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「もう、春日野が俺たちに付き纏うことはない」
雄大さんからそう聞いた三日後。
春日野さんは宇宙展の担当から外れた。
「色々、ごめんなさいね」
打ち合わせを終えて、春日野さんが言った。
「もう、槇田さんには付き纏わないわ」
『雄大』が『槇田さん』に変わった。
「もう……あなたたちの邪魔はしないわ」
「春日野さん……」
「悔しいから『お幸せに』とは言わないけど」
無理に微笑む姿が、痛々しかった。
本当は、私に謝るだなんてしたくないだろう。
「黛には気を付けて」
「え?」
「私が計画から降りるって話したら、怒り狂ってたから」
「春日野さんは大丈夫ですか?」
考えるより先に、言葉が出た。
「黛に酷いことされてませんか?」
「あんなことをされたのに、私の心配をするの?」
ふっと春日野さんが笑う。
「お人好しね。槇田さんが過保護になるのも納得だわ」
確かに、お門違いだ。春日野さんには苦しめられたけれど、仕返ししたいと思ったわけじゃない。
「そもそも……私が春日野さんに認めてもらえるような女なら、こんなことにはならなかったでしょうから……」
自分で言っていて惨めになる。
私と雄大さんが普通の恋人同士なら、もっと自信が持てたのだろうか……?
「それでも、槇田さんはあなたを選んだのよ」
「え?」
「だから、自分を卑下するようなことは言わないで。そんな女に負けたと思うと、私まで惨めになるから」
「あ……、ごめんな——」
「謝るのも、ナシ。もっと堂々としていて」
宇宙技術研究所本社で、初めて会った時の春日野さんを思い出した。
きっと、あの時の春日野さんが本当の春日野さん。
私が……彼女を歪めてしまった——。
胸が、苦しい。きっと、雄大さんも同じだったと思う。
けれど、雄大さんを譲れない以上、私は彼女に背を向けるわけにはいかない。
「短い間でしたが、一緒に働けて良かったです」
「こちらこそ」
春日野さんの表情に、嘘は見えなかった。
だから、あんなことになって本当にショックだったし、許せなかった。
*****
翌日、春日野さんと雄大さんがホテルの部屋の前で抱き合っている写真と、春日野さんが産婦人科から出て来る写真、雄大さんのご両親が国会議員であることが社内メールで一斉送信された。
春日野さんの会社でも、同じことがされた。
春日野さんのご両親と雄大さんのご両親の元にも、届けられた。
雄大さんはすぐに社長室に呼ばれた。
一度ならまだしも、二度目。否定しても、信じてもらえるはずがない。
社内の好奇の目に晒された私は、真由に連れ出された。
「佐々課長が直帰していいって。どうする?家に帰る?」
タクシーの中で聞かれ、私は頷いた。
雄大さんと話さなければ。
黛の仕業なのは明らか。
私はいつも通り、食事の支度をして雄大さんの帰りを待った。食欲なんてないし、雄大さんもそうかもしれないけれど、暗い顔をして蹲って彼を待つのは嫌だった。
雄大さんが帰ってきたのは、二十時を少し過ぎた頃だった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
雄大さんは疲れ切っていた。
当然だろう。
「ずっと、社長室に——」
雄大さんは倒れ込むように私を抱き締め、その場に崩れ落ちた。
「ごめんな、馨」
「何……が?」
「停職になった」
「え——?」
そんな————。
「信じて……もらえなかったの?」
「ああ」
私は力の限り、雄大さんを抱き締めた。
雄大さんが、とても小さく思えた。
今、目の前に黛がいたら、私の手に包丁があったら、躊躇わずに振り下ろせるだろう。
目の前にいなくても、手に包丁がなくても、探し出してベルトで首を絞めあげてやりたい。
「ロールキャベツ作ったの。食べよう!」
私は雄大さんの肩をポンポンと叩いた。
「コンソメスープにしたんだけど、トマトスープの方が好きだった?」
「馨……」
迷子の大型犬のようなしょげた顔が、可愛いと思える。全身撫で回して、喜ばせてあげたい。
けれど、まずはお腹を満たしてあげなければ。
私は雄大さんの唇に軽くキスをすると、立ち上がった。彼の腕を引き上げる。
「面倒なことは、食べてから考えよう!」
雄大さんが力なく笑った。
食事をして、お風呂で背中を流して、ベッドで優しく頭を撫でると、迷子の大型犬は自分の居場所だと安心したようで、飼い主の全身を舐めた。他の犬への牽制なのか、親愛の印なのか。
「雄大さんは……シェパードかな」
「シェパード?」
「それか……ドーベルマン? ボルゾイって感じもする」
雄大さんが、私の胸から唇を離した。
「何? 急に。犬、飼いたいのか?」
「ううん? 雄大さんを犬に例えると、どんなのかなぁと思って」
「……余裕だな」
雄大さんは少しムッとして、私の胸の先端をキュッとつまんだ。
「動物みたいに激しくされたいのか?」
「ちがっ——!」
身体を百八十度横回転させられ、うつ伏せになった私の腰を抱え上げると、雄大さんは一気に奥まで侵入してきた。
「んんんっ——」
「動物って……挿れてる時、尻尾は邪魔じゃねーのかな」
あまりにこの状況にそぐわない疑問に、思わず吹き出しそうになる。けれど、笑い声は喘ぎ声にしかならなかった。
「馨……」
背後から耳元で名前を呼ばれると、背筋に寒気が走る。なのに、身体は熱い。息づかいを感じるだけで、頭がぼーっとする。
「かお……る——」
雄大さんの声が少し高くなり、余裕が消える。冷静でいられないほど私に感じてくれているのだと思うと、嬉しい。
「馨……」
もっと気持ち良くなって欲しい。
嫌なこと全部、忘れるくらい。
快感に抗って、キュウッと彼を締め付けると、動きが加速した。
「あっ……あ——」
気持ち良すぎて、力が入らない。
「すげー……気持ちいい——」
雄大さんの力の抜けた甘い声が、脳を刺激する。彼の手が胸を揉み上げ、先端を指で転がす。
ついこの前までこの体勢に抵抗があったけれど、今は気持ち良くて堪らない。
「も……ダメッ——!」
「俺も……」
いつも、そう。
私がイクと、続いて雄大さんがイク。
イッた時の締め付けが最高なんだと、前に言っていた。
私も、達した瞬間に雄大さんが膣内でビクビク跳ねるのが、気持ちいい。
「もう……痛くないか?」
互いの心拍数が正常に戻った頃、雄大さんが聞いた。
「ん……」
「そっか……」
「雄大さん?」
「ん?」
「……何でもない——」
『ごめんね』と言いかけて、やめた。
けれど、気がついたのだと思う。
雄大さんは呼吸を忘れるほど激しいキスをくれて、それから笑った。
「明日の晩飯は何がいい?」
「え?」
「とりあえず、しばらくは専業主夫するわ」
雄大さんのエプロン姿を想像してしまい、私は笑いを堪えることが出来なかった。