベルに向かって軽く手を振った。
(……無視しよう)
フレンドリーな挨拶を頂戴したが、この男とは縁もゆかり無い赤の他人である。
ベルはチャラい感じがする男は好みではないので、仲良くする義理は無い。
そんな理由から綺麗に無視をかましたベルに、ダミアンは「嫌われちゃったかなぁ」と呟き、苦笑を浮かべた。
(そうだ。その通りだ!さっさと出て行け)
口にこそ出さないが、がっつり表情に出して訴えれば、なぜかダミアンは軽い足取りでこちらに近付いて来た。
「なんか嫌われちゃったみたいだなぁー」
困り顔でベルの前に立ったダミアンは、意地悪な視線をレンブラントに向けた。
「……それにしてもさぁ、レン」
「なんだ?」
「このお嬢さん、大人しいって言ってたけど、ぜんぜん違うじゃん。あーあ、どんな生活をしていたら、こんなお転婆になるんだろうねぇ」
このダミアンの発言は、レンブラントの洞察力のなさを弄いじりたかっただけかもしれないが、ベルからしたら大変腹が立つものだった。
(……なんにも知らないくせに)
一度は心の中でそう吐き捨てて終わりにしようと思った。いや、すべきだった。
でも、これまで一度も苦労をしたことがなさそうなヘラヘラ笑いを浮かべるダミアンを黙らせたかった。二度と、減らず口を叩けぬようにしてやりたかった。
ベルが生きてきた現実は、笑い飛ばせるものじゃないのだ。