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「私はこれから、貴様らのようなゴミを世界から排除して回る。この世の全てのゴミを消し、我らのような高貴で気高きものたちだけの世界を創る!」
両腕の炎を一つにまとめ、ピートは自身最大の力を込め、街全体に照準を合わせた。
名前のないそのオリジナルの魔法は、過去大戦の中で一度使用したことがあるだけの途方も無い威力のものだった。
「花火とはよく言ったものだ。ならば望みどおり、地上に巨大な華を咲かせてやろう」
倒れたまま細く目を開けたロイは、頭上に浮かぶ おどろおどろしい景色を見て顔を引きつらせた。
語らずとも明らかな悪意は壮大すぎて、どうやら抗う術はなかった。
そして数秒後、確実に朽ち果てるであろう自分の姿を想像した。
「んだよ……、んだよそれ。やっと、やっとこれから、俺たちの街を、俺たちの手で作っていけるんじゃなかったのかよ。騎士団追っ払って、街にバリケード張って、やっと少しだけ良くなるかもしれねぇって思ったのに、くそ、俺の人生なんなんだよ、なんだったんだよ!」
目に涙が溜まり、たった数年でしかない過去の記憶が脳裏に浮かんだ。
親と死別し、頼る者もなく死物狂いで生きてきた結果がこれならば、死んでも死にきれないと歯を食いしばった。
殴られた身体は痛み、相手の力は強大でどうにもならない。
それでも地面に手を付いたロイは、泣きながら立ち上がると空高く腕をかざし、「やれるもんならやってみろ」と強がりを言った。
「何もせず死ぬなんてまっぴらだ。俺だって、これまでずっと必死で生きてきたんだ。こんなとこで死んでたまるか!」
だがどれだけ叫ぼうと、頭上高く浮かんだ男の耳には届かなかった。
最後の抵抗すら無視するように魔力を高めたピートは、両手のひらを地上へ向け、巨大な炎の渦を広範囲に展開し、躊躇なく解き放った。
「―― 消えろ、薄汚い全てのものたちよ」
グォォという音とともに、全てを覆い尽くすような黒い炎が街に降り注ぐ。
逃げ惑う人々を横目に、終わりを悟り苦笑いを浮かべたロイは、脱力しだらんと腕を下ろした。そして下を向き、「なんでだよ」と肩を震わせた。
「わけわかんねぇよ、俺たちが何かしたのかよ……」
零れた涙が地面に滴り落ちた。
もはやこれまでと、倒れていた仲間の子供たちも、闇に飲み込まれていく街の姿を見つめながら、ただ呆然とするほかなかった。しかし――
誰かがロイの肩をグッと掴んだ。
そして耳元へ顔を寄せ、「私にもわかんないよ」と呟いた。
「え、……姉ちゃん?」
「ロイ君、お友達みんなを連れて、できるだけ遠くへ逃げるの。私がどうにか時間を稼ぐから」
「時間を稼ぐって、どうやって?!」
「いいから急ぐの。そして街を出たら、ゼピアの外れにあるラビーランドってADに行くの。そこならきっと、みんなの面倒を見てくれるはずだから、急いで!」
「姉ちゃんは」
「早くしなさいッ、男の子でしょ!」
痛む身体をどうにか支え、地面に陣を描いたミアは、巨大なシャボン玉のような魔力の膜を作り、空中に浮かべた。
「私のことはどれだけ馬鹿にしたって構いません。私は本当に馬鹿だし、愚図だし、世間知らずだから。でも、私のお友達や、先輩のことを馬鹿にするのは許せません。ピートさんはいつも冷静で、強くて、いつもアリストラ様や、先輩を助けてくれました。だけど……、それとこれとは話が別です!」
街全体を覆うように広がったシャボン玉の内側へ向け、次々に魔法を唱えたミアは、薄いだけの膜をコーティングで塗り固めていく。「無駄なことを」と笑うピートは、炎によって闇に沈む街の様子を腕組みしたまま見下ろしていた。
「私だって、あれからずっと遊んできたわけじゃありません。先輩やみんなに教わったことを、昨日だって、今日だって、必死で復習してきました。馬鹿にされても、私なりに、毎日毎日繰り返してきたんです!」
ランドで培ってきたコーティング能力を駆使し、薄い膜を鉄壁のガードへと仕立て上げる。
しかしピートの炎の端が膜に触れた瞬間に、表面を覆っていたコーティングは容易くバリバリと音を立て崩れていった。
「無駄無駄。貴様程度の力で私の攻撃を止められるものか。メルから教わったアンチデバフの効果を含めたとしても、貴様では受け止めることすら不可能だ」
しかし最初から止められないことを想定していたミアは、バフのコーティングをさらに連発した。
何重にも折り重なるように魔法を唱えながら、逃げ惑う人々を横目に見た。
ガラスの割れる音が連続で響き、勢いを失わない黒い炎が膜を破壊し続けた。
外の膜を破壊され、少しずつ小さくなっていく防御壁を必死に押し返しながら、ミアは決死の覚悟で魔法を唱え続けた。しかしピートの炎の威力は凄まじく、少しずつ街に迫り、地上の空気を吸い上げ、少しずつその範囲を広げていった。
木々の枝葉や建物の破片が闇の炎に吸い込まれ、ブラックホールのように全てを消し去っていく。飲み込まれたが最後、恐らく二度と戻ることはない。
少しだけ背の高い建物の屋根が一瞬にして焦げ付き、闇に吸われていった。燃え移った炎が恐ろしい勢いで街を焼き、嫌な臭いを発しながら、建物の合間を抜けていく。
漏れ出てしまうかすれた声を噛み殺し、必死に魔法を唱えたミアは、避難する人々を数えながら「早く逃げて!」と叫んだ。
一人でも無事にやり過ごせればそれで良いと、後先も考えずに――
「うぅぅ、辛いよぉ、苦しいよぉ。ピートさん、どうしてこんなことするのぉ。助けてぇ、せんぱぁいぃ!」
ミアが体勢を崩し、ガクンと膝をついた。
もはや下半身に力は入らず、逃げる時間も既にない。しかしそれでも、ミアは止まることなく魔法を放ち続けた。
「お城の地下でわかれるときぃ、先輩は、私と約束しましたぁ。私は絶対に生きて戻ります、だからミアも、絶対に生き延びてまた会いましょうってぇ。先輩も、アリストラ様も、きっと生きてます、生きてるもんッ!」
エグエグと嗚咽混じりに叫ぶミアの言葉に、ピートが高笑いし反論した。
「何を馬鹿なことを。貴様も見たであろう、あの凄惨な戦いの跡を。あの地獄を生き抜いたこの私と、どうやったか知らんが運良く生き残った貴様と二人、彼処で見た光景すら忘れてしまったとは言わせぬぞ、愚図め!」
「見てないもん、私、絶対見てないもん! 先輩がこの世にいないなんて、絶対認めないもんンッ!」
「アーッハッハッ、認めようが認めまいが、事実は変わらんのだよ。陛下も、メルも、あの時、我らを除いて全て消えた。消えたのだ!」
「絶対に生きてるも~ん、うぇぇん!」
ミアがどれだけ泣き叫ぼうと、圧倒的実力差は埋まらない。
次第に押し込まれていく魔力の膜は、勢いを抑えきれず、周囲の建物を巻き込み燃え始めた。
焦げ臭さと熱を帯びた光がパチパチと爆ぜ、炎の欠片がミアの涙もろとも溶かしていく。
地面に手を付いたミアは、直接陣に触れ、残る力を流し込み、一枚の巨大な盾となる壁を作り出した。
「それが最後の悪足掻きというわけか。貴様らしいカビの生えたような情けない薄壁だ、ハハッ!」
ピートの声とともに、最後の分厚い壁に触れた炎が静止する。しかし完全に動きが止まることはなく、今にも貫かんと壁の中央に少しずつめり込みながら、細かなヒビを広げていった。
全ての魔力を出し尽くしたミアは、肩で呼吸しながら初めて頭上を見つめた。
すぐ目前にまで迫った漆黒のような熱波は、自分を含め、全てを飲み込まんと舌なめずりしているようだった。
「せんぱぁい、やっぱり、私じゃダメみたいです。私が先輩くらい凄かったら、きっとピートさんを叱ってあげられたと思うんですけど、やっぱり私じゃダメみたいですぅ」
力が抜け、顔から地面に突っ伏したミアは、土下座するような無様な体勢で倒れてしまった。その様子を見下ろしていたピートは、さも愉快というように腹を抱えて笑った。
「なんだ、その情けないザマは。いよいよフィニッシュだ。焼き尽くせ、我が炎よ!」
ピートがダメ押しに攻撃を加速させるため新たな炎を放った。
しかしその時、また小さな人影がミアの元へと駆け寄った――