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応接室に現れたのは純白の礼服に身を包み、帝室にのみ許される太陽の紋章が刺繍された深紅のマントを纏いブロンドの短髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ美青年であった。彼の名はユーシス=フォン=ローゼンベルク。ロザリア帝国現皇帝の三男である。
彼は入室するなり、そこに居た少女を見て硬直した。
「シャーリィ=アーキハクトがご挨拶申し上げます。ユーシス=フォン=ローゼンベルク第三皇子殿下」
優雅に一礼した少女を見て、硬直していた青年はゆっくりと口を開く。
「シャーリィ……なのか……?」
「はい、ご無沙汰しております。殿下におかれましては、ご健勝の……わぷっ……」
シャーリィが言葉を続けることはできなかった。何故ならば、彼女はユーシスによって抱擁されたからだ。
「でっ……殿下……?」
「良かった……無事で本当に良かった。この日をどれだけ待ちわび、そして願ったか……」
震えながらシャーリィを抱きしめる青年に対して、彼女はそれを受け入れた。
「はい……殿下。私もです……」
「殿下」
ラウゼンが声をかけてユーシスも我に返る。そしてゆっくりとシャーリィから離れた。
「すっ、すまない。いくら気安い関係とは言え淑女に抱擁するのは不味かったな」
「お気になさらず、殿下。私も殿下と再会できて嬉しく思います」
「他人行儀な呼び方は止めてくれ、シャーリィ。八年経とうと、私にとってお前は可愛い妹だ」
優しげに微笑むユーシスに、シャーリィもうっすらと笑みを浮かべる。
「はい……お兄様」
さて、ここで両者の関係を簡潔に説明せねばなるまい。
アーキハクト姉妹の父であるダグラス=アーキハクト伯爵は保守的な貴族が多い中でありながら革新的な思想の持ち主で、当時少しずつ名を上げていた『ライデン社』の画期的な新技術や新しい思想などを積極的に取り入れるよう各地で働きかけていた。
これに賛意を示した貴族の一人にダグラスの盟友であるラウゼン=ガウェイン辺境伯が居た。
彼は『ラドン平原』、シェルドハーフェンなど治安や危険度の高い帝国南部に領地があり、帝国の近代化による治安の安定化を取り入れるべきだとアーキハクト伯爵を支持。
その活動を支援する傍ら、第三皇子であるユーシスに事の次第を伝えたのである。
ユーシスは第三皇子ではあるが、母は皇帝ユリウスが戯れに手を出した使用人であり、正室の子では無かった。
それ故に幼少期から正室はもちろん兄達や父にすら疎まれて育った。そんなユーシスの教育係を任されたのがラウゼン=ガウェイン辺境伯である。
彼はユーシスが疎まれている環境は宜しくないと判断、半ば放置されている状態を利用して宮殿からユーシスを連れ出し、貴族街に屋敷を持つ盟友アーキハクト伯爵家へ度々訪問した。
アーキハクト伯爵家では誰もユーシスを疎まず、彼を歓待した。
母を亡くし家族から疎まれていた幼い少年が心を開くのも時間の問題であった。
四歳年下のアーキハクト姉妹からは兄のように慕われ、そして彼もシャーリィ達を妹のように可愛がっていたのである。
再会を喜んだ二人はソファーに向かい合って座る。ユーシスの後ろにはラウゼンが立つ。
「先ずは、無事で良かった。八年間何処に居たんだ?」
「あの日、お屋敷を逃げ出した私はそのままシェルドハーフェンまで逃れ、そこで親切なシスターに拾われて育ちました。今では『暁』の代表を務めています」
「『暁』と言えば、帝都で話題の野菜をはんばいしているあの『暁』か!」
「その通りです。お陰さまで儲けさせていただいていますよ」
「商売をやっているのか!?それもシェルドハーフェンで!?」
「形やぶりなのは、親譲りですかな」
話を聞いていたラウゼンは頬を緩めてシャーリィを見る。
「ラウゼン?」
「殿下、お忘れか。帝国始まって以来の型破りの娘ですぞ」
「……そうだったな、ヴィーラ殿の娘だった」
「それで納得されるのは非常に不満なのですが」
「ああ、いや。悪く言うつもりはない。お前が生き延びていたのだからな。それだけでも十分だが……その、聞き辛いのだが……」
「レイミも無事ですよ。凛々しく育ってくれています」
「本当か!……そうか……そうか。私は妹達を失わずに済んだのだな……」
安堵するユーシス。
「私は、あの日の真実と黒幕を一人残さず討ち果たすためにシェルドハーフェンで力を蓄えています。お兄様へ無事を伝えることを怠ったこと、申し訳ありません」
シャーリィは深々と頭を下げる。
「いや、あの暗黒街で生きていたんだ。そんな暇は無かっただろうし、表舞台に現れなかったのは幸いだ」
「はい……やはり黒幕は貴族で?」
「私も可能な限り調査はしているが、この問題は根が深い。帝室も関わっていると言えば、分かるな?」
「……やはり、帝室も……」
「言うまでもないが、私は無関係だ。可愛い妹達や世話になった伯爵家の皆に仇を成す理由など無い」
「分かっています、お兄様。最初から疑ってはいません」
シャーリィは笑みを浮かべて返す。
「ありがとう。シャーリィはあの日の事をどの程度知っている?」
「生憎、ほとんど知りません。半年前までレイミの生存すら分からなかったのですから」
「そうか……なら、こうして私たちが再開したのは神の意思なのかもしれないな」
何処か戸惑いを見せるユーシス。
「お兄様?」
「最初に、私が知る限りの事を伝えよう。お前には知る権利がある。必要なら、レイミにも伝えよう」
「それでしたら、手間を省く術があります」
シャーリィは懐から蒼い水晶を取り出してテーブルに置く。
「これは?」
「見ていてください。レイミ、レイミ……聞こえますか?」
シャーリィが水晶に触れて魔力を込めて呼び掛けると、淡い光を発しながら水晶にレイミが映し出される。
「これは!?」
『お姉さま、どうされました?』
「今、お兄様と再会したところです」
『お兄様と!?』
「レイミ!私が分かるか!?」
『お兄様!?これは一体!?』
シャーリィはユーシスと一緒に事の次第を説明した。ただ、『カロリン諸島』の話をするとレイミ、ユーシスの表情が険しくなったが。
『お姉さまを食べようとした!?未開の蛮族の分際で!?ちょっと滅ぼしてきます』
「船を出そう。ケジメは取らせないとな」
「二人とも落ち着いてください」
いつも二人を振り回していたシャーリィが、二人を諌めると言う非常に珍しい光景が見られた。
「それでは気を取り直して。あの日に起きたことは私でも一部しか分からない。今後も調査をするが、兄上達の妨害もあるからな」
「お兄様を、妨害?」
『知られたくないのでしょうね。やはりお兄様の仰る通り関わりがあるのでしょう』
「ああ、間違いない。そして、再会を果たせたこの素晴らしい時にお前達に悪い知らせをしたくはないが……構わないか?」
「構いません。私達はなにも知らないのですから。レイミ、構いませんね?」
『はい、お姉さま』
「それでは……私は襲撃の翌日現地に飛び込んだ。兄上達の妨害はあったが、抜け出すのは得意でね。そして、屋敷を調べた……使用人と衛兵の大半は死んだ。亡骸も確認したよ」
「そう……ですか」
『……』
姉妹は失われた彼らに想いを馳せる。
「だが、それよりも辛い報告がある……気をしっかり持って聞いてくれ。ダグラス伯爵の……遺体を確認した。この目でな」
ユーシスから告げられた愛する父の死。姉妹は目を見開き、そして絶句した。