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「立てよ姉ちゃん。立って最後まで一緒に足掻こうぜ」
ミアに肩を貸したのはロイだった。それをサポートするように駆け寄ったロイの仲間たちは、連れ立ってミアを担ぎ、僕らの力も使ってと叫んだ。
「ロイ、君、なんで、まだこんなところに」
「ミア一人置いて逃げられっかよ。どうせ死ぬなら、俺たちも一緒だ!」
「そん、なの、ダメ。早く逃げる、の……」
「うるせぇな。ここは俺たちの街だ、俺たちが守らねぇで誰が守るんだ!」
子供たちに支えられ、再び立ち上がったミアが上を向いた。
しかしとうに魔力は底を尽き、どうにもならない現実は変わらなかった。
「僕らにも、少しくらい魔法の力があるんでしょ?! お姉さん、僕たちの力を使って!」
別の子供がミアの耳元で叫んだ。しかし肝心のミアは困惑するばかりだった。
なにせ他人の魔力を利用する方法など知る由もなく、これまで考えたことすらなかったからだ。
ミアの手を握った子供たちは、誰の指示もなく互いに手を繋ぐと、祈るように目を瞑った。「そんなの困るよ」とミアが言う間にも、数珠つなぎに増えていった子供たちの輪は、ミアを囲み一斉に広がった。
「お願いお姉ちゃん、私たちの街を救って!」
「ここがなくなったら、僕たちはどうすればいいの?!」
口々に溢れた子供たちの声は、人跡のように一本に繋がり、ミアの周囲を埋め尽くした。
ついには子供たちだけだった人の輪が、街の大人たちにまで広がり、ミアを売ろうとしていた男だけでなく、奴隷市を仕切っていた悪人までもが集まり、街を守るため声を上げた。
「おい女ぁ、どうにかしてくれよ、このままじゃ街が消えちまう!」
「お願いよ、こんなふうになってしまっても、私たちはここが好きなの。もう貴女だけが頼りなのよ!」
すがるように寄せ合った人の輪は、加速度的に密度を高めていく。
ピートもあまりの勢いに顔を歪めたが、だからといってどうなるものと思い直し、いよいよ終わりだとせせら笑った。
「ゴミがどれだけ集まろうと無駄なこと。しかもゴミが最後に頼った人物が、私が知る限り最も愚かな女とはお笑い草だ。全員まとめて吹き飛ぶがいい」
集まった人の圧にやられ、いよいよ困惑を越えてパニックになったミアは、「はわわ」と頭を抱えた。
自分にそんな力はないと断ったとて、もはやそれすら言わせない状況だった。それなのに取るべく行動一つ思いつかず、動かない身体を必死で保つだけで精一杯だった。
魔法を受け止めていた壁のヒビが広がり、さらに熱で侵食されて色が変わり始めた。
鼻を覆いたくなる焦げ臭さと、全てを諦めてしまいそうな熱さを感じながら、全員の視線が唯一の希望であるミアへと向けられた。しかしついに、ガシャンという大きな音を立て、最後の壁が破られた。
「あ ――」
音に気付き、見上げた誰かが絶句し、口を閉じた。
街全体を覆い尽くすように降ってくる闇は、全てを溶かさんとすぐそこにまで迫っていた。
「ミア姉ちゃん、お願い、お願いだからどうにかしてくれよ!」
ロイがミアの腕を激しく揺さぶった。
「ふぇ?」と放心し呟いたミアは、ロイに促されるまま両の手を天高く翳した。
それを見ていた子供たちも一斉にミアに駆け寄り、神でも祀るようにミアの体を高く持ち上げた。
「ふぇ、ふぇぇッ?! ちょっと、みんな、やめて、やめてよぉ?!」
持ち上げられたが最後、押し寄せた人の圧によってミアを中心とする山ができあがり、どんどん高さを増していく。同時に上空の魔法と距離が縮まったミアは、「ギエェエェエ!」と悲鳴を上げ、泣き喚くしかなかった。
『 やめて、みんなやめてよぉ! 死んじゃぅっ! 』
隆起した人の山が、真っ直ぐピートの炎へと昇っていく。
ただでさえ為す術もないのに、わざわざ向かっていくなんて無茶ですと断固拒否するも、勢いは衰えることなく、逆向きのすり鉢のように山は伸びていく。
ぐるぐる回転しながら竜巻のように昇っていったミアは、いつしか目を回し、遠心力にやられて両腕を開いた。すると図らずも、激しく回転する様は、ドリルの先端のようになっていた。
「あ゛あ゛あ゛」と酩酊し、かつ暗中模索状態に陥ったミアは、気持ち悪さから、今にも胃の中身が出てしまいそうだった。しかし、ウプッと固形のモノが出かけた直後、それと違うまた別のナニカが、ミアの奥底から込み上げているのがわかった。
別のナニカは、ミアの鼻を抜けて全身を包み込むと、今度は回転するミアの身体を風車代わりにして錐揉み状に広がっていく。
美しい流線形に広がった光のスジは、360度全方向へ水が踊るように跳ね回りながら、スカートを象った巨大な花弁のように、美しい巨大な畝りを生み出した。
「なんだよこれ、一体何が起きてんだよ?!」
ミアの足にしがみついていたロイが声を上げた。
ミアは絶命したかのように鼻と口を開けたまま、不気味に光るナニカを吐き出し続ける人形になっていた。意思を持った生物のように蠢く光の束は、地の底から突き上げる人々の叫びに応えるように、スカートの裾野を一気に立ち昇らせ、足を上げたタコのように光の網を作り出した。
「姉ちゃんの鼻から出た気持ち悪い光が網になった。なんだか知らないけど、やっちまえ姉ちゃん!」
地上から巨大な網を投げつけたように、大きく広がった光の集合体が、空中でピートの炎とぶつかった。誰もがもう駄目だと目を瞑る中、網の直下で衝突を見つめていたロイは、自分の目を疑うような光景を目撃した。
「え、……ええ? ええええ?!」
無数の足のようにうねうねと動く光の網は、まるで餌を強襲するタコのように畝りながら上昇していく。口を開け、自分の頬をつねったロイは、改めて目を擦り、全ての息を吐き出すように叫んだ――
『 喰ってる、変な光が、黒い炎を喰ってるぅッ?! 』
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